12月6日に開催された、『大水滸伝』シリーズをこよなく愛する綾小路翔氏と著者の北方謙三氏によるトークライブ「荒くれ者たちへの憧れ-ロックンロール梁山泊-」。
累計950万部超という北方氏の『大水滸伝』シリーズから、集英社文庫創刊40周年記念企画として小説『岳飛伝』が文庫刊行開始されたことで実現したイベントだが、そこで初対面となったふたりの熱い生トークが展開――。
前編記事「現実社会で縛れない“梁山泊”な男たちとは」では、綾小路氏の大先輩であり、北方氏も「俺の弟分」というロックミュージシャンの吉川晃司氏が、強者揃いの梁山泊の面々の中で特に豪傑として知られる林冲(りんちゅう)に強い思い入れがあるエピソード等も明かされ、会場は盛り上がったが…。
今回の後編では、第2部で行なわれたQ&Aでの模様までを抜粋しお届けする!
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吉川氏を含め、「俺の友達は水滸伝に出てきそうなヤツらばかり」という北方氏から「キミもなってよ、“水滸伝なヤツ”に」と振られた綾小路氏だが「僕は戦闘ではほとんど役に立たないですけど…」と恐縮気味。すると北方氏は「いいじゃない、軍師になれば」と、そのプロデュース能力に長(た)けた才覚に太鼓判。
そこで、綾小路氏は満を持してか「実は僕が作品の中で一番シンパシーを感じたのは、魯智深(ろちしん)なんです」とこの日一番、前のめり気味に…。
※魯智深…裏方に徹し、数多くの好漢を入山させ、梁山泊に身を置いた108人の豪傑たちの“オルガナイザー”的存在となった僧侶。
綾小路「自分もイベントでオーガナイザー的なことをやるのが一番自分の力を発揮してる時だな、と思うことが多くて。氣志團万博(氣志團主宰のロックフェス)では吉川さんみたいな大先輩から、それこそ10代の人気アイドルまで、いろんな方たちに出演してもらうのですが、最初の頃は出演オファーを断られることも多々あり…。
本来ならロックフェスには出ない方たちもいて、特にちょっと“芸能界寄り”といいますか、そういう方のところに行くのは多少、緊張が走るところもあって。だけど、とにかく勇気を出して呼び鈴を押す、『ふざけんな、帰れ!』と言われても忘れたフリしてもう一度、呼び鈴を鳴らしにいく(苦笑)…みたいなことをさんざん繰り返して、徐々に徐々に、たくさんのアーティストに出ていただけるまでの形になっていきました。
日本の素晴らしい音楽をもっといろんな人に知ってもらいたいんだって思いだけで、志をみんなに伝え、一緒のステージに立つ!ということを仕掛けている自分をですね、ちょっとおこがましいんですけど、魯智深に重ね合わせているところがあります」
この話に深くうなずきながら聞き入っていた北方氏だが、一方で作者目線から「俺はね、キミはタイプ的に燕青(えんせい)だと思うんだよ」と切り返す。
燕青といえば、『水滸伝』の中で多芸多才な“イケメンキャラ”。これには綾小路氏も「すごく嬉しいですけど…どう考えてもルックス的に追いついてない気がします」と苦笑い。しかし…。
北方氏が披露した破天荒な下ネタ
北方「いやいや、追いついてますよ。あなたって、なんとなく武器を持ってない人でしょ? 戦うための武器は持ってないけど、音楽という表現の武器を持っている。燕青だって、じっと立っている相手がストンと膝をついちゃうような“気”を持っている男だから」
そこまで言われて照れ笑いを浮かべつつ、すぐに会場を見回し「ファンの皆さんは『違うなぁ』って顔になってますけど(笑)」と再び恐縮する綾小路氏。
北方「そんなの言ったもん勝ちだよ。吉川だって、自分のことを林冲だと言い張っているんだから(笑)」
そう話す北方氏自身、登場人物に自分の願望を込めることも多々あるようで…。
北方「例えば、史進(ししん))がある時、妓楼(遊郭)に行って、女と遊んでいたと。で、まさに今、ヤッてるという最中に敵の襲撃に遭い、階下で異常を察知した仲間に声を掛けられるんだけど、なかなか表に出てこない。なぜ出てこない?
