1979年に放送され、その後、様々なシリーズが作られてきた『機動戦士ガンダム』。同作のキャラクターデザインを手がけ、人気アニメーター・監督としてその名を知られる安彦良和氏は、表現の場をアニメから漫画の世界に移した後、再びアニメ業界へーー『機動戦士ガンダム』の物語を新たな解釈で描き、漫画原作も執筆している『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』だ。
シリーズ最新第5話『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 激突 ルウム会戦』が9月2日(土)より期間限定上映されたのを受けて、今回、作品内容に関してやご自身の創作秘話、さらに「日本アニメの表現論」から富野由悠季監督とのエピソードまでをたっぷりと伺った。
今回は、まずその前編。『ガンダム』シリーズの始まりへとつながる『ルウム編』で描こうとしたこと、そして安彦さんならではのアニメ制作現場についてお届けする。
■『機動戦士ガンダム』第1話へつながるエピソード
―『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 激突 ルウム会戦』では、コロニー落としからルウムでの戦いに至るまで、戦争をめぐる群像劇としてドラマが描かれていますよね。
安彦 第4話のあたりから、群像劇の要素が濃くなっています。それまでの『シャア・セイラ編』というのは、ふたりの生い立ちと成長の過程を描いていますが、第3話でシャアに特化した士官学校時代の話、そして第4話からは群像劇という流れです。
―コロニー落としが実行される場面を映像として描かれていますが、コロニーの中にいたふたりの若者が印象的でした。
安彦 (『機動戦士ガンダム』のナレーションでは)コロニーが落ちて、その結果、内部の住人はもちろん、地球上の人口の半分が死に絶えたという、とてもショッキングなことが言われています。しかし、本当にナレーション通りの重さを持って視聴者に受け止められてきたのかと言うと「ちょっとどうかな」と思っていました。
―どういうことでしょうか?
安彦 数もさることながら、自分の意思に反して死に追いやられてしまうということが、どれだけ残酷なことなのかスルーされていたような気がするのです。それをなるべくはっきりした形で描きたかった。
それは死体の山を見せることでもなく、巨大な廃墟を見せることでもない。そこに実際に生きていて未来もあったはずの人が、それだけの数死んでいくという「個々の重さ」なんですよね。
―「個々の重さ」ですか。
安彦 その集約なんですよ。そういう描き方をしなくてはいけないと『THE ORIGIN』の漫画原作を描いていた時から思っていました。
次のお話でアムロがどうするのか…
―ドズルがコロニー落としをした後で娘のミネバを抱きかかえて「おれは何億人ものミネバを殺したんだ」と後悔するシーンも印象に残りました。
安彦 様々な方にドズルの台詞に注目していただいて、非常に我が意を得たりと思っています。家で無邪気な子どもの寝顔を見て、こんなにかわいい子たちを何億人も殺したのかというのは、まさに先ほどの生きている命を起点にした考えなのです。
―そこからドズルは「守るだけの力がなかったから死んでいったんだ」という考えに至ります。
安彦 至る所にある正義ですよね。それぞれの側に守るべき愛する者と正義があって、戦うということがある限り、戦争はなくならないし正義の数も無数にあるわけです。
―その流れの中で、今までは守られる側として描かれていたセイラも銃を手に取ってしまう。
安彦 彼女はターゲットを正面に見て、涙を流すんですね。自分がこうなっていることが、ものすごく悔しいんだと思うんです。「どうしてこうなっちゃうんだろう」という悔しさは、実際に受け入れがたい世の中の状況で無数にあると思うのです。
―戦いが激化していきますが、主人公のひとりであるアムロは、まだ明確な意思を持っていないですよね。
安彦 第6話でアムロがどうなるか、漫画原作にはないんです。シナリオの隅沢克之くんと練った部分で、次のお話で彼がどうするのか。受け身でしかなかったウブなアムロが、ひと皮むけることによって『機動戦士ガンダム』本編の出だしの部分に立てるようになる。
―第1話『ガンダム大地に立つ!!』につながるのですね。
安彦 そこに段差があってはいけないと思っています。今回の『ルウム編』というのは、今までと違ってセットになっていて、第5話と第6話でひとつのお話になります。
■作画とCGが融合した制作現場
―本作の制作現場に関してですが、監督はご自宅で作業されていたのですか?
安彦 はい。ただ(第3話まで監督を務めていた)今西隆志監督がダウンしてしまったので、その部分をカバーするために若干、守備範囲が広がりました。それまで音楽の分野などは打ち合わせにも出ていなくて、ほとんど今西監督任せだったんです。
―現在は別の方がスタジオでまとめられているのでしょうか?
安彦 現場のトップが江上潔さんという演出になって、僕があまりスタジオに行かないものだから、負担が飛躍的に高くなったと思うのですが、よく応えてくれています。
―具体的に安彦さん自身の作業としては、絵コンテと原画チェックを?
