ジャズ・ミュージシャンにして博覧強記の作家。そしてタトゥーを入れた夜の住人。その異能の男の名は菊地成孔(きくち・なるよし)。
昭和のエロ本業界を舞台にした映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』(全国テアトル系で順次公開中)で、図らずも役者デビューすることになった彼に昭和の雑誌カルチャーについて語ってもらう…はずが、話は戦後日本の経済から現代のファシズム的性質、そしてSNS社会の分析にまで及び、たった15分で「菊地流現代史」を完成させてしまった。
実は、週プレ酒場で行なわれた映画のサントラ発売記念イベントに合わせ、短いコラムにする予定で行なわれた今回のインタビュー。が、これを切り詰めるのはあまりにも「文化的損失」が大きいと判断し、ここに緊急拡大掲載する。
■菊地や松本人志の持つガキくささ
―『素敵な…』の原作者、末井昭さんが作られてきた伝説のエロ本の数々は、70年代当時からリアルタイムで読まれていたんですか?
菊地 そうですね。70年代というのは、連合赤軍事件やオイルショックが立て続けに起こり、人々の間に“暗い情念”が渦巻いていた時代。末井さんが最初に作られた『NEW self』(75年創刊)なんかは、そのドロドロとした世相を体現するサブカル誌でした。それが『ウイークエンドスーパー』(77年)を経て『写真時代』(81年)になると、80年代のポストモダン的な軽やかさ、とことん表層しかない世界へとモーフィング(変化)していったんです。
この『写真時代』という雑誌は、女の裸をエンベロープ(外装)にしていたけれど、中身は実験的なハイアート誌でした。末井さんや南伸坊さんらが悪ノリでコンセプチュアルアートのパロディみたいなことをやっていた。基本的にはヌキ用ではありませんでした。
―エロ本としては機能しないけれど、時代の空気を正確に捉えていた、と。
菊地 そう。そもそも戦後の日本経済は不景気がベースですが、2回だけジャックポット(大当たり)が出ています。1度目は50年代から60年代の高度経済成長期。2度目は80年代のバブル。
だから63年生まれの私や松本人志さんなんかは、生まれた時と青年期に2度の大当たりを経験しちゃったもんだから、いつまでたっても遊んでいるようなガキくささが抜けないわけなんですが、末井さん(48年生まれ)らの世代はみんな70年代の不景気の時期に苦汁をなめながら仕事をしてきた。その暗い情念の時代があったからこそ、80年代の好景気の時代にとことんまで軽くなれたんでしょうね。
外から見るとその変化は劇的で、断絶があるように見えますが、80年代を牽引(けんいん)したのは大体、この世代。まあ、今はインターネットとユニクロによって世代が液状化しちゃったから、時代や文化の断絶っていわれてもピンとこないかもしれないですけどね。
ウマウマのファシズムとは?
■ウマウマのファシズム
―末井さんの作っていたような雑誌を読む一方、週プレなんかも読んでいたんですか?
菊地 もちろん。週プレはオーバーグラウンドな雑誌だったから、クラスの誰もが読んでましたよ、『平凡パンチ』とともに(笑)。萌えもヌキもその2冊でとりあえずは十分でした。
今の週プレを見ても、当時から何も変わってないですよね。マーケットのほうが変わって発行部数は落ちたかもしれないけど、週プレは他の老舗雑誌と比べても驚くくらい同じ。「とらや」の羊羹とか熱海の旅館と同じ伝統の世界(笑)。SNSでなんでも感想を共有できるこの時代に、ひとりでニンマリしながら読む時間を提供してますよね。さすがに私もポテンツ(男性能力)が落ちたので買ってまでは読まないけど、コンビニで毎週チェックしているし、今の週プレにはなんの不満も文句もないですよ。
―グラビアアイドルの変化は感じますか?
菊地 みんなキレイになりましたよね。昔はおっぱいがデカいだけで顔はねーなっていう人がいっぱいいたけど、今はみんなかわいいし、立ち姿からして磨かれてる。ハイクオリティなまま均質化されちゃった、というか。これは日本からマズい食べ物がなくなってしまったことに似てるんですよ。昔あったような近所のマズいラーメン屋なんか消えて、今はどの店に入ってもウマいでしょ。セブン-イレブンでさえウマい。日本の食のレベルの高さは世界一です。
音楽もそうで、昔は聴けたもんじゃねーなっていう企画モノとかあったけど、今はりゅうちぇるの曲でさえハイクオリティですからね。この国では、景気の悪さと相反するように快楽的なものはとんでもなくレベルが上がっていってる。だけどこれって、ユートピアであると同時にディストピアです。みんながウマいものを作らなければならないって、もはや“ウマウマのファシズム”でしょ。失敗や愛嬌(あいきょう)も許されない息苦しい世界…。今、日本人が本当に求めているものは、ヘタウマだったりダメダメなものだと思う。
ただ、私は何事もよく捉えたほうがいいっていう性格なんで、メシがウマくなろうがグラビアのクオリティが上がろうが、それでいいんじゃねーのって思いますけどね。
―なるほど。そのウマウマのファシズム、息苦しさを強化しているのがSNSであるような気がします。
菊地 うん。SNSは人を恐ろしく倫理的にさせますからね。まず、スマホを手の中でずーっといじるっていうのは、幼児がおしゃぶりをしゃぶってるのと同じじゃない。そして幼児はものすごく潔癖だから、ちょっと股ぐらが濡れただけでわーっと泣く。これって、角界の暴行やらタレントの不倫を何がなんでも許さないってSNSで騒いでる人たちと一緒でしょ。SNSに縛られることによって、人々から大人の寛容さが失われて、なんでも「先生に言いつけるぞ」っていう社会になってしまった。
―よくわかります。ちなみに、菊地さんはSNSを…。
菊地 一切やってない(笑)。やらずにどこまで時代を追っていけるかっていう人体実験をしてるの。「菊地はSNSもやってないからエッジが取れた」って言われたら、その時はおしまいだと思ってます。
(取材・文/西中賢治 撮影/五十嵐和博)
●菊地成孔(きくち・なるよし) 1963年生まれ。音楽家、文筆家。サントラ盤『素敵なダイナマイトスキャンダル オリジナル・サウンドトラック(+remix) 菊地成孔 小田朋美&ペンギン音楽大学RE-MIX LAB』が主宰レーベル「TABOO」より発売中。プロデュースを手がけた市川愛の新作『MY LOVE,WITH MY SHORT HAIR』が4月11日(水)にリリース予定。レーベル所属アーティストが多数出演するイベントも開催決定。詳細は以下
■『TABOO LABEL Presents GREAT HOLIDAY』 出演:市川愛、オーニソロジー、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール、けもの、JAZZDOMMUNISTERS、DC/PRG、ものんくる 公演:2018年5月13日(日) 開場:14:00 開演:15:00 会場:新木場STUDIO COAST 入場料:¥6,500(税込)オールスタンディング(整理番号付き) ※入場時ドリンク代別途必要 ※6歳未満入場不可 企画:ビュロー菊地 制作:サンライズプロモーション東京 後援:Sony Music Artists Inc./TABOO/TBSラジオ 問合せ:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337(全日10:00~18:00)