漫画とアニメ、ふたつの世界で活躍する安彦良和氏 漫画とアニメ、ふたつの世界で活躍する安彦良和氏

1979年に放送され、その後、様々なシリーズが作られてきた『機動戦士ガンダム』。同作のキャラクターデザインを手がけ、人気アニメーター・監督としてその名を知られる安彦良和氏は、表現の場をアニメから漫画の世界に移した後、再びアニメ業界へーー『機動戦士ガンダム』の物語を新たな解釈で描き、漫画原作も執筆している『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』だ。

シリーズ最新第5話『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 激突 ルウム会戦』が9月2日(土)より期間限定上映されたのを受けて、今回、作品内容に関してやご自身の創作秘話、さらに「日本アニメの表現論」から富野由悠季監督とのエピソードまでをたっぷりと伺った。

『ガンダム』シリーズの始まりへとつながる『ルウム編』で描こうとしたこと、そして安彦さんならではのアニメ制作現場について語っていただいた前編に続き、今回は『機動戦士ガンダム』を監督した富野由悠季(制作当時の名義は富野喜幸)氏をめぐる「ニュータイプ論」や、安彦さんが考える日本のアニメの進むべき道とは? まで、深い創作論となった!

■自身が考える漫画とアニメの表現方法

―1989年に公開された『ヴィナス戦記』から『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を監督されるまで、25年間、アニメ業界を離れて漫画家をされていましたよね。

安彦 『ヴィナス戦記』は何を言いたかったのか描きたかったのか、見えなくなってしまった個人的な後悔と反省がある作品で、アニメ界にいる意味もわからなくなってしまったのです。幸い漫画家として描くテーマが見つかったものですから、そこから非常にプライベートな表現者になれて幸せでした。

―漫画表現とアニメ表現はやはり違いますよね。

安彦 大きい点でも細かい点でも、いろいろ違うと思います。一番は仕事のスタイルが違う。アニメはスタジオで大勢が作業しますが、漫画は基本的にひとりですから。

―漫画家時代の25年間で気になった漫画やアニメ作品はありましたか?

安彦 いつも言うのですが、不勉強なもので一時期まではディズニーも観たことがないアニメーターだったんです。漫画をやっている時も、自分より面白くて上手い人を見ると落ち込むんですよね。こんなヘタなの描いていられないと。

―安彦さんでもそう感じることが!

安彦 ものすごく感じます。それで落ち込むんですよね。逆に自分よりつまらないものを読むと腹が立ってくるわけです。なんでヘタクソなのに人気があるんだって(笑)。どっちにしても良いことがないんですよ。全く読まないわけではないですが、周辺世界のことを恥ずかしながらあんまり知らないんです。

―アニメではどうでしょうか?

安彦 ごく最近なんですけど、線画でありながら紙を使わず、作業すべてをデジタルで行なう“フルデジタル”作品を観たのですが、それはちょっとショックでした。線画とデジタルの融合に関して、目指す方向が見えてきたと言いますか。僕より10歳以上若い人たちは、ある種の選択を迫られるんじゃないかという気がします。

―最近はセルに触れないでアニメ業界に入る人も多くなったそうですね。

安彦 紙を使って作るかどうかっていうことはそれほど問題じゃないんです。速さも含めて好き好きの問題なので。

―デジタル技術を、どう表現方法として落とし込むかという?

安彦 デジタル化することによって、フルアニメ(※1)が線画でできるんですよね。そんな時に日本のリミテッドアニメ(※2)のカクカクした感じがいいっていう人がどれだけいるのか。

※1 アニメは基本的に1秒間24コマで制作されている。その24コマ分すべての動きを描く方法が俗にフルアニメーションと呼ばれ、1コマにつき1枚で描かれる。往年のディズニー作品はこの手法で描かれており、滑らかな動きが表現できるが、必要な作画枚数と作業期間が膨大になってしまうというデメリットもある。 ※2 フルアニメに対して、1秒24コマの内、8コマ分を作画して、3コマにつき1枚を使用する手法。制作スケジュールと予算が潤沢ではなかったTVアニメ黎明期から現在まで日本のアニメ表現の主流表現となっている。動きを省略するため、作画する枚数は減るが絵が止まっているコマも発生するため、カクカクとした動きに見えてしまうことも。

結果として不幸なニュータイプ論議になってしまった

―フェチズム的な要素もありますよね。

安彦 あのガダガタ感がいいんだとかね(笑)。

―全てを描かないことによって、逆に描くものを強調するような表現にしている方もいらっしゃいます。

安彦 余談ですが、日本の漫画でも極端に背景を飛ばすんです。アメコミなどはカッチリと分業制度ができているから背景も全部描き込むんですよ。それと同じようにリミテッドでもいいんだよと、もしかしたら言えるのかもしれない。

―やはり日本のアニメというものは、世界と比べて…

安彦 特異です。

―だからこそ注目を集めている部分もありますが…。

安彦 元々はお金がなくて、そうせざるを得ないという状況だったんですけどね。

■富野由悠季監督と『ガンダム』のニュータイプ論

―『ガンダム』におけるニュータイプ論についてもお聞きできればと。ご自身の中のニュータイプ論(※3)と世間のニュータイプ論に齟齬(そご)を感じられて、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』をお描きになったのですよね。

