ロック、ソウルからジャズ、クラシックまで…萩原健太さんがレコメンドする「死ぬまでに見るべき世界のミュージシャン」とは? ロック、ソウルからジャズ、クラシックまで…萩原健太さんがレコメンドする「死ぬまでに見るべき世界のミュージシャン」とは?

デヴィッド・ボウイ、プリンス、ジョージ・マイケル…2016年は多くの大物ミュージシャンが亡くなった。

こういった訃報に触れると、「一度はナマで見たかった!」なんて会話をよく耳にする。

人間、いつ何があるかわからないから、チャンスがある時に見ておくべき! ということで、様々なメディアで活躍する音楽評論家、萩原健太さんに「死ぬまでにナマで見るべき世界のミュージシャン」をレコメンドしていただいた!

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―今年は1月にガンズ・アンド・ローゼスやジェフ・べックが来て、4月にはサンタナ、ドゥービー・ブラザーズ、そしてポール・マッカートニーと大物の来日公演が続きます。

萩原 ジェフ・べックやサンタナは何度も来日していてリピーターも多いので、後々「見ておきゃよかった」と思う人はそう多くないのではないでしょうか。ポールも今や、その状態になりつつあります(笑)。エリック・クラプトンもそうだけど、「これが最後」っていう来日が何度もあるでしょう。僕はレイ・チャールズの「最後の来日」を3、4回見ていますよ。亡くなった時は、とうとう本当に死んじゃったんだ…と感慨深いものはありましたけど。

―そんな健太さんに「死ぬまでにナマで見るべき世界のミュージシャン」をレコメンドしていただきたいのですが…。

萩原 なかなか難しいお題ですねぇ(苦笑)。いきなりマニアックで申し訳ないですが、スペンサー・ウィギンス(75歳)というサザンソウルのレジェンドが4月にビルボードライブ東京で公演します。1960年代にメンフィスのゴールドワックス・レコードというレーベルでジェイムス・カーらとともに聖典のような素晴らしいサザンソウルをたくさん残した人です。アップテンポな曲も、バラードもめちゃくちゃいい。全然ヒットに恵まれなかったんですけど。

―過去に来日したことはあるんですか?

萩原 ないと思いますよ。だって、ヒット曲ないんだもん(笑)。ファンの間でも来日はムリだろうと思われていたので、本当に快挙です。これは目撃しておきたい!

5月には、60年代に活躍した女性シンガーグループ、ザ・ロネッツのメイン・ヴォーカリスト、ロニー・スペクター(73歳)が18年ぶりの来日公演を行ないます。代表曲「Be my Baby(あたしのベビー)」を出した63年当時は、ザ・ローリング・ストーンズがロネッツの前座をやっていたんですよ。今のロニーはだいぶ太っちゃってますが、昔はかわいかった(笑)。

「Be my Baby」はイントロのドラムブレイクが有名ですが、曲の合い間にもう1回これが出てくる部分があります。そこになるとロニーがお尻振りながら踊るんですよ。恐いもの見たさで、目に焼き付けておきたいと思います(笑)。

女性シンガーで言うと、アレサ・フランクリン(74歳)は外せません。来日は絶対にあり得ないんですけど。

「ブルース・スプリングスティーンの日本公演で『シーン』って…(笑)」

―出ました、クイーン・オブ・ソウル! 来日があり得ないというのはなぜですか?

萩原 来日したこともないし、今後もありません。アレサは、オーティス・レディングが飛行機事故で亡くなった(67年)後、飛行機恐怖症になってしまったんです。僕が最後にナマで見たのは、3年前にニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールで行なわれたステージ。体を壊して中止になったコンサートの代替公演にたまたま出くわしてラッキーだったんですけど、だいぶ回復していて本当にすごかった!

