タレントの稲村亜美が日本リトルシニア中学硬式野球協会関東連盟開会式での始球式で1千人余りの男子中学生に囲まれ襲われる事件が発生。運営の不備や中学生たちを糾弾する声が上がっている。
タレントでエッセイストの小島慶子が、世間の気になる話題に思うあんなこと、こんなこと。
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稲村亜美さんが始球式で中学生男子にもみくちゃにされた事件は、どう考えても中学生が悪いです。相手の同意なく体に触るな。どんな状況でも誰が相手でも、同意なく触るのは絶対にダメなんだよ。
アイドルをなめてかかった感じもありますね。むちゃをやってもどうせ断れないだろうとか、怒れないだろうとか。それこそ神対応しろよとか。人に好かれることを商売にしている人間の弱みにつけ込んだのではないかと思います。
つまりは「俺に好かれたいなら触らせろ」っていう最低最悪の発想。中学生でもすでに、職業差別と女性蔑視とが染みついていることにゾッとします。
動画を見ると、会場のアナウンスも現場のスタッフの制止も無視して稲村さんを取り囲んだ一団の最前列にいた中学生たちが自分から稲村さんに駆け寄り、一同が雪崩を打って続いています。
当人たちはその場のノリでやっただけで、ただ悪ふざけしたぐらいの感覚なのかもしれません。でもこれは暴力です。
稲村さんは彼らに「こっちに来ていいよ」なんてひと言も言ってないし、むしろ「落ち着いて」と自制を求めていました。にもかかわらずジリジリと詰め寄って押し倒したのです。
すでに始球式を始める時点で中学生たちは定位置を離れ、稲村さんを取り囲んでいました。ここでスタッフが稲村さんを退避させて、一同に定位置に戻るように言うこともできたはず。まだその時点では、中学生の集団と稲村さんとの間には十分な距離がありましたから。
稲村さんは事件後、「痴漢行為はされていない」「気にしていない」と表明し、これを「神対応」と一部のメディアが持ち上げました。
暴力を振るわれた人が「大丈夫です!」というのを素晴らしいと持ち上げるのは、もうやめてほしいです。人気商売はどんなにひどい目に遭っても怒っちゃいけないの? 女子はいつもニコニコしてないといけないの? 理不尽さに耐えることを美德とするパワハラ礼賛文化は実に根深いもの。アイドルに限らず誰もが職場や学校や家庭で多かれ少なかれ強いられているでしょう。
まさに部活などで、暴力に耐えることを体に叩き込まれ、メディアを通じて女性のモノ化とパワハラ目線を刷り込まれた子供たちがどうなるのかを今回、まざまざと見せつけられた気がします。
あの延長上には、職場の飲み会で女性の体を触ったり、セックスを拒む恋人を殴ったり、電車で痴漢行為をしたり、行き場のない女性や子供を平気で買春したりする男たちの姿が見えます。不良の集団というわけでもない、ごく普通の"爽やか球児"たちの中にすでにそれが芽吹いていることの深刻さに、慄然(りつぜん)としました。
●小島慶子(こじま・けいこ) タレント、エッセイスト。テレビ・ラジオ出演や執筆、講演とマルチに活動中。現在、日豪往復生活を送る。近著に『絶対☆女子』『るるらいらい 日豪往復出稼ぎ日記』(共に講談社)など。