「サザエさんじゃんけん研究所」の所長を名乗る高木啓之さん 「サザエさんじゃんけん研究所」の所長を名乗る高木啓之さん

2016年は国民的漫画『サザエさん』にとって記念すべき年。今から70年前の1946年4月―-同作は福岡の地方紙『夕刊フクニチ』にて4コマ漫画として連載開始。そう、今年は『サザエさん』原作生誕70周年の記念イヤーなのだ。

そんな『サザエさん』生誕70周年を祝うべく、週プレNEWSでもこの国民的作品を深堀りし、様々な切り口からアプローチする。第1弾は、アニメでお馴染みの“じゃんけん”にまつわるハナシだ。

■サザエさんにどうしても勝ちたかった――研究員の24年続く執念

「来週もまた見てくださいね! じゃんけんぽん! うふふふふ~」――アニメ『サザエさん』の最後で登場するこの予告じゃんけん。なんてことない平和な一コマに、並々ならぬ闘志を燃やす集団がいる。

「打倒!サザエさん」を掲げ、日々研究を続ける『サザエさんじゃんけん研究所』だ。同研究所によると、昨年放送分の勝率は、なんと驚異の78%という異常な高さだという。これは人間業(わざ)ではない…『サザエさんじゃんけん研究所』とはオカルトチックな集団なのか?

というわけで、同研究所に取材を申し込んだところ…。

横浜市内のとある駅で出迎えてくれたのは、“所長”を名乗る高木啓之さん。普段はサラリーマンをしているというが、『サザエさんじゃんけん研究所』唯一の研究員…って、ひとりでやってたんすか!

この人、絶対に普通じゃない(確信)。早速、いろいろお話を聞いてみた。

―まずお聞きしたいのですが、一体、何がきっかけでサザエさんの予告じゃんけんを研究し始めたのでしょうか。

「研究をスタートさせたのは1991年の秋でしたから、今から24年ほど前になりますね。実は、昔の(アニメの)予告のシメは今のようにじゃんけんではなく、サザエさんがクッキーかビスケットのようなものを天井に放り投げ、それをパクッと食べる描写がおなじみだったんです。それが、その1991年に急に今のじゃんけんへと変わったんですよ。

当時からネット掲示板のユーザー同士で情報を共有することが多かったのですが、私が出入りしていたアニメ好きが集まる掲示板でもサザエさんの予告がじゃんけんへと変わったことが大きく話題になったんです」

―掲示板といいますと、今の2ちゃんねるのようなものなのでしょうか。

「似たようなものですが、当時は掲示板も会員制で、IDを登録 しなければ使うことができませんでしたから、もっとクローズドな存在でしたね。私が入っていたのは『アスキーネットMSX』と呼ばれていた通信サービスで す。そこの掲示板で予告じゃんけんの話がひとしきり盛り上がると、その翌週から『誰が一番サザエさんに勝つことができるか』というちょっとしたゲームが始 まったんです。

放送前にはみんな自分の手を表明し、実際の放送を見たらサザエさんの手を書き込んで、星取表をつくる。そんな作業を毎週のよ うに繰り返して、なんとかしてサザエさんに勝とう勝とうとしているうちに、次にサザエさんが一体グー・チョキ・パーのどれを出すかを研究し始めていまし た」

「勝率が最大になる手の決定方法」3つのポイントとは!

 年2回のコミケで頒布している『サザエさんじゃんけん白書』200円。 年2回のコミケで頒布している『サザエさんじゃんけん白書』200円。

■データの地道な蓄積と緻密な解析が生んだ“じゃんけん必勝法”

『サザエさんじゃんけん研究所』の主な活動内容は、毎週日曜日の放送前に「今日の一手」を予測しTwitterでつぶやくこと。そして放送の結果を受け、サザエさんの手を“速報”すること。さらに、1996年に開設した過去のサザエさんの手をまとめたサイトの更新、の3つだ。

これらに加え、重要な活動として忘れてはならないのが、データからサザエさんへの必勝法をまとめた『サザエさんじゃんけん白書』の発行である。

今回は、この白書にまとめられている“必勝法”を直々に伝授いただいた。高木さんによれば「勝率が最大になる手の決定方法」のポイントは3つ。

1.クールの初回、または27時間テレビなどの特別回かどうか 2.サザエさんは前々回、前回と同じ手を出しているか 3.サザエさんは前々回がチョキで前回にグーを出しているか

