現在はヨガインストラクターとして活躍するMAI

2001年にメジャーデビューし、TBS系ドラマ『キッズ・ウォー3 ~ざけんなよ~』の主題歌『secret base ~君がくれたもの~』を大ヒットさせたZONEを覚えているだろうか。解散から数年経った今、ベースのMAIKOがMAIとして再び芸能活動を始めた。

MAIは05年のZONE解散後、自身でバンドを結成するも解散。11年にZONEが3人で再結成されたが、ひとり減り、またひとり減り、最後はたったひとりのZONEとして13年に幕を閉じた。そして当時、組んでいたバンド・Jack&Queenも14年に解散し同時に芸能界から身を引いた。

そんな彼女が、今はヨガインストラクターとして活動、さらに今月22日の「有田哲平の夢なら醒めないで」(TBS系 23:56~)で復帰後、初のTV出演。当時のファンにとっては嬉しい一方だが、なぜ今、ヨガインストラクターとして復帰することになったのか。ZONE時代からこれまでを直撃した!

―今日はありがとうございます。めちゃくちゃキレイになられましたね。デビュー当時はまだ中学2年生で、そのイメージが残っているのも驚きですけど。

MAI ありがとうございます。昔は野暮ったいというか、童顔で子供っぽさが強かったと言われてたんですけど、もう31歳ですからちゃんとしてるはずです(笑)。結婚もしましたし。

―えっ、そうなんですか!? ちょっと、後でその話も聞かせていただきますが…。今日はデビュー当時から振り返っていただければと思います。「secret base」のイメージが強いZONEですが、元々はダンスボーカルグループだったんですよね?

MAI 最初にインディーズでデビューした時(1999年)はそうだったんですけど、メジャーデビューが決まって急に楽器を持つことになったんですよ。それこそ2曲目まではゴールデンボンバーさんみたいにエアバンド状態でしたけどね。

―それは皆さんの希望でバンド体制に?

MAI 全然(笑)。私たちはダンスが好きで、それでデビューすることがゴールだったのに、メジャーデビューが決まったら、なんで楽器を持たなきゃいけないんだ?って、子どもながらに反発心がありました。

―完全に大人の事情というか。それは納得できないですよね。

MAI でも、あの時、バンドになってよかったなって今はすごく思いますね。楽器をやっていくうちにそれぞれが大好きになって。ただ、もうホントに練習量はハンパなかったです。3ヵ月ごとにシングルをリリースしていたので、学校終わりはもちろん、土日は全くスタジオから出させてもらえず、練習してました。

―そして、ちゃんと演奏を始めた3曲目の「secret base」で早くも爆発的にヒットしたわけです。

MAI 最初は売れてなかったんですけど、「キッズウォー」のおかげですね。「この曲が売れなければ解散です」とも言われていて、私たちの勝負曲だったんです。だから「もう無理かもね」って話が出た何週間後に徐々に上がってきて。

―生活もガラッと変わったんじゃないですか?

MAI 学校にはなるべく行く約束だったんですよ。いつも先輩後輩がクラスに私を見にきていましたね。でも、そうするとクラスメイトたちがマネージャーみたいに守ってくれて、すごく団結力が生まれました(笑)。街でも変装とかしないし、普通にしていたのでバレていて、そこでも友達が守ってくれて本当によかったです。

―地元のスターですからバレますよね。

MAI そこまで自覚がなかったので、自分が売れてるっていう感覚は最後までなかったですね。それは普通にしてくれる友達がいて、学校にも通えて普通の時間を過ごせてたので、そう思えたんだなって今では思えます。ただ、同級生は皆、TVに出ていると笑ってましたけどね。私、学校でもすごくおとなしくて「あんなに素でいいの? (番組でも)喋んなくていいの?」って。後ろに隠れていたいタイプだから、番組でもトークはMIZUHOに任せてたので。

―他に頼りになる存在はいらっしゃったんですか?

