一時期、低迷していた朝ドラはなぜ復活できたか? 名作の魅力を再発見し、“お茶の間”を分析する!
ドラマやアニメ、書籍のレビューサイト『エキレビ!』。この人気サイトでトップクラスのアクセスランキングを誇るのが、フリーライター・木俣冬(きまた・ふゆ)氏の朝ドラ(NHK連続テレビドラマシリーズ)レビューだ。
放送翌日の朝(土曜日分は月曜日の朝)に更新され、物語の背景、キャラ分析、小ネタなどが縦横無尽に語られ、ドラマの魅力が伝わってくる。そんな朝ドラ評論の第一人者、木俣氏の新刊が『みんなの朝ドラ』。低迷期が続いた朝ドラが2010年代に入って復活した理由が明かされる。木俣氏に聞いた。
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―そもそも、朝ドラにはどういう魅力があると思いますか?
木俣 毎朝15分という短い時間で見られるというのが最大の利点だと思います。NHKの方も「視聴習慣」とよくいわれるんですが、朝起きてなんとなくテレビをつけてコーヒーを飲んだりしますよね。毎朝、天気予報や占いを見るのに近いかもしれません。毎朝1時間だと厳しいけど15分ですから(笑)。1日の始まりとして日本人の生活習慣の一部に組み込まれているのかもしれませんね。
―木俣さんが朝ドラにハマったきっかけは?
木俣 ご多分に漏れず、13年度上半期の『あまちゃん』です。仕事柄、それ以前も朝ドラ自体はチェックしていましたが、リアルタイムで毎朝見るようになったのはそこからですね。
―どこに惹かれましたか?
木俣 まず、宮藤官九郎さんの脚本だったこと。初回を見たら、主人公の天野アキを演じる能年玲奈(現・のん)さんも素晴らしくて、私の中の朝ドラのイメージが覆(くつがえ)されたんです。それで、その日のうちに『エキレビ!』でレビューを書かせてほしいとお願いしました。
―反響はいかがでしたか?
木俣 予想をはるかに超えるビュアー数でした。反響の大きさにただただびっくりしました。特にネットとの親和性は高かったですね。毎朝、SNSで大きな話題になっていました。
―ヒロインや登場人物を描いた「あま絵」もツイッターなどで拡散されていました。
木俣 海女(あま)、アイドルを目指す“地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華もないヒロイン”をみんなが応援していた。それに東日本大震災がどう描かれるのかということも注目を浴びましたね。「頑張れ」「死なないで」「逃げ切れ」と、祈りのような気持ちで画面に向かっていました。まさに時代を映す鏡のような作品でした。
朝ドラ復活のきっかけは?
―『あまちゃん』は毎週のレビューでしたが、15年度上半期『まれ』から毎日のレビューになりました。いかがでしたか?
木俣 新たなチャレンジをしてみよう、と(笑)。ただ、この作品は少し期待外れで…。
―木俣さんのレビュー内に「今日の、つっこ『まれ』」というコーナーもありましたね(笑)。
木俣 一部のファンからは、SNSを通して「なんてひどいことを」と言われました(笑)。でも共感してくださる方も多かったんですよ。私はあくまで見る側なので、偉そうなことを言える立場ではないですが。
―木俣さんも毎朝、感想を共有していたんですね。
木俣 そういう意味では成功だったのかもしれません(笑)。それで、『まれ』の毎日レビュー連載が終わった頃、この本のお話をいただいたんです。
―朝ドラは1961年に始まっています。作品すべてを見られたんですか?
木俣 映像が残っていない作品もありますが、できる限り、ビデオやDVD、オンデマンドなどで見ました。なかでも興味深かったのは、66年度の『おはなはん』。大枚はたいてビデオを買ったんですが、半世紀前の6作目にして、“戦中・戦後を舞台にした女の一代記”という朝ドラのスタンダードが確立されていたんです。
―83年度の『おしん』は期間平均視聴率52・6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。そういうスタンダードがあったから、驚くほどの高視聴率を獲得できたのかもしれませんね。
木俣 それが、21世紀に入ると、10%台に落ち込む作品が続きました。この本に詳しく書きましたが、社会構造や家族像、女性の生き方の変化も大きかったんだと思います。
―復活のきっかけはやはり『あまちゃん』だったんでしょうか?
木俣 21世紀の朝ドラを見直してみると、そうでもないんです。まず、2010年度上半期の『ゲゲゲの女房』は放送時間がそれまでよりも15分早まり、8時からになったことで視聴者を増やしました。そして、水木しげるさん夫妻がモデルなので、マンガ家さんやマンガファンなど新しい視聴者も開拓した。「あま絵」も『ゲゲゲの女房』の「ゲゲ絵」が発端でした。
失踪も朝ドラの定番です
―視聴者の楽しみ方が多様になっていったんですね。
木俣 そうですね。感想の共有など、SNS上で話題にしやすくなったのは大きいと思います。ただ、内容的に朝ドラのテンプレートが変わったわけではありません。『ゲゲゲの女房』は戦中、戦後の夫婦愛の物語。むしろ、従来のテンプレートに回帰しています。
最近の『とと姉ちゃん』『べっぴんさん』も同じテンプレートですが、みんなそういう物語に意外とキュンとする。リアルなストーリー展開よりも、自分たちとちょっと距離があるもののほうが物語として楽しめるのかもしれません。
―一方、『花子とアン』(14年度上半期)の脚本家・中園ミホさんは「洗いたての白いハンカチ」のようなヒロインは描けないが、モデルとなった村岡花子が従来のヒロイン像を覆す人物とわかって、脚本を引き受けたというエピソードが紹介されています。
木俣 純粋に回帰したわけではありませんからね。脚本家さんたちは皆さん、過去の作品をきちんと見ているのだと思います。中園さんや宮藤さん、『カーネーション』の渡辺あやさんは作家性が強い脚本家ですが、これまでの作品に敬意を表したり、かぶらないようにしたりしている。朝ドラ愛をすごく感じるんです。
―100作近い“遺産”があったからこそ、復活できたんですね。この本で朝ドラの歴史を知って、『ひよっこ』もより楽しめそうな気がしました。
木俣 『ひよっこ』いいですよね。ヒロインのお父さんが失踪しましたが、失踪も朝ドラの定番です(笑)。でも、なんの予兆もなくて、意外にサスペンス。今後の展開がすごく楽しみです。
(取材・文/羽柴重文)
●木俣冬(きまた・ふゆ) 東京都出身。フリーライター。東洋大学卒業後、ショウワノート、KADOKAWAを経て独立。主にドラマ・映画・演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューを執筆、ドラマのノベライズも手がけている。主な著書に『ケイゾク、SPEC、カイドク』『SPEC 全記録集』『挑戦者たち―トップアクターズ・ルポルタージュ』、共著に『おら、「あまちゃん」が大好きだ!』『おら、やっぱり、「あまちゃん」が大好きだ!』『蜷川幸雄の稽古場から』ほか
■『みんなの朝ドラ』 講談社現代新書 840円+税 21世紀に入ってから視聴率が低迷していた朝ドラはなぜ、2010年代に復活できたのか? 『ゲゲゲの女房』『カーネーション』『あまちゃん』『ごちそうさん』『花子とアン』『マッサン』『まれ』『あさが来た』『とと姉ちゃん』『べっぴんさん』に加え、1983年の伝説の朝ドラ『おしん』、さまざまなタブーを破った2000年の『私の青空』の2作を朝ドラレビュワーの木俣冬氏がクリティカルに分析。朝ドラの魅力を解き明かし、新たな楽しみ方を示す一冊だ!