まず1に関してだが、第1クール(1月~)、第2クール(4月~)、第3クール(7月~)、第4クール(10月~)の各クールの初回は、サザエさんは高確率でチョキを出すらしい。つまり、グーを出せば勝てる可能性が高くなる。

また2の場合は、サザエさんは3回連続同じ手を出すケースは非常に稀(まれ)であるため、前回のサザエさんの手に負ける手を出せば勝率がグッと上がる(少なくとも負ける確率はかなり低くなる)。

そして、3についてはこれまでの集計結果でサザエさんが「チョキ→グー」とくれば高確率でチョキを繰り出してくるそうだ。1と同様、グーを出せば見事、勝利を収める可能性が高いというわけである。

この3つのポイントのいずれにも該当しない場合は、サザエさんは高確率で前々回とも前回とも異なる手を出してくるため、その手に勝つ手を出せば勝てる可能性が高くなるということになる。

これらのポイントを押さえ、サザエさんの手を予測した結果、昨年は78%という驚きの勝率を叩き出しているというのだ。それにしても、これだけのパターンを抽出するには並々ならぬ歳月と努力が必要なハズである。

―高木さん以上に『サザエさん』を欠かさず観ている人も少ないと思うのですが、これまで放送を観過ごしたことはないのですか?

「私が記憶している限りはありませんね。どうしても観ることができない時は録画をするようにしていますが、なるべくオンタイムで観るようにしています」

―ということは、日曜日の予定は『サザエさん』ありきで決めていらっしゃると…。

「そうですね。Twitterで速報を出すようになってからはできるだけオンタイムで報告できるようにしています」

そうきっぱりと答える高木さんの目は、なんだか少年のように輝いて見えた。

サザエさんはこれまでも“生まれ変わって”いた?

■サザエさんはこれまで幾度か“生まれ変わって”いた?

しかし高木さんによると、過去24年間の研究期間のうちに何度か、いきなり勝率がガクッと落ちてしまう“闇の時代”があったという。

「当然のことながら、サザエさんじゃんけんには、手を考える人がいる。この制作サイドの担当者が変わってしまうと、これまでの蓄積データが全く意味がなくなってしまいます。そこからは勝率がかなり落ちてしまうので、改めてデータをとって、“新しいサザエさん”の手のクセを研究し直す必要があるのです」

―なるほど…仰っている意味はわかります。ですが、そもそも担当者が変わったかどうかの確証ってどうやって得るのですか?

「それが、担当者が変わったかどうかは調べる方法があるんです。どのTV番組でも最後にスタッフクレジットが流れますよね。あそこの『編集』という方がどうやらサザエさんの手を決めているようなのです」

―なんと! そんな重大な機密情報をどのように入手したのですか!?

「実は以前、フジテレビの『めざましテレビ』で当研究所を取材いただいたことがありまして。その時に番組スタッフの方がサザエさんの制作現場も取材していたんです。放送を観て、私も『編集』という担当の方がサザエさんの手を決めていることを知りました」

―サザエさんじゃんけんの“中の人”が特定できたんですね! ちなみに、ご自身で制作サイドとコンタクトを取ったことは?

「ありませんね。まぁ、個人的な趣味のようなものなので、特段、“中の人”に会いたいと思ったこともないです」

そう遠慮がちに語る高木さんだが、『サザエさんじゃんけん研究所』所長の高木さんVSサザエさんの“中の人”のガチンコじゃんけん対決もぜひ見てみたいものである。

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ちなみに、取材をお願いした当日は日曜日だったこともあり、その日のサザエさんの手を予想していただいた。高木さんの予想は「前々回がチョキ、前回がグーだったので、ポイント3を踏まえて今日のサザエさんはチョキを出すでしょうね。ですからこちらはグーを出せば勝てますよ」。

そんなアドバイスを胸に、記者が当日の『サザエさん』ではグーを出したところ、サザエさんにはパーを出されて見事玉砕。こんな悔しさもまたサザエさんじゃんけん研究に駆り立てる奥深さなのか…と、痛感したのであった。

(取材・文/田代くるみ)