『5時に夢中!』をご存じだろうか? 東京メトロポリタンテレビジョン(以下、MX)が制作する東京エリアで放送中のTV番組だ。“5時夢(ごじむ)”の愛称で親しまれ、12年目を迎えた今も人気を博している。
その内容はワイドショー形式のトーク番組。日替わり(週5日)の濃いコメンテーター陣が、キー局ではありえない自由奔放な発言を連発することで人気に火がついた。TV界のご意見番、マツコ・デラックスはこの番組のレギュラー出演がブレイクのキッカケになった。
この番組の名物プロデューサー、大川貴史氏による初めての著書『視聴率ゼロ!―弱小テレビ局の帯番組「5時に夢中!」の過激で自由な挑戦―』が発売された。大川氏は番組に登場することはないが、出演者たちから連日イジられていて、視聴者にもおなじみの存在なのだ。
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―どんな経緯で『5時に夢中!』に辿(たど)り着いたのですか?
大川 僕は、28歳の時(2000年)に営業部から制作部に異動したのですが、ここで挫折を味わいました。僕には番組制作の才能がなかったんです。企画の発想力もないし、映像へのこだわりもない。入社して初めて、深く悩みましたね。そんな状態が1年ほど続いたある日、突然、番組のプロデューサーに抜擢(ばってき)されました。
―その理由は?
大川 現場で最年長だったから(笑)。本当に人手が足りないTV局なんです。与えられた番組枠は平日の夕方5時。当初はレコード会社からお金をいただいて、タレントやアーティストに出演してもらっていました。そんな中、「この人は面白い!」と感じた出演者たち(小島よしお、満島ひかり、TKOなど)が、番組卒業後にどんどん売れていった。それで、「僕は面白いモノを作る才能はないけど、面白いことに気づく能力はあるかも」と自信がついた。
―その後、現在の『5時に夢中!』がスタートし(05年)、マツコ・デラックスと出会います。
大川 あるゲストが本番前日に出演をキャンセルして困っていた時に、当時、番組のMCを務めていた徳光正行さん(アナウンサー、徳光和夫の息子)から紹介されたのがキッカケです。彼から「スゲエ面白い人がいるんですよ!」と聞かされ、焦っていた僕は徳光さんの話を信じて、マツコさんにかけてみました。一度もお会いしたことがなかったけど、電話で「急にすいません。明日、出てくれませんか?」とオファーしたら、快く引き受けてくれた。
―勇気のいる決断でしたね。
大川 でも、間違いじゃなかった。その日の本番は忘れられません。マツコさんは、すべてが“圧倒的”でした。存在感、声、テンション、核心を突くコメント力。これが天才かと。別の出演者の降板が決まった直後に「レギュラーコメンテーターになってほしい」とオファーしましたね。06年の初出演から11年がたち、全国区のスターになった今も、マツコさんにはレギュラー出演していただいている。ありがたいことです。
前都知事の超絶セコイ話
―著書には、番組スタート当初は飲み屋で人脈をつくった、とあります。その飲み代に総額で200万円もの貯金を投入したそうですが、どうして自腹を切ろうと?
大川 MXは都の出資を受けたTV局です。「番組作りのために酒代を経費にしてくれ」なんて認めてくれません。飲み屋で人脈をつくろうと考えたのは“酒は階級を超える”から。飲みの場で知り合えば、年齢や立場を超えてすぐ仲良くなれる。
そして、僕が飲み歩いた六本木や西麻布で豪快に飲んでいる人は、「できる人」か「おかしな人」か「悪い人」のどれか。組織の中で決定権を持っている人も多かった。だから面白い話を早く具体化できるし、新しい知見も得られた。
―「これは!」と思った人と仲良くなる方法は?
大川 MXの名刺を渡しても誰も覚えてくれない(笑)。だから、とにかく目立とうとしました。例えば、僕は食べる量がハンパないんです。ある日、プロレスラーの蝶野正洋さんと食事に行った時に「飯を食いすぎだよ!」と突っ込まれるぐらい食べるんです(笑)。そういうことだって、意中の相手に自分を強く印象づける助けになります。
―体育会系ならではのコミュニケーション術ですね。ところで、著書にはあの前都知事が『5時に夢中!』に出演したエピソードも書かれていますが、やはり、昔からセコかったとわかります(笑)。
大川 かつて、この番組にはゲストの好きな料理を紹介するコーナーがありまして、基本的には番組がお店で料理を購入するのですが、時々、お店が必要以上の量を提供してくれた。その時は、番組終了後に腹を空かせたADたちが群がります。
前都知事が出演した時も、お店が大量のウナギのかば焼きを提供してくれました。スタジオ内にはいい香りが充満し、ADたちは「今日はウナギだ♪」とウキウキしていた。でも、放送終了後、前都知事は「家族に食べさせます」と言い、かば焼きをすべて持ち去ってしまったのです。さすがにその時は「セコイ!」「あいつだけは許せねえ!!」などと罵詈雑言(ばりぞうごん)が飛び交いました。それくらい“ハングリー”な現場なんです(笑)。
5時夢と視聴率争いをする番組を作らないと!
―大川さんは番組内で、コメンテーターたちから親しみのこもったイジられ方をされています。「起用する側」と「される側」との関係性を考えると、業界的には珍しい距離感ですね。
大川 プロデューサーって、偉そうなイメージですもんね。でも、僕は目上の出演者と飲みに行ってもすぐ裸になっちゃいます(笑)。出演者の皆さんには敬意を持って接することを心がけていますよ。それがひと癖もふた癖もある出演者たちと上手にやっていくコツではないかと。
―では最後に、今後はMXでどんな番組を作りたいですか?
大川 今、MXには競争がない。『5時夢』が何年間も局内で視聴率首位を独走しているのは、自慢ではなく、会社としてマズイです。だから、5時夢と視聴率のトップ争いをする番組を作りたいですね。でも、先ほども言ったように都の出資を受けるMXは“お役所体質”なところがある。実は世間のイメージとは違い、挑戦的な番組を作るのは難しい局なんです。
―……となると?
大川 僕がこの局の編成を握れるくらい出世して、改革をするしかないかも。そういう野心はありますよ(ニヤリ)。
●大川貴史(おおかわ・たかし) 1972年生まれ。立教大学野球部出身。大学卒業後、95年に東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)に入社。現在、編成局局次長兼制作第二部長。『5時に夢中!』『週末めとろポリシャン♪』『バラいろダンディ』など、同局の人気番組のプロデューサーを務めている。野球とプロレスを愛するバリバリの体育会系
■『視聴率ゼロ!―弱小テレビ局の帯番組「5時に夢中!」の過激で自由な挑戦―』(新潮社 1300円+税) マツコ・デラックス、岩井志麻子、ミッツ・マングローブ、ホリエモン…濃すぎるコメンテーターたちが大暴れする、放送コード無視(?)の火薬庫的ワイドショー『5時に夢中!』。その名物プロデューサーが番組制作の裏側を語り尽くした。カネなし、ノウハウなし、才能なし! それでも成果を残せる、“大川流仕事術”とは?
(取材・文/菅沼慶 撮影/本田雄士)