『週刊文春』による看護師女性との不倫報道を受けて開いた会見で、引退を発表した小室哲哉。会見で「男女の関係」は否定したものの、騒動のけじめを取る意味で「音楽の道を退くことが私の罰」と語った。
タレントでエッセイストの小島慶子が、世間の気になる話題に思うあんなこと、こんなこと。
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藁(わら)がラクダの背骨を折るという意味の英語の諺(ことわざ)があります。背中にどんどん荷物を積まれてなんとか立っていたラクダが、最後の藁しべ一本で耐えきれなくなってくずおれてしまう。つらい出来事が続いてついに限界に達することを言うのだそうです。
今回の不倫疑惑は、小室哲哉さんにとってその最後の藁だったのでしょう。藁しべどころか、カメラの前で大勢の報道陣に質問攻めにされるような騒ぎになって、「もう耐えられない」と、公の場から姿を消すことを選んだのかもしれません。介護の疲労が心身に蓄積し、本来は引退ではなく休養が必要だったのではないでしょうか。
小室さんの会見の言葉からは、妻を介護する複雑な心情が伝わってきました。2011年にくも膜下出血で倒れ、体に麻痺は残らなかったものの、高次脳機能障害を負った妻のKEIKOさん。小室さんによると、最近は子供のような簡単な会話をすることがほとんどで、同じ質問を何度も繰り返すこともあるといいます。
かつて誰よりも親密に語り合った人との間で、大人の会話が成立しなくなってしまった悲しみは大きいでしょう。加えて、globeのボーカルとして数々のヒットを飛ばしたKEIKOさんが、今は音楽への興味を失い、当時の歌い方すら忘れてしまったといいます。彼女の才能を見いだし、音楽でも私生活でも伴侶として歩んできた小室さんにとっては大きなショックでしょう。
今後もKEIKOさんのよりどころは夫である小室さんであるはず。疑惑が報じられ、小室さんが音楽活動からの引退を決断したことで、結果としてKEIKOさんやそのご家族の生活にも影響が及びかねません。
小室さんのように、介護のつらさを相談する相手がおらず、自身の体調が思わしくなく、仕事も以前のようにこなせなくなって悩んでいる人はたくさんいるはず。小室さんと看護師の女性が男女の関係だったかどうかを追及するよりも、終わりのない介護のしんどさに目を向けてほしいと思った人は多いでしょう。
どんなに愛情を持って接していても、コミュニケーションを取るのが難しかったり、心身が疲労したりすると、人は追い詰められます。私は介護の経験はありませんが、乳幼児の育児では、暗い淵を覗(のぞ)いては戻ってくることの繰り返しでした。介護は先が見えないだけに、もっとしんどいだろうと思います。
会見の最後に小室さんは「高齢化社会に向けて、介護の大変さや社会のストレスについて発信することが、少しでも響けば」という旨の発言をしました。2025年には団塊の世代が後期高齢者となります。介護の悩みを抱えて孤独を感じる人は、増える一方でしょう。
誰かの痛みをみんなの娯楽にするのは、もううんざりです。
●小島慶子(こじま・けいこ) タレント、エッセイスト。テレビ・ラジオ出演や執筆、講演とマルチに活動中。現在、日豪往復生活送っている。近著に『絶対☆女子』『るるらいらい 日豪往復出稼ぎ日記』(共に講談社)など。