テレビ局のスタッフは毎日が視聴率との闘いだ。発表される数字を気にしながら、高い視聴率が望める番組の企画を考える。
だが、そんな人たちとは対照的に、思いついた面白そうな番組を作る人間もテレビ業界にはいるという…。
■番販のシステムを利用した低予算番組
池の水を全部抜く、終電に乗り遅れた人に「タクシー代を出すので」と交渉して家までついていく、日本に憧れている外国人を連れてくる…。今、テレビのバラエティでは、このような実験的な番組が人気を集めている。
そんな意表を突いた番組が話題のなか、さらなる実験的な番組「番販番組」を作るテレビ制作会社が現れた。
その会社のスタイルは、スタッフやタレントが雑談で話すようなテレビ番組の企画を聞いて「コレはいけるかも」とプロデューサーが判断したら、とりあえず作ってみる、というもの。手始めに30分番組を2、3本作ってから地方局に売り込み、番組を買ってくれる局があれば続編を制作。売れなければなんとそのままお蔵入りになるという。
タレントに「いつ、どこで放送されるかはわかりませんが、番組に出てみませんか? お蔵入りにならないよう、頑張ってテレビ局に売り込みますので!」と、テレビ業界の常識では考えられない口説き文句で出演交渉をする、番組制作会社TSUKURU(ツクル)の山守文雄プロデューサーに、「番販番組」について話を聞いた。
「『番販番組』というのは、主に地方局やTOKYO MXのような独立局に番組を販売するスタイルのテレビプログラムです。関東のキー局と呼ばれるテレビ局ではなじみのない言葉ですが、それ以外の局では普通に使われる言葉です」
例えば、テレビ東京で放送されているアニメ『ポケットモンスター サン&ムーン』も、テレビ東京の系列局がない地方で放送する場合、テレビ東京の番組を販売する会社から「番販番組」として購入するといった具合だ。
「『番販番組』を購入したテレビ局は、番組販売会社にお金を支払います。放送1回当たりの金額は大きな額ではありませんが、テレビ局は3ヵ月を1単位として動いているので、一度番組を買ってもらえれば最低でも12回分は番組を買ってくれます」
週に1回放送するとして、3ヵ月で12回。12回分の番組を買ってくれる局が10局あれば、低予算ではあるが番組が作れるメドが立つという。
「『番販番組』というのは、キー局で放送された時点で、収益的にはペイできているもの。なので、販売価格は安めに設定されています。ですが、多くの局が買ってくれれば、ある程度の制作費は確保できるし、自分の好きな番組を自由に作ることができる。その仕組みに気づいてから、いろんな番組を作るようになりました」
やりたかった企画とは違う番組に!?
■地方局のテレビマンは新しさを求めている
一方、キー局などで新たなバラエティ番組を始めるためには、大きなハードルをいくつも越えなければならない。たとえ企画書のコンペを勝ち抜いたとしても、その後、大勢のスタッフで企画の内容を再検討。問題点を洗い出し、ペットや料理の映像を入れるなど、視聴率が取れる工夫が施される。さらに、企画の趣旨とは関係はないが、好感度の高い人気タレントを起用することで、スポンサーにもアピールしたり…。
こうして、いろんな人のアイデアが加わった頃には、当初やりたかった企画とは違う番組になってしまった、なんてこともあるという。
「『番販番組』を買ってくれる地方局や独立局の方は、今までなかったような番組に対して非常に興味を持ってくれます。例えば、現在TOKYO MXなどで放送中の『カレー放浪記』は、『ラーメンをテーマにした番組はたくさんあったけど、カレーだけを徹底的に取り上げる番組は見たことなかった』と言ってくださり、多くの局に買っていただきました」
そんな、新しいもの、珍しいものに興味を持つ担当者の姿勢が、これまでにない番組が生まれる環境づくりに一役買っているのだ。
■自由な鉄道番組が空前のヒット作に!
