2001年度「レースクイーン・オブ・ザ・イヤー」を受賞した森下千里。ちなみに前年は吉岡美穂。グラドルとして大活躍しテレビのバラエティ番組にも出演。誰もが知る存在になった 2001年度「レースクイーン・オブ・ザ・イヤー」を受賞した森下千里。ちなみに前年は吉岡美穂。グラドルとして大活躍しテレビのバラエティ番組にも出演。誰もが知る存在になった

モータースポーツの最高峰、F1がグリッドガールを廃止しても「独自の進化を遂げた日本のレースクイーン(以下、RQ)が消滅することは決してない」。

そう断言するRQジャーナリストの矢沢隆則氏に「約35年の歴史を持つ」(矢沢氏)日本のRQ文化を語ってもらった。

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矢沢氏は「F1が廃止するのはRQではなくレース主催者に雇われたグリッドガール。スポンサーの広告塔であり、レーシングチームの応援団でもある日本のRQとは似て非なるものです」と語り、“RQがいるのは日本だけ”と強調する。現在、RQは主にスーパーGT、スーパーフォーミュラなどのレースカテゴリーで活躍している。

「その起源には諸説ありますが、最も有力なのが、84年の二輪の鈴鹿8耐レースが最初という説です」

そして、矢沢氏はRQが世間一般に知られる存在となった、80年代後半から90年代初頭を第1次RQブームと位置づける。

「当時はハイレグ水着がはやっていて、RQのコスチュームはハイレグのVラインをさらに強調した刺激的なものでした。日本はバブル景気に向かっていて、広告代理店は競ってモデル事務所から、RQをやるきれいな女のコを集めていました。RQの日当は7、8万円が当たり前。えりすぐりの女のコが刺激的な衣装で現れたら注目を集めないわけがない。テレビもゴールデン枠でRQを盛んに起用しました」

RQ経験者の有名人も続出。

「ハイレグの女王として注目を浴びた岡本夏生はじめ、タレントの飯島直子、女優の杉本彩、モデルで、サッカー選手・三浦知良の奥さん設楽(三浦)りさ子……名前を挙げればキリがありません。当時、RQは有名になりたい女のコの最大の登竜門でした」

しかし90年代前半、バブル崩壊とともにこの勢いは失速。「RQは広告塔ですから、景気の影響をダイレクトに受ける」と矢沢氏。推定で200名以上いたRQの人数も激減した。

だが96年頃から、RQは再び静かに注目を浴び始める。矢沢氏は96~98年の期間を第2次RQブームと規定している。

「この頃は、TVの深夜番組がRQブームを牽引(けんいん)しました。テリー伊藤さんがプロデュースしたテレビ東京の『出動!ミニスカポリス』に七森(ななもり)美江、吉永千夏、美翔芽里(みしょう・めり)という同じチームに所属するRQが抜擢(ばってき)され、注目を集めました」

この頃は、RQのイメージが、TVのゴールデン枠から深夜枠へ、誰もが憧れる女性から男性目線のセクシーな女のコへと変化した時代でもあった。が、矢沢氏は「私は、RQという言葉のメディアにおける流通量の増減からブームと停滞期を区別していますが、この時期は確実にその量は増えました」と言う。

「当時のトップは鈴木史華(ふみか)。お茶の間的には有名ではありませんが、写真集はよく売れました。RQとファンの接点は撮影会ですが、彼女はリピーターの顔を覚えて気さくに声をかける“神対応”で人気を得ました」。

RQは“会いに行けるアイドル”の元祖

神対応といえばAKB48の握手会などを彷彿させるが、まだAKBが存在しない時代、「RQは“会いに行けるアイドル”の元祖だった」ようだ。

パソコンの基本OS、Windows95のリリースもブームを後押した。この時期は、ネット上にファンコミュニティが林立し、ファンとRQの交流も生まれた。この当時すでに約200のRQ関連サイトが存在していたという。「RQはネットの普及により、お茶の間のスターからマニアの女王になった」と矢沢氏。

さらに、今度は2001年から02年にかけてRQの業界に新たな動きがあり、第3次ブームが起こったという。

「この頃は、モデル事務所のRQへの新規参入が目立ちました。景気は回復していませんでしたが、女のコを売り出す手段としてRQが見直されたのでしょう。コスチュームは、“ヘソ出しセパレートでニーハイブーツ”へと変化し、RQのイメージも、スタイル抜群で高飛車なモデルからアイドルに近いものになりました」

吉岡美穂、森下千里、インリンらがその代表格で、彼女たちはRQ出身者として再びテレビのバラエティ進出を果たした。出版不況も現在ほど深刻ではなく、『sabra』(小学館)などグラビア専門誌も健在で、グラドルという言葉も定着した。

が、程なくその勢いも衰え「03年以降は長い冬の時代」と矢沢氏は天を仰ぐ。AKB48をはじめ、地下アイドル、読者モデルなど、女のコたちの登竜門も多様化した。RQ志望の女のコの気質も変化したという。

「最近はいったん社会人を経験して、思い出づくりのために応募してくるコがいる。(有名願望が低下した)この状況は少し物足りない」と矢沢氏。

だが、この間にも菜々緒のようにRQを経て女優になるコが出現している。今でも毎週どこかでRQの撮影会が開催され熱心なファンが押しかけている。

「男って、CAとか女子アナといった記号に弱いところがありますが、RQ人気の根底にもそれがあります。浮き沈みを経て定着した日本のRQ文化は、そう簡単にはなくなりません」

また、近年はグラビアで活躍する忍野さら、藤木由貴、川崎あやらの逸材も現れている。

矢沢氏は「ひそかに第4次ブームの到来を期待しています」とつぶやいた。

 矢沢氏のオフィスにあるRQ関連資料の一部。現在はWebの普及で減少したが、96~98年の第2次ブーム期には大量の関連本が発行されていたという 矢沢氏のオフィスにあるRQ関連資料の一部。現在はWebの普及で減少したが、96~98年の第2次ブーム期には大量の関連本が発行されていたという

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(撮影/矢沢隆則 取材・文/桑原和久)