ボブ・マーリー、ノーラ・ジョーンズ…「トランプに聞かせたい」5曲をバラカン氏がレコメンド! ボブ・マーリー、ノーラ・ジョーンズ…「トランプに聞かせたい」5曲をバラカン氏がレコメンド!

日本ではフジロックにSEALDsが出るというだけで、一部の人々から「音楽に政治を持ち込むな」というクレームが入ったりするが、アメリカでは政治と音楽の距離は近い。

人種差別的な政策を掲げるドナルド・トランプの次期大統領就任が決まった今、それでも音楽には世界を変える力があるのか?

そこで、『ロックの英詞を読む―世界を変える歌』などの著書を持つ、ブロードキャスターのピーター・バラカン氏に「トランプに聞かせたい“良心の”ロック名曲」をレコメンドしていただいた――。

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今回は、週プレNEWS編集部から「トランプに聞かせたいロック名曲」というテーマで語ってほしいという依頼を受けました。トランプには何を聞かせてもムダだとは思いますが(笑)、ストレートな反戦歌や社会を辛らつに風刺した歌など、いくつか紹介していきます。

本題に入る前に、アメリカにおける政治とロックの関わりの歴史について、少し振り返ってみましょう。

古くは、1968年のニクソン(共和党)対ハンフリー(民主党)の時、シカゴで行なわれた民主党全国大会で、ベトナム戦争に反対するデモが過熱し暴動になりました。これを扇動したとして「シカゴ7」と呼ばれた活動家たちが逮捕されたのですが、デイヴィッド・クロズビー、グレアム・ナッシュら何人かのミュージシャンが彼らを支援したことがありました。そして72年のニクソン再選の時には、ジョン・レノンが反ニクソンで積極的な活動をした。

84年に再選を目指したレーガンが、ブルース・スプリングスティーンの「ボーン・イン・ザ・USA」を間違った解釈で使ったことは有名ですね。ベトナム帰還兵の苦悩を題材にした曲ですが、愛国歌と捉(とら)えられて選挙キャンペーンに利用されました。

そして今回の大統領選挙では、ザ・ローリング・ストーンズがトランプの選挙キャンペーンにおける楽曲使用を拒否するという騒動があった一方、クリントンのキャンペーン終盤には、ビヨンセ、ケイティ・ペリー、ジェニファー・ロペスら錚々(そうそう)たるミュージシャンが登場しました。このように、ミュージシャンは民主党寄りの人が多いですね。

では、本題に移りましょう――。

「人種差別がなくならない限り、世界中で戦争は続く」と歌ったボブ・マーリー

●ボブ・マーリー「WAR」(1976年)

エチオピア帝国最後の皇帝、ハイレ・セラシエ1世(1892-1975)が63年に国連で行なった演説をそのまま歌にしたもので「一級市民と二級市民(の格差)がなくならない限り、人間の肌の色が目の色と同じように意味を持たなくならない限り、戦争は続く」というようなことを歌っています。人種差別がなくならない限り、世界中で戦争は続くということです。

この歌は主にアフリカのことを指していますが、中東にもアメリカ国内にも置き換えられるでしょう。激動の60年代から半世紀以上が経ってもなお、アメリカでは白人警官が丸腰の黒人青年を撃ち殺す事件が後を絶たない。

先日、僕はニューオーリンズに小旅行をしましたが、同じ街でも、白人が多く住む地域と黒人が多く住む地域では、まるっきり雰囲気が変わる。自分の足で歩いてみると圧倒的な格差を痛感しました。貧しい者はどんなに頑張っても、お金がないから大学に入れず、いい就職もできない。こういった負の連鎖はアメリカの治安の悪さとは切り離せない。

トランプは貧しい人たちの不満の捌(は)け口として、メキシコ人やイスラム教徒をスケープゴートとして使っている。新政権の首席戦略担当兼上級顧問には、白人至上主義者といわれるスティーヴン・バノンが任命されました。来年1月20日の大統領就任式までトランプ政権の人事には警戒が必要です。

●ノーラ・ジョーンズ「Sinkin’ Soon」(2007年)

ニューヨーク生まれのノーラ・ジョーンズは、9.11テロが起きた2001年にデビューしました。アフガニスタン、イラクと続く戦争でアメリカが疲弊してきた2007年に発表した歌です。

曲名は「もうすぐ沈む」という意味。「小枝と藁(わら)でできた船に乗って、私たちは漂流している。プライドが高過ぎるあまり、オールを落としたことを言い出せない船長がいる。この安っぽちの船に小さな穴が開いて水が入り始めている。船体は弱くなり、もうすぐ沈んでいく」。日本語で言えば、「泥舟」でしょうか。

