1976年に映画化された西村寿行原作、高倉健主演の『君よ憤怒の河を渉れ』は、アジア映画史に輝かしい足跡を残した日本映画の代表作だ。当時、国内のみならず中国でも大ヒットを記録し、社会現象を巻き起こした初の邦画となった。
無実の罪を着せられ逃走する主人公と彼に命を助けられ匿(かくま)う女性、そして主人公を執拗に追う刑事との追跡劇の間に芽生える感情とドラマティックな展開が、国境を超えて多くの人々の心を踊らせたのである。
あれから40年余り経た今日、そんな熱狂を直に体験した、自他ともに「日本映画ファン」として知られるジョン・ウー監督が新たに映画化を果たした『マンハント』が2月9日(金)より公開。
高倉健が演じた主人公、杜丘役に『戦場のレクイエム』で知られる中国の人気俳優チャン・ハンユー、彼を追う刑事役に福山雅治が扮し、“ジョン・ウー流”熱い男たちの友情のドラマが繰り広げられる。
『男たちの挽歌』シリーズで一世風靡し、ハリウッドでも『フェイス/オフ』『ミッション:インポッシブル2』などヒット作を手がけてきたアクション映画の世界的巨匠が挑んだ新たな土壌。中国製作でありながら、ほぼ日本人スタッフによるオール日本ロケを敢行した画期的な新作で、久々に全開のアクションとハードボイルドな魅力を堪能させるウー監督に話を聞いた。
―あなたが大の日本映画ファンだということはよく知られていますが、日本で日本の俳優を使って映画を撮りたいと以前から考えていたのでしょうか?
「はい、私にとってそれは長いこと念願だったのです。私は古い日本映画が大好きなので、最初はサムライ映画か任侠映画を撮りたいと思っていました。100%、日本映画として。それでずっと題材を探していたのです」
―その中で今回、高倉健主演、佐藤純彌監督で1976年に映画化された本作を選んだ理由は…当時、中国でも大ヒットしたことが大きかったのでしょうか?
「元々、私は高倉健さんの大ファンで、いつか一緒に仕事ができればと夢見ていたのです。生前、たまたまお会いする機会もありました。
だから4年前に彼が急逝された時はとても悲しくて、彼の出ていた作品をなんでもいいからリメイクしたいと思うようになった。彼へのオマージュとして、また私が大好きな60年代の素晴らしい日本映画へのオマージュとしてね。
そんな時、偶然、香港の映画会社から『君よ憤怒の河を渉れ』の原作を再映画化しないかと誘いを受けたんです。だからこの作品は映画版のリメイクというより、原作の再映画化といったほうが相応(ふさわ)しい。大筋は変えることなく、現代的な新しい要素を盛り込みながら話を肉付けしました」
―現代的な面とともに、ジョン・ウー映画の十八番といえる要素も随所に観られますね。
「私自身は健さんへのオマージュを込めながら、自分なりのスタイルの作品を撮ろうと思ったのです。ハードなアクション、ガン・プレイ、スローモーション、白いハトといった、お馴染みの要素を用いながら(笑)。でも最もエキサイティングだったのは、それを日本で撮れるということでした」
―なぜ主な舞台に大阪を選んだのですか?
「私は川と桜が好きなのです。そして大阪の人も大好きです。彼らはとても情熱的でエネルギッシュでリアルな感じがします。大阪には他の大都市とは異なる雰囲気がある。もちろん食べ物も素晴らしい(笑)」
福山さんとできたことは幸福でした
―今回のストーリーでは、製薬会社の研究所が近未来SF的な様相を呈したり、様々な脚色がされていますが、最もこだわり、強調したかった要素は?
「脚本にはいろいろとアイディアを提案しました。健さんの映画では、友情よりもどちらかといえばラブストーリーにスポットが当てられていましたが、私が今回描きたかったのは男同士の友情です。それも国籍もバックグラウンドも全く異なる男たちによる…。
違う世界から来たふたりが偶然出会い、数奇な運命に弄(もてあそ)ばれながら、最後は真の友情を結ぶ。さらにこの映画では、生と死というテーマも感じられるものにしたいと思いました」
―アクションシーンは、ロケ地に合わせて後から構築したのでしょうか。
「脚本が出来上がってからも、私たちはコンスタントにいろいろなシーンを追加していきました。特にアクションシーンはオリジナルの映画版とは随分異なります。昔と比べるとずっといいコンディションで撮影をすることができますからね。とても派手なことができました(笑)」
―福山雅治扮する刑事・矢村も、76年版で原田芳雄が演じたキャラクターとはかなり異なります。彼をこの役に選んだ理由は?
「福山さんとは以前、アサヒスーパードライのCMで一緒に仕事をしたことがありました。それで彼のことはよく知っていましたし、心の温かい人だという印象を受けましたよ。とてもポジティブで、愛を持って世界を見つめている。
彼もこの企画を気に入ってくれて、特に国籍の異なる人間が一緒になり友情を結ぶという映画のメッセージに共感してくれました。福山さんに演じてもらうからには役柄を奥深くしたいと思い、矢村にも暗い過去があるという設定になっています」
―福山さん自身の洗練された資質が、役に活かされている印象を受けました。
「今回、彼と仕事ができたことは本当に幸福でした。この映画の矢村は福山さん自身のキャラクターがにじみ出て、とても好感が持てるものだし、都会的でエレガントで、私のイメージする日本人を代表するものになったと思います」
日本文化、日本男子、その生き方…
―これまで彼は本格的なアクションを演じたことがなかったですが、現場ではいかがでしたか?
「彼はとても勤勉な俳優で、トレーニングをはじめとして事前にきっちりと準備をしてきましたよ。水上バイクの免許も取得しましたし、銃の扱いには慣れていないからと撮影前から常に肌身離さず持ち歩いていたほどでした。
それに彼はとても勘がいいのです。矢村に追われる側のドゥ・チウに扮したチャン・ハンユーとの息もぴったりでした。ふたりとも私の映画の世界をとてもよく理解してくれており、どんなことをやるべきか、いかにやるべきかをよくわかっていた。とてもスマートな俳優たちです。
通常、私はアクションシーンではどのように動いてほしいかということを伝えますが、それ以外の場面では俳優たちにできる限り自由を与えることにしています」
―最後に、ウー監督にとって日本映画の魅力とは? クラシックな日本映画のどんなところに惹かれるのでしょう。
「あの時代の日本映画はとてもアーティスティックで面白い。どんなジャンルにしろ、常に素晴らしい伝統が映画の中に根付いています。日本文化、日本男子、その生き方など…。それにとても人間的な映画が多い。
例えば、黒澤明の映画はヒューマニティに溢(あふ)れています。さらに日本には高倉健、三船敏郎をはじめとして優れた俳優がたくさんいる。そうした素晴らしい財産が私を魅了してやまないのです」
(取材・文/佐藤久理子)
■ジョン・ウー 1946年5月1日生まれ。73年、『カラテ愚連隊』監督としてデビュー。86年の『男たちの挽歌』が大ヒットし絶賛される。独特の世界観を持つスタイリッシュなアクション映画で、中国にとどまらず世界中に熱烈なファンを持つ。90年代にハリウッド進出、『フェイス/オフ』『M:I-2』など世界的な大ヒット作を生み出す。10年前、中国に戻って大作『レッドクリフ』などを手がけ、話題に。
■ジョン・ウー監督作『マンハント』は2月9日より全国ロードショー。詳細は公式ホームページまで!
(C)2017 Media Asia Film Production Limited All Rights Reserved