1970~80年代に雑誌『写真時代』『ウィークエンドスーパー』(白夜書房)など伝説的なエロ・カルチャー雑誌を世に送り出した編集者・末井昭。そして映画『ゆきゆきて、神軍』など衝撃的な作品で知られる映画監督・原一男。
昭和のサブカルチャーとドキュメンタリー界を牽引したふたりが、それぞれの映画公開に合わせて新宿・週プレ酒場を女装姿でジャック!? まさかのグラビア撮影を決行…というわけで、撮影を終えたご本人たちに直撃した!
■初めての女装…「あら? この人、カワイいじゃない」
―今日は昭子ちゃん(末井)と一子ちゃん(原)として臨んだおふたりですが、なぜ今回、女装グラビアをやろうと?
末井 原一男監督の新作と僕のエッセイの実写映画化の公開が奇しくもほぼ同時期だったので、それを記念してというか。
僕が初めて女装したのは30年前。白夜書房の『元気マガジン』という風俗雑誌の廃刊記念に初めて女装したことでハマったんだよね。その7年後に今の妻(写真家・神藏美子)と付き合うようになったのも「女装をしてみませんか?」と誘われたのがきっかけ。彼女は『QEEN』っていう女装専門雑誌の表紙の写真を撮っていたんだよ。
それで今回は、妻が「せっかく女装をやるのなら、それで短編映画を撮りたい」と言い出して。まぁ、僕も面白いと思って誘いに乗ったの。(※この日は週プレのグラビアと短編映画の撮影が1日がかりの同時進行で行なわれた)
原 神藏さんはすごいこと考えるよね(笑)。
―原監督にとっては生まれて初めての女装、いかがでしたか?
原 この話が来た時、少し迷ったんだけど、周りの人に何度も「軽く考えて」って言われるもんだから、あまり深刻に考えないようにしました。「じゃ、ちょっとした出来心でやってみよう」と言い聞かせて、やってみることにしたんですよ。
でも今日はセリフを覚えることで精一杯で、女装を楽しむ余裕なんか少しもなかったです。だから今、感想を求められても何も出てこないと思うんだよね。少し時間が経ってからジワッと何か感じるものがあるんじゃないかなぁ。
―末井さんが『元気マガジン』の廃刊記念で初めて女装をした時はどうだったんですか?
末井 当時、神田にあった「エリザベス会館」っていう女装クラブに編集部の5人くらいで行ったんですね。儀式っぽく、下着をつけるところから始めるんだけど、そのへんから「おっ?」という、なんとも言えない感覚があるんだよね。
それでメイクをして最後に口紅を塗ってもらって、カツラをかぶってパッと鏡を見た時に「あら? この人、カワイいじゃない」って。そこで自分の中の“女性性”がふっと降りてきて、「昭子ちゃん」になっちゃった。
原 実は僕、今日一度も鏡を見てないの。怖いんだよね、なぜか(笑)。超臆病なもんで…。
末井 一種のナルシスといえばナルシスなんだけど、それまでにそんなこと思ったことがなかったんですよね。「自分は酷い顔だ」って思ってたから。
エリザベス会館って、2階が女装した人が写真を撮ったり、お茶を飲んだりするサロンになっていて、僕ら編集部員がらせん階段をドカドカ上がっていくと他の女装者の人たちがちょっとイヤな顔をするんですね。趣味で楽しんでいる人は冗談でやっている人を嫌うから。
でもね、ひとりの女装の人が僕にだけニコッと視線を合わせて会釈をしてくれたんですよ。僕もニコッと挨拶し返してね。それがすごく嬉しかったの。女装にハマるひとつのきっかけだったと思いますね。
女装をするとみんな若返る?
―末井さんは『パチンコ必勝ガイド』のTVCMでも様々な女装姿で出演されていましたよね。
末井 バニーガール、女子高生、看護婦さんとかいろいろやりましたね。でも一番大変だったのが、スクール水着。なんていうか、女装しようがないんですよ(笑)。体型が全部出ちゃうのでウエストを絞ったりしなきゃいけないし。でもそうやって大変なことをやるのって面白いんだよね。
―原さんは他に着てみたい衣装はありますか?
原 今日、最初にした女装は着物に割烹着姿だったのね。自分のおふくろのイメージがどうしてもその格好だったから。でもちょっと地味だったから、今度は20代の若いコが着るような、艶やかできらびやかなドレスを着てみたいかな。この歳でああいう服はちぐはぐになるかな?
―でも女装したおふたりは普段より若返ったようにも見えましたよ。
末井 うん、女装をするとみんな若返るみたい。実年齢より老けて見えることよりは、若く見えることのほうが多いと思う。
あと女装の良さとしては、今日は一子ちゃん(原)に対して対等な感じで接せられた感じがするんですよね。普段は”原一男監督”として社会的な面でも見るじゃないですか。お年も私より少し上だし。でも女装すると「いっちゃ~ん」とか「カワイいわねぇ」なんて言いたくなるんだよね。女装同士だと対等になれるっていうのはすごくいいなって思う。
それに、女装をすると自分が自分じゃないみたいな感じもあるし、はしゃげるんだよね。急に踊ってみたり(笑)。実はひとりでいる時は原稿が書けた時なんかに踊り狂ったりしてるんだけど…普段は人前では恥ずかしくてできないから。
―ちなみに、今日それぞれがお召しになっている下着の色は?