2015年には、優れた芸術家に贈られる「ケネディ・センター名誉賞」を受賞したキャロル・キングを称えて、彼女が作曲した「ナチュラル・ウーマン」をアレサが歌いました。これも本当に素晴らしくて、オバマ前大統領も泣いてましたよ。これで復調して、昨年またラジオシティでやるっていうのでチケットを取ったんですが、またドクターストップがかかって中止になってしまった。

でも、前もよみがえりましたから、復活してほしいっていう願いも込めてオススメしたいですね。もし読者の皆さんがアメリカに行った時にアレサがライブをやるチャンスに恵まれたなら、それはもう運命です。何があっても見たほうがいい!(*このインタビュー後、アレサ・フランクリンは年内にニューアルバムを発表し、それをもって引退すると報道されました)

―ロック系では、どんな人がオススメですか?

萩原 ヴァン・モリソン(71歳)ですかね。日本人が嫌いという噂もあるので、この人も来日は難しいと思いますが(苦笑)。北アイルランドの白人歌手ですが、黒人音楽が好きで、昔はそういうものに追いつけ追い越せみたいな変な意識があったようですが、今は肩の力も抜けてふわっとやっている音楽がものすごくソウルフルだったりします。海外で見る機会があれば、こちらもオススメしたいですね。

ブリティッシュ・ロックの大御所では、レイ・ディヴィス(72歳)。キンクスのリード・ヴォーカルで、弟のデイヴとの不仲が有名です。数年前に再結成の噂がありましたが、仲直りして来日してくれたら見ておきたい。

ニール・ヤング(71歳)も来日が少ないミュージシャンです。直近の来日は2003年に「グリーンデイル・ツアー」というのをやりましたけど、これはお芝居とのコラボだったので、ライブとしては満足できず…。昨年末に新譜を出して、今年来日しそうだったんですが結局なくなってしまった。ニールも海外で見るしかないのかな。

「海外で見たい」という視点で言えば、ブルース・スプリングスティーン(67歳)。最後の日本公演は97年ですから、もう20年来ていません。ブルースのバック演奏を務めるグループ、Eストリート・バンドと一緒にやる時が一番すごいんですが、バンドの中核を担っていたサックスのクラレンス・クレモンズをはじめ、何人か亡くなっています。本人が元気でも、バンドメンバーが健在かどうか…という問題もありますね。

ただ、Eストリート・バンドでなくても、まだブルースをナマで見たことない人は、是非見ておいたほうがいいと思います。特にアメリカで見たいですね。85年に代々木でやった時、ジョン・フォガティが書いた「ロッキン・オール・オーバー・ザ・ワールド」をやったんです。この曲はアメリカだと大合唱になるんでしょうけど、この日本公演の時はブレイクでお客さんにマイクを向けたら「シーン」って(笑)。もうダメだ~、二度と来てくれないかもしれない!と焦ったのを覚えてます(笑)。

トランプの大統領令でアメリカに帰れなくなったシリア人ミュージシャン

―「洋楽ライブあるある」ですね(笑)。ところで、ボブ・ディラン(75歳)は入らないんですか?

萩原 もちろん、見ていない人は見ておくべきですが、強くはオススメしません。実際に見てみたらヘロヘロじゃんみたいに言われることもあるので(笑)。ディランはその時代によって、自分がどうありたいかっていうのを率直に表現してきた人なので、聞き手が抱くディランのイメージはいつ出会うかによって全然変わってきます。

ディランは自分を映す鏡のようなところがあるんです。「なんだこれ、つまんねえ」って言われたら、「おまえがつまんねーんだ」っていう(笑)。聞き手の受け皿が大きければ大きいほど、ディランの音楽は充実して響いてくるというかね…。まあ、あまりこういうことを言うと、頭のおかしな人と思われるので、オススメはしないでおきましょう(笑)。でもノーベル文学賞を取りましたからね、一度は拝んでおくのもいいと思います。

―今のうちに拝んでおこうと思います!

