漫才純度100%のコンビがこの夏、伝説に挑む――。
コンビ結成43年目のオール阪神・巨人が7月28日(金)から30日(日)まで、大阪・YES THEATER(326名収容)で「三夜連続漫才」を行なう。一日3本ずつ計9本、すべて違うネタを披露する。
大きいほう、オール巨人は65歳、相方の小さいほう、オール阪神は60歳だ。43周年というやや中途半端な周年でのビッグイベントについて、オール巨人はこう語る。
「今、やっとかなできんのちゃうかな、と。年齢的にもね。ゆっくりしゃべるような漫才なら70歳を超えてもできるんでしょうけど、うちらはアップテンポだし、大きな声も出すし、今やなと思った」
■15分の漫才は400m走と同じ!?
漫才は大別して、しゃべりだけで笑わせる伝統的な「しゃべくり漫才」と、近年、主流となりつつある演劇的要素を含んだ「コント漫才」がある。オール阪神・巨人は、典型的な前者であり、権化だ。
通常の漫才は原稿用紙1枚分の脚本があれば1分といわれるが、ふたりの場合は1.5枚から2枚なければもたない。それほどテンポが速いのだ。それを可能にする滑舌のよさと声の美しさは、現役漫才師の中では今も間違いなくトップクラスだろう。
「喉については、なんのケアもしてないんですけどね。こればっかりは親に感謝せないけませんね」
吉本興業に、今も語り継がれるイベントがある。1978年、「爆笑王」こと、中田ダイマル・ラケットが敢行した「爆笑三夜」だ。今回の「三夜連続漫才」は、オール巨人が尊敬する大先輩ダイラケへの「オマージュ」でもある。しかし「爆笑」の文言は入れなかった。巨人は殊勝な顔で語る。
「それはね、自信がないからですよ。初日が、ごっつい気になるんです。初日がうまいこといったら、ええねんけどな」
巨人ほどの大ベテランでも、三夜連続の単独ライブとなると重圧を感じると聞いて正直、驚いた。
「今でこそ漫才コンビの単独ライブは当たり前になったけど、おそらく最初にやったのはダイラケ先生の爆笑三夜やと思いますよ。ただ、以降も三夜連続でやったコンビは、おらんのちゃうかな……。同じ内容の単独ライブを3回やったというケースはあっても」
お客さんをいらわない。誘い笑いもしない
そもそも喉と体力の問題がある。約2時間の公演で、巨人が「400m走のようなもん」と話す10分から15分のネタを3本こなすのは、想像する以上に過酷だ。
「声もつかな……という心配があるし、2日間は乗り切っても、3日目、声が出るのかなというのも気になって」
しかも3日間、等しく客を満足させるためには、それだけ良質なネタを数多く持っていなければならない。おそらく興行的にも、労力的にも、決して効率的な企画ではないはずだ。それでもオール巨人を突き動かすものは、漫才師としてのプライドだけだ。
「おっさんふたりがようがんばるな~、と。同年輩が、そういうふうに感じてくれたらうれしいね。足跡とまではいわないまでも、せめて爪痕くらいは残したいやないですか。ギャラは、ほとんどもらえんと思いますけど(笑)」
■「ルールを守って笑いを取るのが芸」
近年、オール阪神・巨人ほど舞台にこだわり続けてきたコンビもいない。彼らは原則、劇場で演じるネタはテレビではやらない。劇場に来た客を「これテレビで見たことがあるよ」と失望させないためだ。そして、ステージに上がるときは、おそろいのオーダースーツを身にまとい、ぴかぴかに磨かれた革靴を履く。
「テレビの漫才コンテストに出るときはシャキッとした格好をしてるのに、舞台ではだらしのない私服で出たりする芸人がいるんですよ。そういうの、気に入らない。舞台はお客さんがお金払うて来てくれてるんやから、テレビ以上に大事にしてほしいと僕は思うんですよ」
芸とは――。そう尋ねると、明快な答えが返ってきた。
「ルール、マナーを守って笑いを取るのが芸やと思う」
人が見ていなくても赤信号は絶対に渡らないという「大まじめ」な巨人らしい答えだ。「原則、お客さんをいらわない。誘い笑いもしない」
いらうとは、今でいうところの「イジる」の意味だ。誘い笑いとは、台本にはなかったけどつい笑ってしまったかのように見せかけて笑うこと。元来、それらの行為は、漫才において邪道とされてきた。
「舞台の途中で、トイレに立ったり、子供さんが泣いたりした場合、今の芸人さんは、いらうことが多い。簡単に笑いが取れますからね。でも、僕らは基本的にほったらかしてます。いらったほうが楽なんですけど、長くなるし、お客さんがそれを期待するようになってしまうと、その後で演じる芸人に迷惑をかけますから」
「見えすぎると、笑ってない人、気になるんですよ」
いらうことなく、一気呵成(かせい)にしゃべりまくるオール阪神・巨人の漫才は濃密だ。これこそプロの話芸だと、うならされる。
ふたりのような生粋の漫才師は、ほぼ死滅したと言っていいかもしれない。
「みんな器用やからね。リポーターやったり、司会やったり、いろんな番組から声がかかる。それはそれでエエんやけど、中川家とか、博多華丸・大吉とか、ブラックマヨネーズあたりのうち何組かは、最終的には漫才にもっと重点を置いてやってほしいとも思うんです。力あんねんから。ああ、おまえらは、やっぱり漫才師やなと」
オール巨人は舞台に上がるとき、度入りの眼鏡から、伊達(だて)眼鏡にかけ替える。
「見えすぎると、笑ってない人、気になるんですよ。ネタがおもろないんかなとか」
種ともこの『キュウリ de Vacation』のイントロに乗ってオール阪神・巨人は今でも決まって、小走りでステージに登場する。ゆったりとステージに上がるコンビが多いなか、ふたりの足取りは口調と同じく軽快だ。
「出囃子(でばやし)が鳴って、出ていくときのふたりの後ろ姿がカッコいい、って言うてくれた後輩がおりましたねぇ」
ステージに上がる姿には、漫才師の歴史がにじむ。
最後にして、最強の漫才師――。その一挙手一投足を、目に焼きつけてほしい。伝説の扉がいよいよ開く。
★『週刊プレイボーイ33号』(7月31日発売)より、新連載「オール巨人が語る劇場漫才師の流儀」がスタート!
(取材・文/中村 計 撮影/加藤 慶)
●オール巨人 1951年生まれ、大阪府出身。1975年4月に「オール阪神・巨人」結成。ちなみにオール巨人は阪神タイガースのファンである。身長184cm、84kg