彼は終わるまで待って、と精を放つまで事を続けようとしていたんですね。でも、最後はもう間に合わないから素っ裸のまま戦って敵を蹴散らしてしまう…。この場面を書いた時にね、“これは俺だ!”“俺だったらこうする!”と思ったの。水滸伝の登場人物はみんな、私の願望の塊なんですよ」
そんな破天荒な下ネタまで交え、会場がさらに盛り上がったところで『水滸伝シリーズの中で、一番胸が熱くなったシーンは?』との問いに「一番衝撃を受けたのは、楊志(ようし)が殺されてしまうシーンですね」と答えた綾小路氏。
楊志は『大水滸伝』シリーズの第二部『楊令伝』で主人公となる楊令の父親である。その息子と妻を守るため、たったひとりで150人の敵と戦い、命を落とすというシーンでの死に様はファンの間でも語り草になっているが…。
綾小路「楊志の最後の名台詞(『しっかりと、眼を開けていろ。おまえたち二人は、私が守る』~水滸伝5 玄武の章~より)はただただ、男泣きでございました。僕が一番、この物語にのめり込んでいく瞬間はこの楊志の死に様にあったと思っています」
それには来場者の多くが共感するところだが、楊志のこの最後の場面について、こんな裏話も明かされた。
北方「あのシーンはね、冒険だった。というのは、水滸伝っていうのは原典では108人の豪傑が梁山泊に勢ぞろいするまではひとりも死なない。だけど、俺は殺すよ、死なせるよっていうんであのシーンを書いたんです。読者から相当の反発がくるだろうなと思ったら、やっぱりきました。『掟破り』だとか散々言われてね。でも、戦をやってるんだから死ぬ時は死ぬだろうと。それはもう力を入れて書きましたよ」
登場人物を殺すたびに弔い酒をやる
掟を破ってでも書く!とは、まさに“北方ワールド”を象徴しているが、続いての質問もまた核心に迫る『登場人物の中で一番、別れが辛かった人物は?』というもの。
北方「全員ですよ。紙の上で誰かを殺すとね、やっぱり悲しくなるんです。だから、登場人物が死んだ後にはウイスキーに水を1滴だけ落として弔(とむら)い酒をやるの。
それで、私がウイスキーマスターっていうのに選ばれた時(2012年11月『ウイスキーヒルズアワード2012』の授賞式)、記者連中に『普段、どういう時にお酒を飲みたくなりますか?』と聞かれて、『人を殺した時…ただし、紙の上でな』って答えたのに『紙の上』の部分を削って見出しにされて、ひどい目に遭った(苦笑)」
作者ならずとも、『水滸伝』ネタを肴(さかな)に酒を飲むのは愛読者の楽しみにもなっているようだが…。
綾小路「水滸伝好きな友達とよく行くモンゴル料理屋さんがあるんですけど、そこのメニューが李逵(りき)の料理に一番近いんじゃないかということで、よくその店に集まって梁山泊気分で飲むんですよ。もうそれが最高に楽しいですね!」
※李逵…料理が得意な梁山泊の好漢。調理する美味な料理は作中にたびたび登場する
なんともマニアックではあるが(苦笑)、それぞれが水滸伝のキャラになりきって“梁山泊気分”で酒を飲むのも一興、ファンにはたまらないはずだ。とはいえ、この『大水滸伝』シリーズは全51巻にも及ぶ。綾小路氏は仲間やスタッフ等、読んでもらいたい人には自らプレゼントするそうだが、そこで普段、あまり本を読まない初心者向けにこんなアドバイスも…。
北方「水滸伝を読んでいたんだけど、途中で『挫折してしまった』って人が時々います。その人たちは同じなんです、登場人物の名前を全部覚えようとする。そんなのムリなんですよ、作者自身があんまり覚えてないんだから(笑)。肩ひじ張らず、さくさくさくと読んでいけば、必ず頭の中に人が残る。頭に残った人が、読んでいる者にとって大事な人間。それでいいんです」
綾小路「ものすごく長編だけど、文字に合わせてどんどん頭の中で絵が浮かんでくるから、漫画を楽しんでいるような感覚で一気に全巻読めると思います。僕の周りなんて活字嫌いな人ばかりなんですが、無理やりにでも勧めたらスラスラと読んじゃって、気が付いたらみんな“水滸伝なヤツら”になってました。まぁ、細かいことは抜きにしてあえて上から言わせていただきますが…騙(だま)されたと思って1回読んでみろ!と」
会場にはシリーズの愛読者以外に氣志團ファンも多数来場、そんなアジテーションもあってイベント後、刊行されたシリーズの即売場に長蛇の列ができたことは言うまでもない。
さらにQ&Aでは、「『水滸伝』に続く、新しいシリーズは?」との気になる質問も…。それに北方氏の口からこんな構想まで明かされた!
