ふたりのレジェンド、マンガ家・猿渡哲也氏(左)と柔道家・藤本 聰氏(右)

数多くの注目選手の中で、週刊プレイボーイが目をつけたのは、パラリンピックで過去5大会、メダルを獲得しているレジェンド藤本 聰

まだまだ世間の認知度が高いとはいえないパラ柔道の魅力、そして藤本聰の素性とは?

数多くの格闘家と対峙してきたマンガ家・猿渡哲也が迫る!

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■柔道家とマンガ家ふたりのレジェンドがついに出会った!

猿渡 2020年東京パラリンピックで6つ目のメダルを目指している藤本選手の原動力ってなんですか?

藤本 ただ負けるのがいやなだけですよ。

猿渡 俺もいろんな格闘家と交流があるけど、負けず嫌いが多い(笑)。視力は子供の頃から…?

藤本 先天性の弱視です。今はさらに視力が悪くなってるんで、左の視力はゼロ、右が環境(光の明暗)で多少変化しますが、0.05です。でもルーペで拡大して『TOUGH』シリーズは読んでますよ。

猿渡 最初は健常者の中でやってたんだよね。国体も3回。

藤本 そうです。小学生から徳島県の国体強化選手に選んでもらって、93年に徳島と香川で共同開催された国体では、少年男子団体で優勝しました。補欠でしたけど(笑)。

猿渡 それはすごい!

藤本 視覚障害者柔道とは、高校卒業後に出会ったんです。

猿渡 さっきアイマスクして柔道を体験させてもらったけど、すごく怖かった。

藤本 健常者がやると、みんな怖くて腰を引いちゃいますね。

猿渡 視覚から情報が入ってこないことがこんなに怖いとは思わなかったよ。

藤本 私らは、釣り手と引手から相手の情報を得るんです。右足が前に出とんなとか、次はこう動こうとしとんなとか。

猿渡 組んだ瞬間に相手の強さまでわかるものなの?

藤本 わかりますね。猿渡先生は格闘技のご経験は?

猿渡 それがまったくないんだよ(笑)。

猿渡先生もアイマスクをつけて視覚障害者柔道を体験。藤本選手の圧力に「怖い!」

パラ3連覇は、中学・高校時代の貯金で勝ったようなもんです

 

自分の中で一番価値のあるメダルというリオの銅メダルを猿渡先生にかける藤本選手。

藤本 えっ!? 先生の格闘技経験がマンガに入ってると思ってましたよ。組んだときに体を鍛えとるんもわかったし。

猿渡 筋トレをちょっとね。俺は弱いんだけど、昔から周りに強い人が集まるからネタには困ったことがない(笑)。

藤本 じゃあ、キー坊にモデルはいるんですか?

猿渡 キー坊にはいないね。『TOUGH』はもともと『週刊ヤングジャンプ』に読み切りで描いたケンカマンガだったんだよ。読者の反響があって、当時の副編集長が「これ格闘技マンガにして連載にしろよ。おまえ、格闘技好きだろ」って、半ば強引に連載が始まったから。

藤本 『TOUGH』も長いですよね。高校時代から読んでますもん、私。

猿渡 93年からだからね。でも『TOUGH』と同じくらいの年数を現役で続けている藤本選手のほうが、アスリートとして驚異的だよ。

藤本 パラ3連覇は、中学・高校時代の貯金で勝ったようなもんです。北京で負けて、手首をケガして、3回手術しても治らなくて…そこからようやく柔道と向き合えるようになったんかなと思います。

猿渡 体力的には、稽古は若い頃ほどできないでしょう?

藤本 いや、今のほうが厳しくやってます。体は稲垣宗員(いながき・ひろかず)トレーナーの指導で追い込んでいるので、スタミナは今のほうがあるくらい。手首のケガで得意の背負い投げができなくなって、ほかの技にも取り組んでますし、寝技を磨くために吉岡崇人(よしおか・たかひと)先生の徳島柔術の門を叩きました。

猿渡 今のほうが強くなってるという実感もあるのかな?

藤本 あります。昔の私と闘ったら、今の私が完勝しますね。一番大きいのは、メンタルが強くなったことです。

猿渡 心技体の心の充実…。

藤本 若い頃は勝つことばかり考えて、心を磨くことに気づけんかったんですよ。

猿渡 なるほどね。

藤本 勝負の分かれ目で大事なのは、人間としての引き出しをどんだけ持っとるかだと思います。強さは柔道の中だけにあるものじゃないとわかったんですね。だから今は、人生経験として面白そうだなと思ったことを、積極的にやるようにしてますね。

私のペースで試合ができるようになってきました

 

アトランタ、シドニー、アテネ、北京、リオと藤本選手が獲得してきた5つのメダル。

猿渡 例えばどんなこと?

藤本 ライブに行ったり、神社仏閣を回ったり。先日は新極真空手の大会にも行きました。新しい経験はすごく新鮮で、いろんな刺激を受けるんです。

猿渡 そういう経験が人生のスパイスになって、柔道家としての人間力に深みを与えるってことなんだね。

藤本 そうだと思います。メンタルをコントロールできるようになってからは、私のペースで試合ができるようになってきました。いつの間にか相手が自滅して、最終的に勝っている、勝つときはそんな感じです。

猿渡 さらにその先には、修練を重ねた人間だけがたどり着ける、達人の“境地”みたいなものがあるのかもしれないね。

藤本 そうだといいですけど。試合中にローキックみたいな足払いされたら、カーッとなりますからね。修行が足りんと思うこともあります(笑)。

猿渡 心の面でもまだまだ伸びしろがあるってことだ(笑)。人間としての藤本選手のすべてが、「柔の道」へとつながっているのはよくわかったよ。

藤本 「よく42歳でそこまでできますね」と言われるんですけど、やっぱり柔道が好きなんでしょうね。私から柔道を取ったら、何も残らんような人間ですけんね(笑)。

猿渡 俺も同じだな。ブラブラしてた22歳のときにマンガをやろうと決めて、ずっと全力疾走してきたけど、ふと、マンガがなかったら俺はどうなってたんだろうって考えて、恐ろしくなることがある(笑)。

藤本 好きなことを続けられるのはありがたいことですね。

猿渡 うん。藤本選手には柔道、俺にはマンガがあって、そんなふたりがそれぞれの道の途中で出会った。そこからどんな物語が生まれるのか、俺も楽しみだよ!

藤本 東京パラリンピックでは金メダルを先生にお見せしたいです。これからもよろしくお願いします!

(取材・文/市川光治[光スタジオ] 撮影・文/名古桂士[X-1])

猿渡哲也(さるわたり・てつや)1958年6月25日生まれ、福岡県出身。「海の戦士」(『週刊少年ジャンプ』)でマンガ家デビュー。代表作『高校鉄拳伝タフ』『TOUGH』『TOUGH龍を継ぐ男』は累計1000万部超の大ヒット。このたび『パラリンピックジャンプ』にて『TOUGH番外編 柔の章』を執筆。

藤本 聰(ふじもと・さとし)5歳から柔道を始め、高校までは一般の柔道の大会に出場。その後、視覚障害者柔道で驚愕のデビュー。1996年アトランタからシドニー、アテネとパラリンピック3連覇を果たした。北京で銀、リオで銅を獲得。45歳で迎える東京で4つ目の金メダル獲得を目指す!

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