会社の同僚と初めて行ったライブで「地下アイドル」にハマった40代独身OLの夏美が、無謀にもいきなりアイドルのプロデュースに挑戦することを決心したのはなぜ…!?
そんな夏美の元に集まった、ワケありのメンバーたち――所属するグループが解散して行き場をなくしたカエデや、「天使」を自称するいじめられっ子、女装男子など人生の主役になれない若者たちの居場所探しとは?
2015年に小説すばる新人賞を受賞しデビュー、注目される作家・渡辺優の3作目となる『地下にうごめく星』は、軽快な文体からライブハウスの熱気や恋にも似たアイドルへの想い、そして現代の若者の抱える閉塞感がリアルに伝わる青春小説だ。
舞台は、作家自らが住み続ける地方都市・仙台。そのアンダーグラウンドで、儚(はかな)い輝きを追い求める“星”たちを描いた理由、そして自身が作家になった動機までを伺った。
-地下アイドルが題材ですが、渡辺さん自身もアイドル好き?
渡辺 そうですね。子供の頃はSPEEDさんとかモーニング娘。さんとか、TVで観るようなすごいアイドルさんは好きで観ていたけど、数年前に会社の同僚に誘われて地下アイドルのライブに行ったらすごく面白くて! これを題材にとずっと思っていたので、この本には自分の思っていることをかなり投影して書いています。
-実感が込められているんですね。
渡辺 流行っているし「1回ぐらい観てみよう」という軽い気持ちで行ったんですけど、実際に体験してみなければわからないライブ感というか、アイドル側の真剣さとかオタク側の熱気、そのすべてがぐっときたんです。仙台の小さなライブハウスで、地元のコたちが対バン形式で何組か出るライブだったんですけど、全員がアイドル街道を突き進むタイプではあまりなくて、地下の世界だからこそ輝けるような独特な魅力があって。
-ライブならではの押し寄せるような感情ってありますよね。主人公の夏美は、メインストリームからは少し外れたカエデに魅入られますが、それもご自身の経験?
渡辺 夏美に自分を投影した部分は大きいです。カエデは具体的にモデルはいないんですけど、舞台の真ん中で歌うようなコじゃなくて、ちょっとそこからズレた女のコのほうがリアリティがあるように思って。その最大公約数的な感じで、自分がお客さんとして観た中で受けた印象から想像を膨らませて書きました。
-夏美は突然、プロデュース業に乗り出しますが、そこもライブ会場などでの経験から?
渡辺 地下の現場だとプロデューサーの人がオタクに混じって「今日のライブはこんな感じでいこうと思ってる」とか普通に喋っていて、やろうと思えばできそうな距離感があるんです。じゃあ私でもできるんじゃないかと思い始めていたので(笑)。
-私も女子プロレスオタクなので通じるものがありますね! 先日、やはり仙台を地盤に人気のセンダイガールズが主催した「女子プロレス大運動会」を観に行った時、「こうすれば、もっとビジネスになるのでは」と勝手に企画会議で盛り上がりました。
渡辺 わかります! 私も「もうちょっとお金を集めてアイドルのコたちのお給料を上げてほしいな」っていう目線で観たりします(笑)。
-オタクにもいろいろタイプがありますよね。
渡辺 ステージのセンター寄りでアイドルにアピールする人もいれば、遠くから見守る人もいて、楽しみ方もそれぞれで性格が出ますよね。私も仲間がいると騒げるんですけど、ひとりだと壁際で静かになってしまうので、どっちの気持ちもわかります。
できるだけミーハーに楽しみたい
-何人かで人を持ち上げる「リフト」など、知らないオタク文化の描写も面白かったです。
渡辺 今は危ないから禁止のところもあるみたいですけど、私が初めて行ったところはリフトもあったし、真ん中に集まってオタク同士が体当たりをして盛り上がる「モッシュ」があったり、結構、やりたい放題のライブを最初に観ることができて(笑)。オタクだから仲間だっていう感じも面白いし、その場のノリで知らない人が持ち上げてくれる雰囲気って独特で温かい文化だなってぐっときましたね。
礼儀正しいところもあって、自分が推してるコじゃなくても何か言ったら声援やリアクションで参加するっていう態度も本当にマナーが行き届いているなと(笑)。
-自分もアイドルを盛り上げているという自負や節度もあって。リーダー的な存在もいるんですよね?
