テアトル新宿ほかにて全国公開中の映画『菊とギロチン』。関東大震災後の日本を舞台に、実在した政治結社「ギロチン社」と実際に興行していた女相撲一座の交流を描いた瀬々敬久監督による群像劇だ。
本作で女性力士・花菊ともよを熱演したのが、映画初主演となる木竜麻生(まい)。今秋公開予定の映画『鈴木家の嘘』(監督:野尻克己)でもヒロイン役を務めるなど、映画界が注目する期待の新星だ。300人のオーディション参加者から花菊役を射止めたミューズが、文字どおり"体当たり"で挑んだ大作の舞台裏を語ってくれた!
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―あらためて、映画『菊とギロチン』とはどういった作品なのでしょうか。
木竜 大正時代の日本を舞台に、女相撲力士・花菊ともよが所属する一座「玉岩興行」と、東出昌大さんや寛 一 郎さんたちが演じたアナキスト(無政府主義者)たちの結社「ギロチン社」、この両者を軸に描かれた作品です。
―「女相撲」と「政治結社」という、目的や思想、性別にいたるまで何もかも異なる集団が交差することにより、物語が躍動感を持って展開していきますよね。
木竜 花菊は嫁ぎ先で夫からの暴力を受けていたんですが、あるとき偶然目にした女相撲に引かれ「私もこんなふうに強くなりたい」と思い、家を飛び出し玉岩興行に加わるんです。一方でギロチン社の人たちも、「古い体制を壊し、理想の社会をつくる」という夢を実現するため、時に非合法な手段をとりながらも活動していて、女相撲とギロチン社は一見別々なようではあるけれど、「自由」とか「自分や社会を変えたい」という、根っこに持ってる思いは共通していると思います。本人たちすらも無自覚のうちに、同じ目標に向かっていく若者たちが織りなす化学反応。それが、この作品の見どころだと思います。
―木竜さんは映画初主演にして、女性力士という難しい役に挑戦されています。
木竜 相撲経験なんてもちろんないので、クランクイン前の2ヵ月半は、力士役のみんなでひたすら相撲の稽古。すり足から四股の踏み方、ぶつかり稽古、てっぽう(突っ張り)と、すべてゼロからのスタートでしたね。
特に難しかったのが「てっぽう」。指導していただいた日本大学相撲部の方に「てっぽうはできてないとすぐにわかるよ」と言われ、撮影中も空き時間を見つけてはてっぽうをやってたんです。隣室の人には迷惑だったと思いますが、家に帰っても壁に向かって突っ張りを繰り出す毎日でした(笑)。
―体づくりなども含めて、苦労が多かったと思いますが。
木竜 いえ、ご飯を我慢する必要がなかったのでその点はよかったです(笑)。たとえ深夜でも、おなかがすいたら(増量のために)どんどん白ご飯を食べていたし。
それに、稽古は確かにしんどかったのですが、力士役のみんなとクランクイン前に濃密で長い時間を過ごすことができて、お互いの距離感を縮められたのもよかったと思います。「2ヵ月半稽古をやってクランクイン」なんて、普通の映画撮影だとできない経験ですしね。オフの日に、近所の公園でみんなで四股踏んだりもしたんですよ。
苦労といえば、撮影中はヘアメイクさんが力士役13人分の髷(まげ)を結わないといけないのに加え、屋外での撮影が多かったので朝がとにかく早かった。過酷なスケジュールのなか、初主演でいっぱいいっぱいになっていたので、正直撮影期間中の記憶が曖昧です。毎日その日のことを考えるのに全力投球で、明日のことなんて考えられなかったですね。
―劇中、迫力の取組シーンにはその成果が出ていると思います。
木竜 そう言っていただけるとうれしいですね、すり足の練習で足の皮むけちゃったかいがありました(笑)。今まで相撲にそれほど興味はなかったのですが、この作品を通して、大相撲の力士の人ってあらためてすごいんだなって実感しました。まわしがあんなに硬くて動きづらいものだとか、鬢(びん)づけ油をつけているときは洗髪できないこととかも初めて知りましたし。
そういった苦労をちょっとでも知れたからこそ、今では街で力士の方を見かけると、無条件に「カッコいい!」ってときめいちゃいますね(笑)
―一方で、ギロチン社が掲げるアナキズムという思想についても、木竜さんの年代の方にとってはなじみの薄いものですよね。
木竜 瀬々敬久監督からは、クランクイン前に「舞台は大正時代だけど、必要以上に時代の空気感をなぞらなくていい」って言われたんです。現代の若者である私や寛 一 郎くんの目をそのまま通した、リアルな空気感こそが重要だと。