これまでに山守氏が制作した番組の最大のヒットが、鉄道芸人でおなじみのダーリンハニー吉川正洋さんが出演する『鉄道ひとり旅』だ。この番組が実際どのようにして作られたのか。吉川さん本人に聞いてみた。
「6年前、山守さんのところの制作会社が鉄道番組の特番を作ることになって、それに出演させていただくことになりました。この特番で福岡に行くことになったのですが、打ち合わせのときに山守さんが『博多のロケが夜遅くまであるので、博多で1泊して次の日に東京に戻るスケジュールにしたんだけど、吉川さん、その日は東京に帰るだけしか予定がないみたいなので、帰りの飛行機の時間を遅くして、その間で何か鉄道番組が作れないかな?』と聞いてきたんです」
その後、話を聞くと「いつ、どこで放送するかわからないけど、鉄道の番組だったらなんでもいい」ということだったので、ただ好きなことをやろうと決意したという。
「だったら、行き当たりばったりの本当に無計画なぶらり旅をやろうと。そんなわけで、博多から北九州の門司港へ電車で移動して、その後、九州鉄道記念館に立ち寄ったり、門司港レトロ観光線に乗ったり、関門海峡の海底トンネルを歩いて渡るという、ガチというより、ただのプライベートみたいなぶらり旅をやることになりました。最初は、そんなので番組が成立するかすごく不安でしたが、『放送されるかどうかわからない』と言われていたので気楽にやったら意外な出会いとかもあって、楽しいロケになりました」(吉川さん)
このロケをまとめて、各局の担当者に見せたところ、これまでの鉄道番組や旅番組になかった視点が評判になった。その反応には山守氏も驚いたという。
「吉川さんが気になった駅でフラリと降りて、駅の周りを歩いたり鉄道を眺めたりする番組。地方の無人駅でフラリと降りてもコンビニとかありませんから、旅の途中で食べているものは地元の小さい商店で買うパンとかまんじゅうばかり。ディレクターと吉川さんのふたり旅なので、『紅葉の中を走る電車』みたいなキレイな画像もない。そんなので大丈夫かなと心配したのですが、評判が良くて驚きました」
出演者のやりたいことに特化しすぎて失敗も…
■サウナ番組がお蔵入りの危機!
『鉄道ひとり旅』以降、出演者が好きなことをやる番組を次々と立ち上げたが、『アートを訪ねて』という番組もそのひとつだ。この番組について、出演するラーメンズ・片桐仁さんに聞いてみた。
「以前、芸人が好きな場所を案内する『旅デューサー』という番組に出ました。このとき、新潟県の長岡と十日町に縄文土器を見に行ったのですが、その際、面白いのでアートに特化した番組を作りましょうということになり、僕が行きたいと思っている、全国各地の美術館やアート作品を巡る旅番組『アートを訪ねて』ができました」
だが、番組の特性上、対応に苦慮することもあるとか。
「ロケ先で『この番組いつ放送されるの?』と聞かれて『まだわからないんです~』と答えると、皆さん微妙な顔をするんですよね。そんな顔を見ると『ネット配信でいいんじゃない?』と思ったり、でも、不特定多数の人に見てほしいのでテレビのほうがいいと思ったり…複雑な気持ちになりますね」(片桐さん)
現在、『アートを訪ねて』は4つの局で放送中だが、なかには、出演者のやりたいことに特化しすぎて失敗することもあると、山守氏は苦笑いする。
「この春『サウナトーク』という、芸人さんがサウナの中で語り合う番組を作りましたが、全然売れません。100℃サウナの中に機材を入れて撮影したので、収録のたびにいろんな機材が壊れてしまい、制作費がほかの番組よりかかっているんです…」
時にはやりすぎて失敗してしまうこともあるが、これらユニークな番組はキー局以外の放送局でこっそり放送中。ぜひ、探してみよう!
(取材・文/渡辺雅史[リーゼント])