水滸伝の新シリーズと映画化の構想
北方「次は全く新しいシリーズを書きます。何を書くかっていうと、ジンギスカンを書く。『大水滸伝』シリーズとの繋がりは、今のところ、楊志、楊令…胡土児(ことじ、楊令の隠し子)へと受け継がれた吹毛剣(すいもうけん)が、やがてジンギスカンの手に渡る、というくらい。その後、大水滸伝とは完全に独立したジンギスカンの物語が始まります」
また今回の来場者からは、これを機会にふたりのコラボレーションで何か実現してほしいという声も多数。中でも『シリーズの映画を作って、主題歌は氣志團。その作詞を北方先生に』とのリクエストまで…。
綾小路「それはもう夢のような話です!」
それに「小説の言葉っていうのは歌詞とは違う。それを全然理解してない人間が書いたとして、迷惑がられるに決まってる」と否定的だった北方氏。
北方「しかもさ!(自分で批判した)刹那(せつな)ロックになっちゃったらまずいだろ(笑)。餅屋は餅屋、小説は小説。歌は歌。大谷(翔平、日ハム)みたいな二刀流なんてできる人はそんなにいないよ。やっぱり、男はひとつのことに打ち込むべき」
と語ったが、映画化が実現したら…との前提で条件付きのコラボはありなよう。
北方「それなら、吉川(晃司)が『映画版の林冲は絶対に俺だ!』って言い張ってるから、それが実現しなきゃダメ。あいつが林冲をやれるなら、(綾小路は)燕青できるよ」
綾小路「いけますか!? でもさすがに燕青は…」
北方「存在感の問題なんですよ。すっと人の前に立って、相手をじっと見つめられるようなね」
そんな最大級のエールに綾小路氏も照れまくりだったが、かくしてイベント後半も大いに盛り上がり、あっという間に終了。
来場者からは「もっと続けて欲しかった」との声が寄せられたが、ファンにとっては気になるジンギスカンの新シリーズ(タイトル未定)に加え、映画版『大水滸伝』の構想とコラボ案まで飛び出し、みな満足げな顔で会場を後にした。
今後のさらなる広がりも大いに期待される今シリーズ。この『岳飛伝』文庫刊行開始を機に“水滸伝なヤツ”に自分もなっておくべき? そんな問いには綾小路翔からのこんなメッセージを最後に!
「もし読んでなかったら絶対買え。絶対読め。そしたらね、もっと僕達、仲良くなれる」
(取材・文/週プレNEWS編集部 撮影/下山展弘)
■『岳飛伝』 2016年11月より毎月1冊刊行予定! 集英社文庫(全17巻)定価(1巻)600円+税 梁山泊戦の後、南宋の宰相・秦檜(しんかい)の元で軍閥になった岳飛。だが金国との戦い方を巡って対立を深め、絶体絶命の危機に陥るが、ある者たちが動き…。一方、壊滅状態にあった梁山泊を離れ、南方に新天地「小梁山」を切り拓いた者たちは、甘蔗(かんしゃ)を栽培し、生活を営み始める。老いてなお強烈な個性を発揮する旧世代と、力強く時代を創る新世代。いくつもの人生が交錯する「大水滸伝」最新シリーズ!