そもそも、玉岩興行の女性力士たちだって、政治結社であるギロチン社の若者がどのような政治思想を持っているのか、具体的にどんな行動をしているのか、ほとんど知らなかったと思うんですよね。それでも行動を共にしたのは、根底に流れる「自由への渇望」という熱を感じ取ったから。ですから、歴史的な知識に頼るというよりも、目の前の相手をひとりの人間として対峙することに意識を置くよう心がけていました。
―お話ししていただいているなか恐縮ですが......木竜さんって声がめちゃくちゃ個性的でかわいいですね!? 文からお伝えできないのが残念でなりません。
木竜 えっ......変、じゃないですか(笑)? 昔から、声やしゃべり方が変わってるねって言われて、実はちょっとコンプレックスだった時期もあったんです。でも、役者をさせていただくようになって、人と違うところこそが"武器"になるんだなって思えるようになりました。
―その点、相撲と似てますよね。重量別階級のない無差別級格闘技だからこそ、一見欠点に見える個性が武器になることがある。
木竜 通じる部分はあると思います。指導していただいた日大相撲部の部長の方は、160cmの私より小さいんですが、体幹がしっかりしていて体の軸がまったくブレない。「相撲は体格が大きいほうが有利なのかな」と漠然と思っていたのですが、必ずしもそうじゃないんだなって考えさせられました。
―憲法改正が議論され、また女性土俵問題が取り沙汰される今、公開されるというのも非常にタイムリーだと感じました。
木竜 本作は瀬々監督が30年も構想を練られたらしいのですが、東日本大震災が起こったことで、作品でも関東大震災についてクローズアップするよう脚本を変えたとおっしゃっていました。そういう意味でも、今の空気感と通じるものが確かにあると思います。
『菊とギロチン』は一見社会派の作品に見えるかもしれませんが、実は今とよく似た時代を生きた若者たちの青春群像劇なんです。女相撲の一座に琉球や朝鮮出身の人がいて多様性にあふれているのも、今の社会の縮図といえますよね。
―さまざまなバックグラウンドを持つ一座が、ジャンベの音色をバックにアフリカンダンスを踊るシーンが"多様性"を象徴していると感じました。
木竜 あの場面は大好きです! 「海の向こうに楽園があり、それが革命につながる」という「南方志向」が盛り込まれたワンシーンなんです。私もプライベートでぜひ海外に行ってみたいです。映画のプロモーションで地方に行くだけですごくわくわくするんですよ、こんな私が海外に行ったらテンションがおかしくなっちいますね(笑)
―次回作の公開も控えていますし、今後は映画祭などで海外に行かれる機会が増えるかもしれませんね。
木竜 最近、お仕事でいろんな方と触れ合う機会が多いんです。役者の先輩やスタッフさんに、「この前、映画祭でこんな国に行ったよ」「最近お仕事でこういう本読んだよ」っていう話を聞くことで、「今まで知らなかったモノ」に対する興味ががぜん湧いてきました。今回の相撲だってそう、海外旅行もそうですし、"好き"の範囲がすごく広がってきた気がします。
―最近、特に"好き"になったものはありますか?
木竜 カメラですね。知り合いの写真家の方がフィルムカメラを使っているのを見て、シャッターを切ったりフィルムを巻く音がすてきだなって思って。散歩しながら目についたものをカメラで撮って、喫茶店でのんびり詩集を読む。こういう時間をすごしていると「めちゃくちゃぜいたくしてるな~」ってしみじみします。
―フィルムカメラとはまた渋いですね! 機種は何を使ってらっしゃるんですか?
木竜 京セラのSlim Tです。スマホで撮るのとは違って、現像するまで時間がかかるのもいいですよね。写真そのものにも温かみがあるし、感光して半分写ってなかったりするのも味があるんです。
―最後に、『週プレNEWS』読者に向けてメッセージをお願いします。
木竜 『菊とギロチン』は、スクリーンから現場の空気感がにじみ出てくるような、熱い熱い作品になっていると思います。力士たちに代表される"強い女性"が描かれている一方で、寛 一 郎くんみたいにちょっとなよなよした男のコも出てきますが(笑)、全員ががむしゃらにひた走る姿は見る人みんなの胸を打つと思う。読者の皆さん、特に私ぐらいの世代に"刺さる"青春映画なので、ぜひ劇場に来てください!
■木竜麻生(KIRYU MAI)
1994年7月1日生まれ、新潟県出身。身長160cm B83 W60 H85。2014年『まほろ駅前狂騒曲』で映画デビュー。11月公開予定の映画『鈴木家の嘘』ではヒロインを務める。『木竜麻生写真集 Mai』(撮影:藤井保)がリトルモアより発売中。公式Instagram【@kiryu_mai】
■映画『菊とギロチン』はテアトル新宿ほかにて全国順次公開中、詳細は公式サイトをチェック!