末井 ふたりとも下着から女性用のものをつけたんですけど、私も一子ちゃんも白です。
原 パンティストッキングも生まれて初めて履いたけど、おしっこする時に困りましたね。思った以上にキツいんだよ。下ろした後に履くのもまたひと苦労でした。
■雑誌と映画、それぞれの「昭和時代」
―映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』(3月17日より全国公開)が描いた「昭和」という時代の雑誌業界についても伺えればと。
末井 僕が雑誌を作っていた時代は『写真時代』とか『ウィークエンドスーパー』みたいなわけのわからないモノでもそれなりに売れたんですよね。警察とも(度重なる検閲や発禁など)いろいろありましたけど、まぁそれでもある程度、続けさせてもらったしね。逮捕されるわけでもないし。今の雑誌業界は自主規制がありすぎて、つまんないよね。もちろん面白い雑誌もありますが。
―では原さん、昭和の時代の映画業界はいかがでしたか?
原 昭和というか、撮影所システムがあった時代となくなってからの時代に分かれると思うんだよね。映画を見比べてすぐにはわからないでしょうけど。かつて世界に支持されていた日本映画の伝統っていうのは、撮影所システムの徒弟制度的なものの中で培われた技術なんだよ。
それがなくなってから切れちゃったように思う。しっかりと引き継げていれば、もっと画面が違ってくるんじゃないかな。末井さんはそういうふうに感じませんか?
権力であってもなくても“戦い放棄”
末井 うーん。僕は”画面”っていう意味ではあまり映画を観ていないのかもしれないけど、大雑把にいうと昔の映画って”ちゃんとしてる“んですよね、ものすごく。今は手持ちのカメラのようなものを使って画面の構成なんてものを無視している作り方の映画もありますからね。
原 その”ちゃんとしてる”というのを言葉で説明するのがなかなか難しいんですよ。
末井 配置がよく考えられているというかバランスがいい。気持ちがいいんですよね。小津映画もそうですが、道や土手がパーッとあって、そこを人が歩いていて、「あぁ、かっこいい…」みたいなね。なんかねぇ、とにかくいいんですよ(笑)。
―雑誌業界や撮影業界を取り巻く人々も現代とは違いますか?
末井 雑誌業界でいうと熱量がありましたね。それは『写真時代』の場合、荒木経惟さんという写真家の熱量に比例しているんですけど。ああいう人がいると雑誌の作り手は頑張るんです。適当なものを作るとものすごく怒られるし、「こんな連載、切っちゃえ!」とか言われるし手が抜けないんです。そうすると雑誌全体の熱量が上がっていくんですね。
今の作り手は決められたことを淡々とやっているような人が多いような気がします。どっかで読んだような記事が平気で出ていたり。作り手の熱っていうのをあんまり感じないですよね。
原 熱量というと、映画で平成の時代に熱量あふれる主人公を描くとリアリティがなくてシラけちゃうんだよね。ただ、僕ら昭和の時代からやっている者としてはそういう熱量のある主人公を欲するという気持ちがあってね。
末井 逆に、熱が全くない主人公っていうのも面白いかもしれない。顔も覚えられないような人が出てくるとか。でも、本当にそういう時代ですよね。権力にひとりで立ち向かっていく、『ゆきゆきて、神軍』の奥崎謙三みたいな人はもう出てこないですもん。
―『素敵なダイナマイトスキャンダル』の劇中に、柄本佑さん演じる末井さんが警察の検閲をのらりくらりとかわすシーンがありますね。
末井 権力と戦うことが無意味だとは思わないけど、絶対に勝てない戦いでしょ。ましてや雑誌の検閲では警察に呼び出されるわけで、こっちはひとりですから。それに、性格的に人と戦うのがあんまり好きじゃないんだよね。相手が権力であってもなくても“戦い放棄”なんです、僕は。
原 70年代初頭のドキュメンタリー映画『三里塚シリーズ』(小川紳介監督)で学生の活動家たちが権力に立ち向かって隊列を組んでザッザッザッと突進していくシーンがあって、僕自身は臆病なんだけど、あのイメージが本当に憧れでね。
その残影を未だに引きずって、今回の新作『ニッポン国VS泉南石綿村』では泉南の原告団の人たちにそれを求めていたんだなって、少し申し訳ない気持ちがあるんだよ。泉南の人にとって、僕と知り合って映画を作ることになったのが本当によかったのかな、と今は思うけど…。でも、出会いってそういうもんだよね。
* * *
今回のグラビア撮影後には、原監督がホストを務める「ネット de CINEMA塾」の収録も同日に別場所で行なわれた。朝から夜中まで、女装姿で“疾走”し続けるふたりのタフさに、伝説と言われる所以を「なるほどな…」と感じた週プレ酒場でのジャックであった。
尚、同グラビアは3月19日売りの本誌14号に掲載中! 見どころはズバリ、おふたりの脚線美――。「昭和大型熟女」のグラビアデビューをお見逃しなく!
(取材・文/鴨居理子 撮影/名越啓介 女装メイク&衣装/森田豊子(スイッチ)
●末井昭 1948年生まれ。『ウィークエンドスーパー』『写真時代』『パチンコ必勝ガイド』などを生んだ伝説の編集者。近年は作家、サックス奏者として活躍中。自身の半生を描いた『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化(監督:冨永昌敬)。テアトル新宿、池袋シネマ・ロサほかで全国公開中。【http://dynamitemovie.jp/】
●原一男 1945年生まれ。映画監督。代表作に『さようならCP』『ゆきゆきて、神軍』『全身小説家』などがあるドキュメンタリーの鬼才。大阪・泉南アスベスト国賠訴訟の全8年間を追った『ニッポン国VS泉南石綿村』がユーロスペースほかで全国順次公開【http://docudocu.jp/ishiwata/】