2017年に誕生から100周年を迎えた日本のアニメ――。日本が世界に誇る一大コンテンツのメモリアルイヤーに、週プレNEWSでは旬のアニメ業界人たちへのインタビューを通して、その未来を探るシリーズ『101年目への扉』をお届けしてきた。
第8回目は、アニメ監督の山田尚子さん(京都アニメーション所属)。『映画けいおん!』『たまこラブストーリー』など話題作の監督を務め、前作の映画『聲(こえ)の形』では第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞、東京アニメアワードフェスティバル2017 アニメオブザイヤー部門グランプリを受賞した他、フランスのアヌシー国際アニメーション映画祭に選出されるなど国際的にも高い評価を受けている。
その最新作が4月21日より公開中の『リズと青い鳥』だ。鎧塚みぞれ、傘木希美というふたりの女子高生を中心とした物語で、高校の吹奏楽部を舞台に現実と童話のふたつの世界を対比させ、思春期の少女たちの淡い心の機微を丹念に描いた。
誰しも共感できる「部活あるある」満載で青春の激しい感情のぶつかり合いを描いた『響け!ユーフォニアム』シリーズの1作でありながら、ビジュアル面でも物語の語り口においても、シリーズとは一線を画した仕上がりになっている。
シリーズの他作品とは「静」と「動」といえるほど対照的な作品となった『リズと青い鳥』に込めたものとは何か?など、お話を伺った。
■なぜキャラクターデザインまで変更したのか
―作家の武田綾乃さんによる小説『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』を原作としていますが、今回の『リズと青い鳥』は原作でも主人公ではなかったキャラクターが中心となっています。オーボエ担当の鎧塚みぞれ、フルート担当の傘木希美というふたりにフォーカスした理由はなんだったのでしょう?
山田 原作を読ませていただいた時に、原作の主人公である久美子と今回のみぞれと希美で、物語にふたつの流れがあるように感じました。
たくさんのキャラクターが出てくるお話ですが、みぞれと希美はすごく浮き立っていたんです。それが見過ごせなかった。武田先生の「このふたりで描きたいことがまだまだあるんです」というメッセージを勝手に受け取って、関係性をちゃんと掘り下げた映像作品を作りたいって思ったんです。
―本作では映画『聲の形』のスタッフが中心となって制作されています。
山田 制作の経緯でいうと、そもそも劇場版の「ユーフォニアム」の続編を制作するという企画があった上で「みぞれと希美の物語でもう1本、完全に独立した映画を作るのはどうでしょう?」となりました。結果的に今回、ご一緒させていただいたメンバーで制作することになりました。
―タイトルに「響け!ユーフォニアム」と入れてないことから、最初は全く関連のない別の作品かと思っていました。
山田 シリーズの繋がりはあまり意識せずに、知らない方が楽しめる作品にできたらと思っていました。元々「ユーフォニアム」は今回の映画の内容とは別の意味を持つすごく意味のあるタイトルです。今回はそこから目線をずらして、みぞれと希美を描くことを中心にしたので、自然と内容に沿ったものになりました。
―そこまで「みぞれと希美」というふたりに興味を惹かれた理由とは?
山田 予定調和ではできあがらない美しい関係というか。まるで、音楽みたいなふたりだなって思ったんです。
―映画では「リズと青い鳥」という曲を吹奏楽部で演奏しようとするのですが、フルートとオーボエがソロでかけ合う重要なフレーズがどうしてもうまくいかない。それは彼女たちの微妙な関係性に原因があって、その心情の変化が劇中でははっきりとしたセリフの応酬ではなく、演奏の変化として表現されています。
山田 そうなんです。はっきりとぶつかったりはしないんですよね。“これ”って名前が付けられない感情を今回は描いています。その言い切れない感じで繋がっているふたりが音楽みたいだなって。音楽を使った映画だからという以上に、音楽的なものが描けるかもしれないと感じたんです。
友達というより彼氏彼女の関係
■友達というより彼氏彼女の関係
―その曖昧(あいまい)な感じというのは思春期の女のコならではだと思うのですが、言葉にならないことを性別も世代も様々な観客に伝わるように表現するのはすごく難しかったのでは?