その他、「シチューに浮かぶ薄いオイスター・クラッカー」「紅茶に入れる蜂蜜」「珈琲に入れる角砂糖」などに喩(たと)えて、沈みゆく当時のブッシュ政権を比喩しています。今、トランプとクリントンの大統領選によって、アメリカは真っぷたつに分断されてしまった。この歌が出た頃よりさらに危険な状態です。アメリカそのものが沈んでいくという意味で、この歌を紹介しました。

この歌はアベノミクスにもそのまま当てはまりますね。年金制度改革法案を見ても、若い人は人生の希望をどこに持ったらいいのでしょうか? 給料は安い、結婚できない、子供もできない…このままでは日本は壊れますよ。

「アメリカを再び偉大な国にする」トランプのテーマ・ソングに相応しい歌

●ウディ・ガスリー「This Land is Your Land」(1940年)

ウディ・ガスリーは1912年にオクラホマで生まれ、67年にニューヨークで亡くなったフォーク・シンガーで、ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランにも大きな影響を与えました。この歌はアメリカの民謡といってもいいほど有名な歌で、よく歌われる前半は「アメリカは広くていい国だ」みたいな、当たり障りのない愛国歌に聞こえます。

しかし、僕が驚いたのは5番。「歩いていたら看板があって『立ち入り禁止』と書いてある。でも、裏側には何も書いていない。その裏側こそ、我々のためにある」と歌っている。人の自由を阻(はば)むものがあってはならないというわけです。

あるいは「教会の陰にたたずんでいたら、救済事務所の前に仲間が並んでいた。彼らがお腹を空かせて立ちすくんでいたから、僕は一緒に立って口ずさんだ。この土地は我々のために創られた」。

トランプは貧者の味方のような顔をしているけど、結局はニューヨークの大金持ちでエスタブリッシュメント側の人間です。とはいえ、「言ったことよりやったこと」が大事ですから、彼が本当に国民のために何をやるのか、注意深く見ていかないといけません。

●ランディ・ニューマン「Political Science」(1972年)

1943年にロサンジェレスで生まれたランディ・ニューマンは、アメリカの現状をシニカルに捉えた歌をたくさん作ってきました。

この歌は伝統的なフォーク・ソングのメロディに乗せて「一生懸命やっているのに、どうせみんなに嫌われているんだから、大きいの(爆弾)を落っことして、みんな粉々にしてやろう」と、かなり過激なことを歌っています。

「ロンドンはドカーン、パリもドカーン。君にも僕にも余裕ができるよ。そして世界中のどの都市もアメリカの町になる。ああ、なんて平和なんだろう。みんなを解放してあげよう。君は日本の着物を着て、僕にはイタリアの靴だ」。

この歌が生まれた当時はベトナム戦争の泥沼化で、世界中でアメリカへの嫌悪が高まっていました。ランディ・ニューマンはそんな母国の傲慢さや奢(おご)りを痛烈に皮肉ったのです。「アメリカを再び偉大な国にする」トランプのテーマ・ソングに相応(ふさわ)しい歌ではないでしょうか。僕が今年の5月に出した『ロックの英詞を読む―世界を変える歌』に歌詞の対訳と解説が載っていますので、興味のある方はぜひご一読ください。

●モーズ・アリスン「Your Mind is on Vacation」(1976年)

最後に、今年11月に89歳で亡くなったミシシピ生まれのジャズ歌手/ピアニスト、モーズ・アリスンの曲を。とにかく歌詞が面白い。「あんたの理性は休暇中だけど、口は残業している」「沈黙が金なら、あんたはまったく金儲けができない」「おしゃべりが犯罪なら、あんたは一生犯罪人」…。

解説するまでもありませんね。まあ、トランプには「馬耳東風」かもしれませんが(笑)。

●Peter Barakan(ピーター・バラカン) 1951年ロンドン生まれ。74年に来日。ブロードキャスターとしてテレビ・ラジオを中心に活動。「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「Barakan Beat」(InterFM)などの司会を担当。著書に、『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社+α文庫)、『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)などがある

●『ロックの英詞を読む―世界を変える歌』(集英社インターナショナル 1500円+税) 音楽には世界を変える力がある――ジョン・レノン、スティーヴィー・ワンダー、ビリー・ホリデイらの名曲に隠された真の意味とは? 反戦、人権問題、普遍の愛などについて書かれたメッセージ・ソングを独自に翻訳し、行間に隠されたメッセージに迫る

(構成/中込勇気)