渡辺 指揮系統的なものもあって「トップオタ」と呼ばれる人が合図を出しているという話は聞きました。連れて行ってくれた私の同僚も「あっ、どうも」とかいろんな人に挨拶してるしプロデューサーとも顔見知りで「この人、もしかしてなかなかの権力者なのかな」って新たな一面を見たようで面白かったです(笑)。
-会場の雰囲気も独特で面白いですよね。女子プロレスでも選手のコスチューム色の紙テープをリングに投げ込んだりするんですけど。
渡辺 それ、いいですね! そのコのパーソナルカラーのペンライトを振る感じで。ペンライトの多さで人気がわかってしまうから、オタクとしてはそのコの色をいっぱい振りたくて、全部の指の間に挟んで6コ振るというのが最上級の愛情表現みたいな(笑)。誕生日の“生誕祭”だと、そのコの色で会場を染めたいので、ファンがわざわざその色のサイリウムを買って配る文化もあるそうです。
-距離が近い分、チェキ会で上から目線でアドバイスして嫌われたり、良くも悪くも参加型なのが現代ならではなのかなと。
渡辺 チェキ会もですし、ツイッターでも本人に発言できるから揉(も)めたりする話も聞いて、ただのオタクでもプロデュースの一端を担っている気持ちになれるという側面にも興味が湧いて。私の同僚も「1回でいいから観に行ってください」って、そのコが出るハコを埋めるためだけに頼まれてもいない営業活動をしていて(笑)。楽しそうですけど、そこまで頑張ってもアイドル側にヤル気がない感じが透けて見えたりしたら、アドバイスしたくなるんだろうなとは想像できますね。
その人が応援しているのは東北を中心に活動しているコで、山形や福島のイベントに遠征もしていて、一体いつ休んでるんだろうって(笑)。土日は全部埋まっているし、1泊したらホテル代もかかるし、お金も時間も体力も使って本当に大変そうだなと。
-わかります! プロレスオタクとしてはすべての試合を観たいけど時間が足りなくて辛い…。ご自分はそこまでは?
渡辺 私はできるだけミーハーに楽しみたいタイプのオタクです。夏美同様、一度のめりこむとこじらせて辛くなる性格なので、自分で抑えるようにしています(笑)。
某アイドルも「リアリティがある」と
-それが正解だと思います(笑)。作品中でアイドルが自分のファンのツイッターをチェックするエピソードもありますが、これも実話?
渡辺 そこは完全に想像で、他のアイドルのコには行かないでほしいって思うだろうし、それでツイッターをすごく見ちゃうかも…とか、楽しく妄想して書きました(笑)。私も全然知らない人のツイッターを見るのが好きなんです。この話を書く時に地下アイドルをたくさんフォローしたんですけど、オタクの人のコメントも一緒に出てくるので、気になった人は遡(さかのぼ)って「普段はこんな呟(つぶや)きをしてるんだ…」って楽しく見てました(笑)。
-そこまでリサーチを(笑)。もしかして覗き見的なことは好きですか?
渡辺 結構、好きですね(笑)。ファミレスでも隣の人の話が聞こえてくると、つい聞いてしまいますし、全然知らない人のブログを読むのも好きだったりします。そこから勝手に膨らませたような部分はこの中にも入っています。
-知らないうちに登場してる人も?(笑) 自分自身、アイドルになりたいとか思ったことは?
渡辺 いえ、私はどちらかというと裏方に回ることに幸せを感じるタイプで。でもそれもアイドルを通して夢を叶えたいという感情だと思うし、その分、ステージで見える以外のところまで考えてしまいますね。
-想像と仰る割にエピソードにリアリティがあります。
渡辺 そういう面では間違えないようにしなきゃとかすごく考えてプレッシャーはあったんですけど。同僚のオタクから話を聞けたのは自信になりましたし、この本で対談させてもらったアイドルの方も「リアリティがある」と言ってくださったのでととても安心できました。
-アイドルのお墨付きなんですね! 逆にすごくハマっていたらもっと詳しく書きたくなったり、ディープでダークな部分が出過ぎたりしていたかも?
渡辺 そうかもしれないですね。綿密に地下アイドルの世界を書くというより、そこにいる人の気持ちのほうを重点的に書こうと思っていたので。
★後編⇒「だからアイドルに惹かれるんだ」ーーブラックだらけが常識な世の中で、癒やしになれば最高
(取材・文/明知真理子 撮影/五十嵐和博)
■渡辺優(わたなべ・ゆう) 1987年、宮城県生まれ。大学卒業後、仕事のかたわら小説を執筆。15年に『ラメルノエリキサ』で第28回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。17年、『自由なサメと人間たちの夢』に続く、3冊目となる『地下にうごめく星』を3月26日に刊行。