「なんでもっと20代、30代のうちにたくさんの場所を自分の目で見てこなかったんだって後悔した」と振り返る富野由悠季監督

「聖地巡礼」という言葉が年末恒例「ユーキャン新語・流行語大賞2016」のトップテン受賞語に選ばれるなど、アニメの聖地巡礼ブームが加速している。

そんな中、昨年9月に発足した「一般社団法人アニメツーリズム協会」の理事長にアニメ界の大御所・富野由悠季(よしゆき)監督が就任。前編「アニメファンに外に出てほしい」に続き、話を伺った。

* * *

―富野さんも若い頃はいろいろと旅されたんですか?

富野 いや、してない、できてない。だから僕が反面教師みたいなもの。僕自身が国内も海外も含めて、いろんな場所を見に行けるようになったのって、ガンダムを当ててしばらく経って、40歳ぐらいからなんですよ。それまでは(アニメ制作会社のあった)杉並区とか練馬区だけで完結してましたからね。

―仕事に没頭していたと。

富野 当時は制作の現場から離れたら最後と思っていたので、行動範囲はかなり限定されてました。ですから、かなり狭い視野でしか物事を考えていなかった。杉並や練馬しか知らないような人間の描く世界観なんて高が知れてるんですよ(笑)。

それで、40歳過ぎてから海外旅行にも行くようになって、本当にしまったなぁって思いました。なんでもっと20代、30代のうちにたくさんの場所を自分の目で見てこなかったんだって後悔しました。

画面に向かってるだけ、キーボード叩いてるだけのやつがきちんとした“対話”ができるわけがない。ともかく、若い時に外に出ておかないとダメ、これは言い切れます。

―それはエンタメ業界を目指すなら、ということ?

富野 いや、エンターテインメント業界に限らず。どの業界においても、部屋の中でパソコンやスマホだけ見ている人より、外に出て自分で様々な体験をしている人のほうが強くなります。

なので、100人中99人はただ単純に「あー、聖地楽しかった」だけでも全然構わないけど、残りのひとりかふたりが外の世界の刺激を受けてなんらかの才能を開花させてくれたら嬉しいのです。そういう子らが次代の日本を引っ張るような存在になってくれるはずだから。

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『ガールズ&パンツァー』のモデル地となった茨城県大洗町の「大洗マリンタワー」

外国人観光客が喜ぶ“おもてなし”ができているのか

―未来の日本の人材を見据えたプロジェクトだと!!

富野 そうですね。あとは、今はインバウンドの観光需要も増えたし、海外の日本アニメファンも多いから、迎え入れる側の観光業界を変えていきたいという気持ちもあります。例えば外国人の一見さんの観光客に対して、彼らが喜ぶ“おもてなし”が本当にできているのかということを考える必要があるでしょ。

―日本人感覚の“おもてなし”しかできていないケースが多そうです。

富野 みんなが熱い温泉好きなわけではないし、旅館の夕食の品数も多すぎると思われているかもしれない。伝統ある温泉旅館の“おもてなし”や、流行りの「星野リゾート」の“おもてなし”も素晴らしいですが、それが誰にでも当てはまるものではないでしょ! 特に外国人観光客が求めているものとズレていることが多々あると思う。

一例だけど、その土地の特産品のポスターばかり目立って張ってあるけど、外国人にはトイレの場所がどこかわかりづらいとかね、たくさんある。

―なんだか聖地巡礼の話から、日本の観光業界全体の話へと飛躍していますね。

富野 僕としてはそこが狙い。伝統を守ることだけが“おもてなし”ではないんだって話は、もともと観光業界にどっぷりの人では言いづらいけど、新参者なら忌憚(きたん)のない意見が言える。とはいえ“ガンダムの監督”が熱弁したって説得力がない。“アニメツーリズム協会理事長”って肩書があればこそなんですよ!

―とても、当初は「イヤだ」と難色を示していたように思えないほどの情熱!(笑)

富野 最初から全肯定じゃなかったからこそ、自分の中で理事長という“旗振り役”を務める意味を肯定できるようにと、一生懸命考えるようになったのかもね(笑)。

―聖地巡礼の深イイ話、ありがとうございました!

(取材・文/昌谷大介[A4studio] 撮影/下城英悟 写真/Natsuki Sakai)

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『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の舞台となった埼玉県秩父市

●富野由悠季(とみの・よしゆき)1941年11月5日生まれ、神奈川出身の75歳。監督として『機動戦士ガンダム』シリーズのほか、『伝説巨神イデオン』や『聖戦士ダンバイン』などの巨大ロボアニメを数多く手がけるアニメ界の巨匠

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