※3 『機動戦士ガンダム』の作中に登場した造語。主人公のアムロやシャアがニュータイプとされている。「人類の新たな可能性」を象徴する概念とされているが、定義は曖昧である。そのため、視聴者の間でもニュータイプをめぐる議論が巻き起こり、後年の『ガンダム』シリーズ続編でもその定義に関する様々な解釈がなされ、現在へと至っている。

安彦 漫画原作もアニメ版もそこはブレていないです。

―作中の「ニュータイプ」という言葉が『ガンダム』全体を象徴する単語になっています。

安彦 『ガンダム』というものを語る上でニュータイプ論がメインになり、ヒートアップしたことは、言ってしまえば、ひとつの不幸だったと僕は思っています。途中で「ニュータイプ」という言葉を思いついて、非常に高揚したということは富野さん自身が活字にして残していることですが、うまく幕引きができる話のオチができたと思われたはずです。

―「ニュータイプ」という設定は、物語の最初からあったわけではないんですよね。

安彦 これは僕の推測ですけれど、その単語を富野さんが思いついた時、大山を当てたという満足感と、この先、シリーズが続いていく不安感の両方があったのではないかと。次はどう落とし前をつけるのかという問題がそこで発生してしまい、結果として不幸なニュータイプ論議になってしまったと思います。

引退も何も自分の寿命がそれほどない

―ファンの間でもたびたび語られていますよね。話は変わりますが、アニメ版『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を富野さんがご覧になったりとかは?

安彦 コメントは彼の性質上、しないと思います。ただ、観てくれているのではないかと。

―当然、気になっていると思います!

安彦 漫画原作を描く前に富野さんとは話をしていて、「読ませてもらう」と彼は言ったんです。それが僕にとってのゴーサインだったんです。そういう話し合いはアニメ化に関してはしていないけれども、「期待した以上は見せてもらうよ」と同じように言ってくれるのではないかなと。それが僕にとって、一番嬉しい彼のメッセージです。

―今回の「ルウム会戦」のような前日譚のお話は着地点が決まっていますよね。そこに向けて描く上での難しさや葛藤は?

安彦 難しい面もありますが、『機動戦士ガンダム』が非常によくできた話だったと思うのは、あそこが着地点だと思っていた遠いところがグングン近づいてくるんですね。やはりシチュエーションが根本的に良いのだと思います。

―富野さんが演出したキャラクター像から変わったところはありますか?

安彦 変えちゃうとまずいと思うんです。細かい設定的なところ、年齢や役割を変えたりはしていますが、メインキャラは変える必要がないです。それは見事なまでにそうだと、僕は思っています。

―次の第6話でアニメ版『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』もひと区切りになるということですが…。

安彦 『機動戦士ガンダム』をリライトした漫画原作の本編部分はまだ手付かずなんです。これはリメイクじゃないですよ、という断りをしつこいくらい入れながらでも映像化したいという気はあります。それをやり切らないと、このプロジェクトは終わらないというのが僕の考えです。ただ情報量として今回のアニメ版の3倍はあるので、単純に考えても20時間近いものになります。

―その大作を手がけるまでは、ご引退という考えは…。

安彦 引退も何も自分の寿命が、作り切れるほどないとはっきり言えるので(苦笑)。だからもう、どれだけできるかの勝負です。

―その際は、富野さんとお話ししようと思われます?

安彦 いや、漫画原作の『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』がありますから。あえてそれはやらない。

―『機動戦士ガンダム』ではなく、『THE ORIGIN』なのだと。

安彦 そういう意味でも、リメイクではないのだということが大事なポイントなのです。

僕の中にいる38年前の“富野喜幸”ですよ

―ちなみに今、富野さんとケンカされていたりはしないんですよね?

安彦 ええ。僕は世界の誰よりも富野由悠季をリスペクトしていると自負しています。こういうことを言うのは問題かもしれないけど、僕の中にいる38年前の“富野喜幸”ですよ。その後に彼がどうなっているか、今どうかは知らない。

―ありがとうございました。では、最後に読者の方に向けてメッセージをいただけますか。

安彦 これまでを観てくれた人も、初めて観るという方も『機動戦士ガンダム』の前夜を味わってください。面白いと思ったら、そのリアクションを熱く我々に伝えてください。そうすると、アニメ版の本編が描けます。要望があって初めて上のほうが動きますから。

―ぜひ伝えられればと思います!

(取材・文/加藤真大 撮影/武田敏将 (c)創通・サンライズ)

■安彦良和(やすひこ・よしかず) 1947年生まれ。北海道出身。虫プロダクションにてアニメーターデビューを果たし、『宇宙戦艦ヤマト』などに参加。アニメーションディレクターとキャラクターデザインも務めた1979年放送『機動戦士ガンダム』を手がけたのち、1983年公開の劇場アニメ『クラッシャージョウ』で監督デビュー。1989年以降は漫画家として『ナムジ』『虹色のトロツキー』といった作品を発表。2001年より『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を執筆し、同アニメ版の総監督を務める。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN V 激突 ルウム会戦』のBlu-ray&DVDは11月10日発売。

■『機動戦士ガンダム THE ORIGIN V 激突 ルウム会戦』は35館にてイベント上映中(4週間限定)。詳細はオフィシャルホームページまで!