山田 そうですね。これはコンテを描きながらなんとなく思っていたことなんですけど、希美が男のコで、みぞれが女のコで、ふたりは友達でもあり彼氏彼女のような関係性でもあるなぁということなんですけど…。みぞれは希美に複雑な思いがあるから演奏がうまくいかない、それをわかりやすく言葉で説明しないからあんまり伝わらない。
みぞれは彼女のような存在なので感情で話をするんですけど、希美からは「好き」とか「嫌い」、「甘い」とか「辛い」をはっきり言わないとわからないよってところがある。その感覚は大事にしました。
―男性としてはその感覚はすごくわかります(笑)。どちらかに感情移入するのではなく、同世代の女のコ同士を描きながらも結構、客観的に俯瞰(ふかん)して描いたわけですね。
山田 そうですね。どちらも尊重しながら、主観と客観を行き来しながら描いていきました。
―曖昧さの表現でいうと、アニメでセリフに頼らず、かといってアクションもなく微妙な心情の変化を見せていくのは大変だと思うんです。
山田 特に今回は、少女たちの心の機微は言葉にしたら壊れちゃうかもしれないと思い、映画的な「間」を大切にしようと思いました。それで言葉で語るよりも、彼女たちがどう行動したかを夢中に撮るみたいなイメージで作っていきました。
映像を作る身としては、言葉と絵のいいバランスを探して、どっちも浮かないようにするのが仕事かなと。だから、言葉にする以上に伝わる画作りはアニメでも可能なんじゃないかってところを探ってみました。
―それはやはり、所属する京都アニメーションというスタジオの絵の表現力に信頼が置けるから?
山田 そこはすごくあります。繊細で丁寧なものを積み上げることが得意なスタッフが多いので、そこに対する信頼感がないと、あのコンテは怖くて切れないかもしれない。
―山田さんといえば、映像表現へのこだわりでも知られています。特にカメラの被写界深度を意識したようなリアリティある画作り(実写のようにピントのあたっているところ以外をぼやかしたり、フォーカスを送ったりする)が特徴的ですが、こういう表現を行なうようになったきっかけは?
山田 カメラの存在を意識した画作りはたしかに日々研究していますね。でも、実写では成り立たないものを表現できるのがアニメのマジックだと思っていて。もちろん、リアルなレンズのシミュレーションもやっているんですけど、完璧にコピーするわけではなくて。
映像のマジックとしていろいろと手を尽くしてみて、そうすることで立ち上がってくる匂いみたいなものを作りたい。監督としては作品の世界を作るって責任の下、その世界に観た方が入り込めるようにあれこれやっている感じといいますか…言い方がややこしくてすみません…。
作りたいのは「肯定的なもの」
―「世界を作る」と言った時に、山田さんが作ってきたものはSFでもファンタジーでもなく、基本的にはリアルをベースにした作品です。そう考えると、「作りたい世界」とは、どんな世界なのでしょう?
山田 たぶん、「肯定的なもの」っていうのが大きくあります。舞台や内容がどのようなものであっても、物事を肯定する術を探して、それを作品にしていきたいって思いが強くあるんだと思います。
―肯定的なもの、とは?
山田 人を信じる可能性を感じられる気配、のようなもの。悲しいものでも悲しいだけに見えない術を探しているというか。うーん、うまく言えないですけど。
―なぜ、そういうものを作りたいと?
山田 憧れているんだろうなって思います。私生活ではなかなか肯定感満載には生きていけないので(笑)。でも、自分自身も映画を観たり小説を読んだりする中で、根底に肯定感のある作品に救われてきたから、そういうものを作りたいなって。
―例えば、どういう作品に肯定感を覚えるのでしょう? 過去のインタビューで影響を受けたと語っていた映画の魅力とは…。
山田 衝撃的な映像体験ですかね。良いとか悪いとかじゃない別次元での人への興味の持ち方に圧倒されて、悲しい題材の作品でも観ると楽しくなるものが好きです。
―物語よりも、まず映像が持つパワーそのものが強烈な作品に惹かれたわけですね。
山田 そうなんですよ。画面から出てくる感情の波動というか、そういうものにメロメロになったことが映像を作りたいってなったきっかけなので。ストーリーをどう語るかってことよりも、世界を作りたいって思うのかもしれません。
―そこで作品を振り返ってみると、「日常系」と言われることが多い『けいおん!』も単に日常を淡々と描いているわけでなく、魅力的なキャラクターを通して、彼女たちが生きている世界を好きになってもらうみたいな構造になっていますね。
山田 作品世界をどう魅力的に見せるかってことに興味があるというか。さらに観ている人が高揚感を覚えてくれれば最高ですね。
―高い評価を受けた映画『聲の形』も、物語が一本の線としてぐいぐい映画を引っ張っていくというより、耳の聞こえない人たちとの交流を通して、主人公の高校生の世界の見え方がどう変わっていくかってことを丁寧に描いた作品でした。
山田 私はたぶん、観ている方とキャラクターが同じものを見ることができたり、同じ匂いを嗅げたりできるような世界を作りたいんだと思います。別々の世界にいる人同士が、作品を通じて繋がる…そんなことができたら最高だなと思います。
(取材・文/小山田裕哉 (c)武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会)
■山田尚子(やまだ・なおこ) 京都府出身。大学卒業後、京都アニメーション入社。原画や演出を手がけた後、TVシリーズ「けいおん!」の監督に続き、2011年に『映画けいおん!』で劇場映画を初監督。2014年の『たまこラブストーリー』は文化庁メディア芸術祭新人賞受賞。2016年の映画『聲の形』は世界30ヵ国と地域で配給された
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