独特なタッチで似顔絵を描く坂本ちゃん

2000年から『進ぬ!電波少年』の企画「電波少年的東大一直線」に出演し、人気タレントとなった坂本ちゃんが自身の誕生日である4月2日(月)から東京・神楽坂で「自宅で開催! 坂本ちゃん個展 新宿ゴールデン街の出会い+α」(~15日まで)を開催している。

現在、週に一度、新宿ゴールデン街にあるシャンソンバー「ソワレ」で働く坂本ちゃん。この1年、来客の似顔絵を230枚以上、描き続けてきたという。そして、先日まで住んでいた自宅の取り壊しが決まったことを機にそこで絵画展を開くというのだ。

絶頂期に比べれば露出が減った坂本ちゃんだが、なぜ似顔絵なのか? ブレイク直後から今に至る個展開催の経緯までを聞いた。

―あの坂本ちゃんが、個展を開くというのがニュースになっていて驚きました。

坂本 ですよね~。わたくしもびっくりしました~。

―改めて開催に至った経緯を伺いたいんですが、まず「ソワレ」にはなぜ勤めることに?

坂本 お恥ずかしい話、芸能のお仕事がなくなった頃にオーナーのソワレちゃんを紹介してもらったんです。シャンソン好きとして。それでアイドル好きでも盛り上がって、誘われたんですよ~。「芸能のお仕事が潤(うるお)ったら辞めるよ」と言いつつ、もう8年くらいですかね~。一番の古株、うふふ。

―「電波少年」の終了後は大ブレイクでしたよね。

坂本 受験が終わって外出させていただきましたら、突然、初日からいろんな番組でレギュラーもありまして、ありがたいことに心の準備がないままだったので、今思うとあまり記憶がない感じがありますね。勉強部屋でケイコ先生とふたりきり、人と交わることがなくて…突然明るい場所で人がいっぱいいてびっくりした記憶があります。

―8ヵ月間、カンヅメになって東大を目指していたんですから、状況の変化に戸惑いますよね。

坂本 最初は右も左もわからないまま勢いでいけてたんですけど、だんだん経験積んでくると怖さを感じてきちゃったりとかしましたね。一緒に出ている人を知らないまま出させていただいたりして、いろんなアドバイスをいただいたりしたんですけど、思うようにいかないみたいな不安とか芽生えてきたんでしょうね。

特に、このラジオが終わったら全てが終わりだとか、ちょっと仕事が残ってる時がものすごく不安でしたね。なんだろう…すべてなくなれば腹をくくれることもあったんでしょうけど、それがなくなったらっていうすごく不安を持ってたと思うんですよ。

―その頃に「ソワレ」に誘われて働きだした、と。

坂本 最初は躊躇(ちゅうちょ)したんです。わたくし、今まで田舎から出てきて飲食店のバイトも絶対落とされる人でしたから。でも、昔ソワレに入っていたチャラン・ポ・ランタンの小春ちゃんが「お客さんは神様じゃなくて、入ってる店番の人が神様でいよう」って言ってくださったんです。「ちょっと空気が違うような人がきたら『今日貸切です』って帰していいよ』って。あそこだからずっとやっていけてるんでしょうね~。

落ちたタレントの成れの果てがこの店か…

個展準備中で椅子がないため、捨てる予定の壊れた自転車に乗り話す坂本ちゃん

―すごく自由ですね。初めての接客業で慣れない部分もあったんではないですか?

坂本 いろんな意味で洗礼は受けさせていただきましたね。最初の頃はわざとイヤな言葉を投げてくる人とか結構いらっしゃって。初日にいきなりおじさんがやって参りまして、「落ちたタレントの成れの果てがこの店か」みたいな言葉を。今では懐かしい思い出ですけど、いろいろと経験をさせてもらいました。

―いわゆる冷やかし客ですね。

坂本 多かったですね~。その時は結構凹(へこ)んだりもあったけど、私、何気に性格がドMだったりするので「あのおじさんがいうことも一理あるな」と思っちゃうタイプ。そうだね!って(笑)。

―悔しさや苛立ちもなく?