MAI ファンの方やスタッフの方、みんなそうでしたけど、作詞・作曲してくれていた町田(紀彦)さんは先生みたいな存在でした。音楽のことを一番最初に教えてくれたのが町田さんで、歌詞や表現のことを勉強させてもらいました。

―町田さんといえば、ZONEの曲のほとんどを担当されていましたよね。

MAI そうです、ずっと私たちのことを見てくれていたんだと思います。私たちの心境に合わせて歌詞も書いてくれて、曲がプレゼントじゃないけど、嬉しかったです。特に『true blue』はそうなんだろうなと思って、沁(し)みましたね。誰よりもピュアで、常に何かを学んでいる人で、今でも尊敬しています。町田さんはZONEの一員だと思ってます。

すみません、記憶がないんです…

―『true blue』の話が出ましたが、それこそ「secret base」以降、それを超えなきゃというプレッシャーはなかったんですか?

MAI そういうのは私たち、全然なくて。数字を全く気にしなかったです。何枚売れようが関係ないって思ってたし、自分たちの想いを伝えたいって。「記録よりも記憶に残るアーティストにはなりたい」ってよく言ってたし、メンバー同士で話してたことですね。

ただ、『一雫』(02年7月リリース)の頃、私、辞めようと思ってました。たぶん、メンバー全員、私が最初に辞めると思っていたとも思います。結局、私が最後まで残って、ZONEの幕引きをしたんですけど…。私が辞めようと思っていた時は、耐え切れなくなったんですかね。失敗へのプレッシャーや忙しさで、心が追いつかなかったんだと思います、きっと。

―学校と両立しながら、忙しいスケジュールをこなしていたわけですもんね。

MAI 寝る時間もなくて移動が好きでした。飛行機に乗ったら2時間寝れるって…よくメンバーとも話してたんですよ、あまりにも忙しすぎてあの頃の記憶ないよねって。再結成した時にインタビューで誰ひとり答えられなくて「すみません、記憶がないんですよね」って言っていたくらいで。いまだに思い出せることが少ないんです。

―11年の再結成はファンの間で期待もされていましたね。「secret base」の歌詞にある「10年後の8月」に何かあるのでは?と。

MAI そうなんですけど、本当に偶然ですね。東日本大震災があって、その時は私とMIYUとTOMOKAの3人がまだ音楽をやっていたから何かできないかという気持ちで。それがたまたま「10年後の8月」だったんです。私たちとしてはZONEというグループでまた何かしたいというより、恩返しと復興のふたつに動かされていましたね。

―最終的に残りのふたりがそれぞれ脱退して、最後はMAIさんひとりで解散することになりましたけど、真っ先にどんなことを感じていたんですか?

MAI これ以上、減っているZONEを見せたくないという気持ちが正直ありました。好きなアーティストがいるとハッピーなことも増えるじゃないですか。なのに、ZONEは最初にTAKAYOちゃんが脱退して、MIZUHOの脱退で解散して、再結成してもまた脱退して…。せっかくずっと応援してくれてる皆さんに悲しい思いをたくさんさせてしまったって、すっごい後悔してます。

今、ヨガにファンの方がたまに習いに来てくれて、そういう話もちょっとはするんですよ。今の私にはヨガで返すことしかできないけど、その心の傷を少しでも癒やせることができたらいいなって思ってます。

★後編⇒元ZONEのMAIKOがヨガのインストラクターに! 生き方が変わって…「2年前に幼馴染みたいな男性と結婚できました(笑)」

(取材・文/鯨井隆正 撮影/山口康仁)

■MAI1986年7月24日生まれ。北海道出身。98年にZONEを結成、2001年にメジャーデビュー。2年前からヨガインストラクターとして札幌市内で活動。18年からはタレントとして復帰。詳しくは公式Twitter【@Mai_yoga_724】、公式インスタグラム【@Mai_yoga_724】にて