萩原 クラシックも入れていいのであれば、強くオススメしたいのが、ヘルベルト・ブロムシュテット(89歳)というスウェーデン人の指揮者です。11月に来日公演があるのですが、その時には90歳になっています。高齢の指揮者は座って振る人が多いけど、ブロムシュテットはちゃんと立って振っています。

最近のクラシックではグスターボ・ドゥダメルとかヤニック・ネゼ=セガンとか30代の若い指揮者が話題ですけど、ブロムシュテットの往年の格式というか、「そうそう、この感じ!」というマエストロの味わいもいい。これは見ておいたほうがいいですよ。だって、本当に最後になる可能性もあるわけだから。

クラシック関連でいうと、シルクロード・アンサンブルという、チェリストのヨーヨー・マを中心に世界の民族楽器演奏家たちが集まったユニットがあります。タブラや尺八、中国の琵琶や笙(しょう)などの民族楽器がヨーヨー・マの弦楽アンサンブルと合体してすごく面白い。

ところが、メンバーにシリア人のクラリネット奏者がいるのですが、ドナルド・トランプの大統領令のおかげで、ベイルートにツアーに行った後、アメリカに帰れなくなっていました。彼は16年もアメリカで生活していてグリーンカードも持っているにもかかわらず…。

かつてシルクロードでは様々な地域の文化が交流した。現在はアメリカ、特にニューヨークがその役割を担っています。ところがこの不透明な時代、こういう各国の人たちが参加するプロジェクトは破綻する危険性があるわけです、あのバカのせいで! そういう意味で、もしシルクロード・アンサンブルを見るチャンスがあったら、是非見ておいたほうがいいですね。

「過去のものだって、初めて聞けば自分にとっての新譜」

―こんなところにもトランプの被害者が…。ジャズ方面では、誰かいますか?

萩原 ヴォーカルのボブ・ドロー(93歳)ですね。マイルス・デイビスも演奏していたスタンダードナンバー「デヴィル・メイ・ケア」を作った人で、子供向け教育番組『スクールハウス・ロック』の音楽を担当していたり、アメリカでは彼の曲を知らない人はいないという存在です。

彼は一昨年、ブルーノート東京に来ていました。ピアノを弾きながら歌うんですけど、すごくクールかつオシャレ過ぎないというか、ちゃんとグルーヴがある。50年代ならではの輝きを放っている人で、めちゃくちゃカッコいいですよ。

先述のスペンサー・ウィギンス然り、熱狂的に支持しているのは一部のマニアですが、こういう人こそ音楽界の宝。一度拝んでおくことは、自分の中の音楽史を豊かにするためには有意義だと思います。この人のこういう部分があの音楽を生んだんだ…みたいな気付きがあって、自分が聞いてきた音楽を整理できるはずです。

ジャズの世界では高齢の人が多くなってきていますね。昨年、ブルーノート東京にベニー・ゴルソン(88歳)が来ました。50年代から活躍しているサックス奏者です。もうヘロヘロなんですけど、半世紀以上やってきた凄みを感じました。

MCでは、アート・ブレイキーやジョン・コルトレーンらジャズの巨人たちの話をしてくれるんですけど、同じステージの中で同じ話を繰り返したりするんですよ(笑)。「みんな、知らないかもしれないけど…」と、フィラデルフィアで一緒にリハーサルをしたコルトレーンの思い出話をして、しばらく経ったら「そういえば俺はジョン・コルトレーンと…」って(笑)。老人力じゃないですけど、それも含めて響いてくる凄みがあります。

―まさに歴史の生き証人ですね!

萩原 音楽業界には「新しいものがいい」っていう幻想があるじゃないですか。時代の最先端という、非常に曖昧な価値観を追いかけている。それはひとつの商売の形ではありますけど、過去にはどれだけすごいものが転がっているか、認識したほうがいいですよ。どれだけ素晴らしいものを自分は聞き逃しているのか。過去のものだって、初めて聞けば自分にとっての新譜ですから。

そういう素晴らしいものをライブで体験するっていうのは、音楽生活をすごく充実させる体験になると思います。

●萩原健太(はぎわら・けんた) 1956年生まれ。早稲田大学法学部卒。早川書房に入社後、フリーに。音楽評論の傍ら、音楽プロデュース、コンサート演出、作曲等も手がける。著書に『アメリカン・グラフィティから始まった』『70年代シティ・ポップ・クロニクル』『ボブ・ディランは何を歌ってきたのか』(以上、ele-king books)、『ロック・ギタリスト伝説』(アスキー新書)など多数。

(取材・文・撮影/中込勇気)