奇想天外なボケでお笑い界を蹂躙(じゅうりん)する孤高の天才芸人、天竺鼠・川原克己(かわはら・かつみ)。
そんな彼の発想の原点であり、人生の教科書ともいえるのが「絵本」だ。今回、所有する200冊以上の作品から悩める若手サラリーマンたちの相談に答えて、オススメの一冊を紹介するぞ!
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【お悩み1】 愛妻弁当に困っています。独身時代、会社ではずっとクールなキャラを通してきたのですが、妻が作るのはかわいいキャラ弁。愛妻家をカミングアウトしたいけど、威厳がなくなりそうで悩んでいます。(30代・銀行)
川原 そういうあなたには『チーター大セール』を読んでみてほしい。これはチーターが自分の体にある黒い斑点模様を売っていき、斑点がなくなったら黄色い部分も売り出しちゃうというお話。体の一部がなくなるたびにシールを貼ったり別の色を塗ったりしてたら、カラフルになって逆に人気が出てくる。最終的にチーターではない生き物になるんだけど、これはこれでいいかって思うようになるんですよ。
だから、あなたも「愛妻家」をカミングアウトしたら、周りの見方が変わるだろうけど、別にそれは悪いことじゃないと思う。逆に人気出るかもしれないし。僕も後輩から怖がられるし、若手の頃は千鳥の大悟さんとかと「怖がられるくらいがええんちゃうん」と言ってたこともあるから、その気持ちわかるけど。
■『チーター大セール』 作・絵/高畠那生 絵本館 1200円+税 いつも暇なチーターの店。ある日、お客さんにこう言われる。「あなたのもようをくださいな」。だんだんとチーターじゃなくなっていくチーターに起こった変化とは? イラストのかわいらしさ、メッセージ性に富んだ作品
【お悩み2】 上司がフィリピンパブの女性とデキ婚しました。生まれてくるお子さんに絵本をプレゼントしたいのですが、オススメはありますか? ちなみに、奥さんはまだ日本語をうまく話せないそうです。(30代・建築関係)
川原 谷川俊太郎さんの『んぐまーま』なんかいいかも。平仮名の擬音しか出てこないので、赤ちゃんも喜ぶし、フィリピンの方でも読みやすいと思う。でもこの絵本、ストーリーというストーリーがないから実は大人向けなんですよ。「これ、どういうことやろ?」って想像するんで。読むたびに感じ方が変わる、不思議な絵本です。
もしかしたら、この絵本にはフィリピンの方にしかわからない面白さもあるんじゃないかなあ。まあ、僕らからしたら水の音に感じる「ぬぴっ」って言葉が、フィリピン語で下ネタを意味する言葉だったという可能性もありますけど…。そしたら嫌われるかもしれませんが、それはもうフィリピンの方と結婚した上司の責任ですからね。しょうがないです。あと、女のコが言う「安全日」は信じないほうがいいですよ。
■『んぐまーま』 文/谷川俊太郎 絵/大竹伸朗 クレヨンハウス 1200円+税 「ばーれ だーれ あまはんどら! へぶとむむゆわそぽきざねるのか!」。詩人・谷川俊太郎が織りなす擬音と、独特な抽象画はまさに「意味不明」のひと言。声に出して読むうち癖になり、十人十色のストーリーが生まれる
女上司に媚びていたら交際を迫られました…
【お悩み3】 営業マンなんですが、外回りの仕事のときについついサボってしまいます。最初のうちは喫茶店で時間をつぶしてたのが、最近はエスカレートしてパチンコを打ったり、ソープランドで抜いてもらったり。クズの自覚はあるんですが…。 (20代・IT関連)
川原 クズなあなたには、エドワード・ゴーリーという作家の『不幸な子供』を読ましたい。これはもう、タイトルどおりの絵本ですよ。お金持ちの家に生まれた少女が主人公なんやけど、お父さんがいなくなって、お母さんもおじさんも死んでしまう。イジメられ、失明し、売り飛ばされて人生のどん底。最終的にお父さんが帰ってきて会えそうになるけど、なんとお父さんを乗せた車にひかれちゃう。しかも、あまりの変わりようにお父さんはその子が娘だと気づかない。
こんな感じで、本当に不幸になっていくだけの話(笑)。大人が読めば「最後に救いがあるはず」と思うけど、何もないんです。
最近、ソープランドにハマってるあなたはきっと「この堕落した生活もいつか変わる」みたいに思ってるやろうけど、この絵本を読めば、そういう甘い考えを捨てられるんじゃないかな。現実はこれくらい底なし沼なのかもしれないと思うと、ちょっと怖いですよね。あ、怖いといえば、作者のゴーリーは夏でも毛皮のコートを愛用してたらしいですよ。怖くないですか?
■『不幸な子供』 著/エドワード・ゴーリー 訳/柴田元幸 河出書房新社 1000円+税 世界的絵本作家エドワード・ゴーリーの作品。文字どおり不幸な少女の話で家族の死、イジメ、失明など、不幸な出来事がこれでもかと続く。一方、その極端さは小気味よくもあり、不思議と心が浄化される。絵本の概念を覆す一冊
【お悩み4】 査定のために30代の女上司に媚(こ)びていたら、勘違いされて交際を迫られました。「きれいですね」とか「いつでも味方ですよ」って無責任な発言を繰り返していた自分が悪いのですが、なんとか穏便に断りたいです。(20代・製薬会社)
川原 長新太(ちょう・しんた)さんの『わんわん にゃーにゃー』という絵本を紹介しましょう。赤ちゃん向けの作品で、犬と猫が向かい合って鳴き合っていると思ったら、猫が犬の口の中に入って、鼻からにゅるっと出てくるんですよ。しかも、それまでわんわん、にゃーにゃーだけだったのに、最後だけ「さようなら」ってしゃべって終わる(笑)。しかも、そのときの犬と猫の表情がまた絶妙で、冷めているようにも照れているようにも見えるんですよ。
だから、あなたも一回上司の女性と関係を持つべきだと思うんですよ。そんで、鼻に指とか×××とか挿(い)れてあげたらどうですかね。鼻でヤッたら確実に嫌われますからね。ダラダラと遠回しに断ったりするより、鼻に挿れてあげてサヨナラしたほうがスッキリ別れられるんじゃないかな。相手もどういう行為をしたかなんて周りに話せないから、秘密も守られるし。だから鼻プレイやるべきやと思いますよ。ってこれ、出版社に怒られません?(笑)
■『わんわんにゃーにゃー』 作・絵/長 新太 仕上げ/和田 誠 福音館書店 800円+税 「わんわん にゃーにゃー」と向かい合って鳴く犬と猫。しかし次の瞬間、猫は犬の口の中に入り……。ユーモラスかつ不条理なストーリーで人気を博した絵本作家・長新太の遺稿にイラストレーターの和田誠が色づけした怪作
●川原克己(かわはら・かつみ) 1980年1月21日生まれ。2003年に瀬下豊とお笑いコンビ「天竺鼠」を結成。ナスのかぶり物は「なりきりなすびくん」として商品化されている。11月30日に『天竺鼠川原のひとことぬりえ』(ヨシモトブックス)が発売
(構成/テクモトテク 撮影/山上徳幸)