コの字酒場で乾杯する土山しげる氏(左)と加藤ジャンプ氏(右)

『孤独のグルメ』の原作者としても知られる久住昌之氏とのタッグ『漫画版 野武士のグルメ』『荒野のグルメ』、そして『勤番グルメ ブシメシ!』他、胃袋を刺激する話題作を世に送り出し“食マンガ”街道を邁進(まいしん)する漫画家・土山しげる氏。

そんな土山氏の待望の新刊コミックス今夜はコの字で(集英社インターナショナル)が発売。今回、描かれるのは“コの字カウンター”がある大衆酒場(「コの字酒場」と呼ぶ)での店主や客との、人と人のふれあい。その店にしかない極上の酒と肴(さかな)が縁を繋ぐ物語だ。

全9話の舞台はそれぞれ1話ごと、すべて実在するコの字酒場というから、読めばその店に行きたくなること間違いなし!

そんな“コの字ワールド”にすっかり虜(とりこ)となった土山氏と、原作者でコの字酒場の命名者でもある加藤ジャンプ氏が、東京・新橋の某コの字酒場にいるという情報をキャッチ! コの字の深~いハナシと、すでに構想中という次回作の中身をたっぷり聞いた。

■主人公になったつもりで描いた

―まずは、『今夜はコの字で』の発売おめでとうございます!

土山しげる(以下、土山 ありがとうございます。いやあ、苦労しました(笑)。

加藤ジャンプ(以下、加藤そうですよね、やっぱり…。

―コの字カウンターという、酒場のつくりそのものに注目した作品は珍しいと思うんですが、やはりそのあたりにもご苦労が?

土山 今回は料理と同じくらいカウンターや店のつくりを描き込まないといけなかったんですよ。今までいろんな食のマンガを描いてきましたが、店の造作に注目するのは初めての経験でした。

加藤 いや、でも土山さんの描かれるコの字カウンターって、最高なんです。カウンターの使い込まれた木目みたいな素材感も画(え)から伝わってくるんですよ。

土山 お店に取材に伺った時に撮影した写真や資料に頼りっきりで(笑)。こんなにパース(絵を描く上での遠近感の表現)に気を使うなんて思ってもみなかったです。人物と料理を描きつつ、ちゃんとカウンターも描写する。なかなか大変でした。

加藤 すみません(笑)。

土山 いやいや(笑)。

―ほんと、相当苦労されたようですね(笑)。

土山 僕自身がコの字酒場初心者なので、吉岡(『今夜はコの字で』の主人公)になったつもりで描いてました。

加藤 ということは……。

土山 それは、もちろんジャンプさんが恵子(コの字酒場に詳しく、吉岡が想いをよせる大学時代の先輩)ですよ!

加藤 えらい美人にしていただいて光栄です(笑)。

主人公の吉岡としのりと、大学時代の先輩でコの字酒場に詳しい田中恵子

コの字は上座も下座も無い理想の酒場

―ところで土山さんは、コの字酒場という言葉はご存知でしたか?

土山  いや、全然知りませんでした(笑)。そもそもカウンターに着目して酒を呑んだことはなかったですから。

加藤 好きが高じて、ついつい造語してしまいまして(笑)。

土山 うまい造語ですよ。実際、神楽坂『焼鳥 しょうちゃん』(第1話に登場)が、私の初めてのコの字酒場体験だったんですけど…。

加藤 いきなり、相当ハードルの高い店に行きましたよね(笑)。

土山 ほんとですよ(笑)。店先に提灯があるだけで、店内の様子は全然わからないって…それだけで、二の足を踏みますよ。

加藤 “極楽”には簡単に行けないということで(笑)。

土山 そう、実際に入ってみると、なるほどコの字酒場ってこういうことか、と納得しましたけどね。

―店のつくり、コの字カウンターの形が理想型ということでしょうか?