坂本 お店に対しては失礼だな!とは思いますよ。でも、自分に対してはイラっとはするんですけど、そういう方に腹を立てる自分が悲しいかなって。だんだんそう思い出すと、冷やかすお客さんもいなくなり、皆さん素敵な方ばかりになりました。

―ゴールデン街というとキャラの濃いお客さんも多そうですね。

坂本 そうですね。本当に本人かはわからないんですけど、一度、片岡愛之助さんもブレイクする前に来てくださったんですよ。私が知り合いのオカマとキャーキャー喋ってたのを隅のほうで観察してくださっていて、そのあと「半沢直樹」でオカマみたいな役だったから、「私たちアゲマンだよねー」みたいなこと言ってます(笑)。

―本人だったら役作りかもしれないと(笑)。

坂本 でも、知らない人もいらっしゃるじゃないですか。だから、初対面の人とでも話せるノウハウを店番で培いましたね。芸能の仕事は例え初めてでもその番組の一部分って感じなので、また違うじゃないですか、初対面の会話は。

―バーだとお客さんと向き合う時間も長いと思いますが、意外なことはありますか?

坂本 本当に人って十人十色だなと思いましたよね、弱い部分を見せてくれる人もいるし、疲れてても楽しもうとする人もいるし。でも、お店に来た時よりも皆さん表情がやわらかくなってきて、すごくいい顔するんですよ。それは皆、一緒なんだなって。その笑顔とかに感激してしまい、写真じゃなくて絵として残したいと思ったんですよ。それで似顔絵を始めたんです。

描いてる時はその方をラブ的な気持ちで

展示用のイラスト。もちろん個展では綺麗に額装されている

―最初に描いた時のことは覚えていますか?

坂本 常連さんで、見せたらすごい喜んでくだすって、こっちも嬉しくなっちゃって。その笑顔に感激してしまい、それがスタートでしたね、いろんな人を描いていこうと。暇だったのもありますけど(笑)。

最初に下絵を描くんですけど、色を塗っていく作業がすごく嬉しくて、快感なんですよ。変な話、エクスタシーすら感じてしまいまして。好きなアイドルの曲やラジオを聴きながらとか。夜の静まる中で色を塗ってる時の快感といったら日々絶頂でしたね~、うふふ。

―お店で描いているわけではないんですね。

坂本 わたくし、即興で描けなくて、写真を撮ってその時の雰囲気とかを思い出しながら描くんです。描いてる時はその方を好きになるというか、ラブ的な気持ちで描いてますね。変なこだわりで3重塗りしていて、だからその人に愛情が深まるのかも。

―どの似顔絵も原色を使って、非常にカラフルですよね。何かに影響を受けているんですか?

坂本 きっと今までが結構、地味だったからかしら。小学校の時に友達もいなかったので、TVに出れば友達もできると思ってタレントや俳優を目指したんですよ。華やかな世界でそれまでの自分と違うじゃないですか。原色も自分じゃないものを出そうとしているのかもしれないですね~。昔から原色が好きで、ずっと色に助けられてるんだと思いますよ。

あと、80年代に一番多感な時期を過ごしていたんですけど、その頃は音楽も情報も今みたいなぐちゃぐちゃしてなくて、はっきりしてた時代。だから80年代に原色のイメージがありますね。好きなアイドルも誰でも知ってる雑誌に出ていたら人気みたいな。そういった感じがきっとあるんですかね。

今が自分の多感な時期だったらもっと違うと思う。細かい感じに細分化されて決して原色じゃないはず。80年代っていうキーワードは自分の中にあると思います。

★後編⇒新宿ゴールデン街のバーで接客する、あの『電波少年』坂本ちゃんが再ブレイクを切望! 「欲深い人間だから、きっと生きていけるんでは…」

(取材・文/鯨井隆正 撮影/五十嵐和博)

■『坂本ちゃん個展 新宿ゴールデン街で出会った人達+α』日時:4月2(月)~15日(日) ※開催期間中は本人も在廊予定 月~金14~19時 土・日11~18時 場所:新宿区山吹町15 入場料:無料 詳しくは特設HPにて【https://www.makuake.com/project/sakamotochan/】、公式Twitterにて【@sakamotochan】