安彦 原画チェックは僕の要(かなめ)ですから。全カット必ず見て、言いたいことはすべて具体的に修整するという形で伝えています。
僕は手描きにこだわる頑固者じゃない
―ご自宅から指揮を執られているのですね。
安彦 そういうスタイルを確立していいよと言ってくれている制作のおかげです。迷惑をかけてはいけないので、自分のやるべき絵コンテも長引かせないで早く切る。原画チェックも持ってきたら翌日には終わらせて渡す。仕事の速さも大事だと僕は思っています。
―漫画を描かれている時もご自宅で集中されて。
安彦 そのスタイルをそんなに崩さないで、今はアニメの指揮も執れているのが幸せだなと思うんですね。
―スタジオにこもってではなく。
安彦 漫画を描くようになってから、漫画も描くアニメ関係者だったんですね。ただ、アニメをやる時にはそんな悠長なことを言っていられないから、その間、漫画は休業というように考えていたんです。実際そういう形でやっていたのですが、今では漫画を描きながら並行してアニメの監督もやれるものだなと(笑)。
―結果として、“やれてしまった”わけですね(笑)。
安彦 それは支えてくれる方々がいるからですけれどね。本当に幸せなことだと思います。
―今回は艦隊戦などのCGも迫力がありました。
安彦 本当に申し訳ないんだけれど、僕にはわからない分野なものですから、CGディレクターの井上喜一郎さんがとても頑張ってくれています。作画とCG部分の調整などは作画監督の西村博之さんと鈴木卓也さんのふたりが相当、細かいチェックをしているようです。
―絵コンテの段階で作画とCGの使い分けは意図されていますか?
安彦 作画にするかCGにするか、どういう処理が適当なのか、演出以下、作画監督とCGディレクターが判断しています。具体的な表現の細部に至るまで、何稿にもわたって詰めているという苦労話を割と最近聞いて、いやー申し訳ないという(苦笑)。
―いつ頃からCGと作画を混ぜて作ろうと思っていたのですか?
安彦 最初からのお約束だったんです。エグゼクティブプロデューサーの富岡秀行さんから「メカはCGだよ」というふうに開口一番言われました。そのあとに最先端のCG技術を見せてくれて、これならいいかなと。
―ずっと手描きをされてきた安彦さんにとって、CGは未来を感じるものでしたか。
安彦 それはそうですよ。僕は手描きにこだわっているわけではなく、頑固じゃないですから。
―CGもカッコよかったり、作品に合えばOKということですか?
安彦 そうです。昔、CGが出始めた時は異質感が非常にあったんですが、今はCGのほうから線画に近づいてきているんですよね。ただ、どう融合させるかがこれからの課題だと思います。線画の表現は日本アニメーションのひとつの財産ですからね。3Dではなく2D、線画なんだと。
昔はよかったなと思うこともあります
■『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を見てほしい世代とは?
―最近は、劇場版の新作アニメが相次いでヒットするなどしましたが、世間の受け方、捉え方が今までと変わってきたと感じることは?
安彦 昔と違うなというのは確かに感じます。『君の名は。』があれだけヒットして、若者映画におじいちゃんおばあちゃんまで行くんですよね。電車の中で「今日はどちらへ?」って聞くと、「映画に行くんです」「いいですね、何観るんですか?」って聞いたら『君の名は。』って(笑)。
―時代ですよね(笑)
安彦 僕と同年代のご夫婦がね。
―アニメはオタクや子どもが観るものというレッテルもなくなりましたよね。
安彦 宮崎駿監督のアニメが国民的アニメになったことで、だいぶ世の中変わったのでしょう。ですが、その裏側にほとんど誰も観てくれない作品もあるんです。そういう落差の広がりも感じます。
―作品数はかなり多くなっていますよね。
安彦 共通語作りが今より簡単だったので、昔はよかったなと思うこともあります。インターネットによる配信などもなく、みんな一緒にTVを観ていたので『機動戦士ガンダム』みたいにキー局で放送することで共通語が発生する。そういうことが今はなかなかややこしくなって…。
―『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を観た若いファンの反応はどうですか?
安彦 今の若い人たちの反響もあるのだろうけれど、あまり耳に届いていないんです。舞台挨拶をしてステージから客席を見ると、なんとなくご年配の人が多くて同窓会的な雰囲気がありますから。若い層にも届いてほしいと切に望んでいます。そしてその人たちのリアクションを知りたい。
―若い人たちも観たら面白いと思うはずです。
安彦 過去編をやっていると大人ばっかり出てくるんですよ。それが本編になると、アムロたち少年少女が主役になって、ぐっと若返ります。そうしたら、同世代の話だと受け入れてくれる若い人たちも増えるのではないかなと思っています。
●後編⇒『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で今、安彦良和が語る富野由悠季と“ニュータイプ論”「僕は世界の誰よりも彼をリスペクトしている」
(取材・文/加藤真大 撮影/武田敏将)
■安彦良和(やすひこ・よしかず) 1947年生まれ。北海道出身。虫プロダクションにてアニメーターデビューを果たし、『宇宙戦艦ヤマト』などに参加。アニメーションディレクターとキャラクターデザインも務めた1979年放送『機動戦士ガンダム』を手がけたのち、1983年公開の劇場アニメ『クラッシャージョウ』で監督デビュー。1989年以降は漫画家として『ナムジ』『虹色のトロツキー』といった作品を発表。2001年より『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を執筆し、同アニメ版の総監督を務める。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN V 激突 ルウム会戦』のBlu-ray&DVDは11月10日発売。
■『機動戦士ガンダム THE ORIGIN V 激突 ルウム会戦』は35館にてイベント上映中(4週間限定)。詳細はオフィシャルホームページまで!
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