土山 形もキレイなコの字型ですし、コミュニケーションがまた…。

加藤 濃厚(笑)

土山 いや、ほんとに(笑)。常連とイチゲンさんの境目もないし。向かい合わせの客同士でもよく喋る。三方に人の顔があるから、ひとりで呑んでても孤独な感じはしませんね。

加藤 土山さん、もうすっかりコの字酒場探検家じゃないですか(笑)。

土山 それジャンプさんの肩書きじゃないですか(笑)。まあ、もうそのくらいハマってますけど(笑)。それに、ご主人のしょうちゃんが、最初は無口なのかなと思わせて、実はすごく愉快で面白いんですよね。

加藤 ギャップに萌えますよね。

土山 そう。でも、あの気軽に入りにくい店に吉岡をひとりで向かわせようとする恵子って、やっぱりすごい女の人だなあと、あらためて思いますね(笑)。描いてて楽しかったですよ、こういう強い女性は。

加藤 恵子は基本的にドSキャラにしたいと思ってました(笑)。ですから、最初の店はひとりでは絶対ムリ!という雰囲気の店にしたかったんです。

土山 1話目からインパクトありますよね。これがコの字酒場なのか!という衝撃を私自身も覚えましたし(笑)。

―お話を聞いているだけだと、コの字酒場ってなんだか怖ろしそうな店に思えてきましたが…。

土山 いやいや、そんなことはありませんよ。しょうちゃんは特別です(笑)。

加藤 そうそう、上座も下座もない酒場の理想の空間なんです!

焼き場の様子をじっくり眺められるのもコの字酒場の醍醐味

コの字カウンターは「究極の舞台」

■「コの字酒場」は酒がすすむ空間

―確かに、漫画を読んでいると、コの字酒場は癒しの空間という感じがしますね。

土山 取材でいろんなコの字酒場へ行ってみてわかったんですが、やっぱり酒がすすむ空間だと思いましたね。

―酒がすすむ空間…ですか?

土山 ええ、コの字酒場は、まずあんまり長居をしないんですよね。そこがまず気持ちいい。呑み手の皆さんがすっきりした振る舞いをしていて、それを見ていると心地よくて、こちらもついつい杯が進みます。

加藤 基本的に大きな店が少ないし、一杯で長居する人はあんまりいないですね。そんなことしたら営業妨害ですしね(笑)。

土山 昔ながらの素朴な雰囲気だけど、呑み方はスマートというところがいいですよ。それにどの店もメニューが豊富!

加藤 たくさんメニューはあるけど、少人数で完璧に作って出しますもんね。

土山 注文をさばくだけでも大変なのに、ちゃんと旨い肴が出てくる。赤羽の『まるます家』(第7話に登場)なんて、朝から信じられないほど大勢のお客さんに信じられないほど豊富な料理を提供している。あれは圧巻ですよ。鯉の洗いなんて、あまり好きじゃなかったけれど、あそこであらためて好きになりました。あと、たぬき豆腐はもう一度食べたいですね。

加藤 そのうえ、コの字酒場はお店の仕事っぷりがよく見えるのもいいですよね。

土山 そうなんです。カウンター越しにプロの仕事ぶりがよく見えるのがたまらないですね。調理をしたり配膳をしたりするところがよく見える。今、この取材でお邪魔している新橋の『美味ぇ津゛(うめづ)』さんもそうですね。プロの仕事ぶりは格好いいし、無駄がなくて見ていて飽きない。

加藤 僕はコの字カウンターは舞台だと思ってます。

土山 そうそう。大将がひとりでやっているところも、大勢いるところもいいもんですよね。自由が丘の『ほさかや』(第4話に登場)なんて、長いコの字カウンターの中をひっきりなしに店の人が動いているんだけど、これがいい。例えば、吉岡や恵子みたいなカップルでも、店の人の動きを見ているだけで、会話が途切れても間が持ちますよね。そこへ店の一枚看板である鰻とタレの焼ける香りが漂ってくる。

加藤 観客である客も参加して作りあげる「究極の舞台」ですね。

土山 まさにそう思いますね。 カウンターに注目しながらも、コの字酒場という空間そのものに物語があるから、人を描いているという感覚がこの作品には特に強くありましたね。

土山氏がもう一度食べてみたいと話す。第7話 赤羽『まるます家』のたぬき豆腐

コの字酒場は社会の縮図

東京・新橋『美味ぇ津゛(うめづ)』のコの字カウンター。店を切り盛りするご夫婦の手作りだという

―それに、漫画に出てくる肴の画も本当に旨そうです。

土山 町田の『初孫』(第5話に登場)は、カウンターに沿って料理や食材がずらっと並んでいて食欲をそそられます。実際、どれも旨い! しこいわしの南蛮漬けは揚げ加減と三杯酢の滲(し)み方が絶妙でしたね。塩もつ煮込みも驚くほどトロトロであっさりとしていて飽きのこない味わい。絶品でした。

加藤 コの字酒場は、他の人が食べている肴が見えやすいので食欲を刺激されますよね。

土山「あちらの人が食べてるのは?」なんて大将に聞けますしね。

加藤 そこからコミュニケーションが生まれたりして、これがまた楽しいんですよ。

―逆に、そういう場面でちゃんと会話ができるかどうかが試されそうですね。

土山 そうそう。例えば、女の人をコの字酒場へ誘って、物怖(お)じせずにふるまえれば男性の評価は自然と高くなると思いますよ。

加藤 連れていった女性が疎外感を感じないけど、うざったくならない感じに店と連帯感をもてるように導けたらいいですよね。

土山 そうですね。…あ、ジャンプさんはそういうことしてるんですか?

加藤 いやいや勘弁してください(笑)。

土山 コの字酒場は、老若男女いろんな立場の人が分け隔てなく一緒にカウンターを囲んでいます。社会の縮図みたいところがありますよね。そこに男女で行ってみて、「こんなところ二度と嫌」なんて言われるような相手だったら、一緒になるのは難しいんじゃないですか(笑)。

加藤 人生の岐路にコの字酒場ですね(笑)。逆のパターンですが、コの字酒場で出会ってご結婚されたカップルもいたそうですよ。

―さぁそして、すでに次回作の予定もあるそうですね?

加藤 実は今、お邪魔している『美味ぇ津゛』さんが舞台なんです。ここでしか絶対に食べられない旨すぎる煮込みを、土山さんがどう描かれるのか楽しみで仕方ありません。

土山 それはプレッシャーですね、頑張ります(笑)。こちらの店はご夫婦で切り盛りされていて、扉やカウンターは手作りなんだそうです。ホッとする雰囲気と美味しい焼き物の数々に何度も通いたくなりますね。

加藤 その漫画は4月27日発売予定の『グランドジャンプPREMIUM』に掲載されるので、是非ご覧ください!

―では最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

土山 あらためて話していたら、コの字酒場がますます好きになってきました。実際に行ってみて、コの字酒場という空間が醸(かも)し出す独特の楽しさに僕自身がすっかり虜になってますね。近所にあったらいいなと思うし、漫画ではコの字酒場という空間だからこそ感じられる雰囲気を表現したつもりです。

加藤 旨い肴と旨い酒。それをコの字カウンターを囲む人たちと一期一会に楽しむ。そこには、会社での上下関係も何もありません。人生の羽休めと栄養補給の空間を、吉岡と恵子を通じて感じていただけたらと思います。

土山 是非、手に取っていただき、コの字酒場でゆっくり過ごしているような気持ちになってくれたら嬉しいですね。

集英社インターナショナルのホームページから、第1話 神楽坂『焼鳥 しょうちゃん』が立ち読みできます! 【http://shueisha-int.co.jp/konoji/】

●取材協力/『美味ぇ津゛(うめづ)』 東京都港区新橋4-21-7 TEL:03-5500-4100

串に刺さった『美味ぇ津゛(うめづ)』の煮込み。日本酒との相性バツグン

■『今夜はコの字で』(集英社インターナショナル 1000円+税)原作・加藤ジャンプ 画・土山しげる/仕事のミスで落ち込む”コの字ビギナー”の主人公・吉岡が、大学の先輩・恵子のススメでコの字の扉を恐る恐る開いてみると、最初は戸惑いつつも酒がすすみ、肴に感動し、店主や客と少しずつ打ち解ける中で、コの字の魅力にハマっていく…。「コの字酒場」の命名者である原作・加藤ジャンプ氏がこれまで訪れた400軒以上のコの字から都内近郊の9店を厳選し作品の舞台に。実在する各店を紹介するコラム「コの字に”ホ”の字」も収録!