7月15日、東京・歌舞伎町「週プレ酒場」にて、写真家・伊藤大輔氏、TBS『クレイジージャニー』などで演出、ディレクターを手掛ける横井雄一郎氏によるトークイベントが開催された。
ブラジル・リオデジャネイロのファベーラ(スラム街)に約10年在住し、現地のリアルな息遣いを写真集や個展で発信する伊藤氏。彼の名を一躍世に知らしめたのが、エッジの利いた企画の数々でコアなファンを持つバラエティ番組『クレイジージャーニー』(TBS系)だ。イベントでは同番組で演出を務めた横井氏が登壇し、スラム街の日常から番組の裏側まで濃厚トークを繰り広げた!
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―自らも裸になってアフリカの少数民族を撮影するヨシダナギさんや、マフィアの巣窟に潜入する丸山ゴンザレスさんなど、個性的すぎる"ジャーニー(旅人)"をピックアップしてきた『クレイジージャーニー』。そのなかでも、ファベーラに住む写真家・伊藤大輔さんの放送回は反響が大きかったそうですね。
伊藤 横井さんから「何か撮ろうと思っているものとかありますか?」って話があって、前々から一度ギャングは撮りたいと思っていたから、いい機会だなと思ってやってみたんだ。
横井 ファベーラに住んで活動している日本人写真家なんていないですからね。ぜひ番組に出ていただきたいと思ってメールで連絡を取ったら、想像以上に個性的で確固たるポリシーを持った..."オラオラ"な方で(笑)。非常に"濃い"方だから、そのままの魅力をお届けしようと考えました。
―ギャングを撮影するという危険極まりないロケを、どうやって敢行したのでしょうか?
伊藤 どうやってもクソもないよ(笑)。番組ではギャングのヤツらも顔隠してたけど、オレは住んでるから普段彼らの素顔見てるからね。本人たちと話して、知り合いのつてで撮影させてくれって頼んで、あとは撮るだけよ。実際に会ってコミュニケーションとることが大事なの。大したことじゃねえよ。
横井 伊藤さんは簡単に言いますけど、僕らはギャングの知り合いなんていないので全部伊藤さん頼みでした(笑)。『クレイジージャーニー』は基本的に、カメラマンを兼ねたディレクターひとりだけが現地に飛んでジャーニーに密着するんですが、ある日、伊藤さんの密着に行っている担当ディレクターから国際電話がかかってきまして。「すみません、今日2分しかカメラ回せませんでした」って謝るから、「どうしたんだ?」って聞いたところ「銃を突きつけられてまして...」って言うんですよ。さすがに「いや、それは仕方ないよ」としか言えない(笑)。伊藤さんの放送回は『クレイジージャーニー』でも屈指の緊張感に満ちていると思います。
伊藤 でもあのディレクターのコね、肝心なところ撮り逃したんすよ! ギャングのヤツらを前に、俺が「もっと右行って!」「そこでじっとしてて」って立ち位置指示してるシーンで、カメラを別の所に向けてやがんの(笑)。ほかにもさ、ファベーラで財布を落としたりしてね。
横井 彼は少しのんびりしたところがあるんですよ。財布をなくしたことに気づいて慌てて拾いに戻ったら、財布の中身全部取られてたんですよね。
伊藤 そうだよ。「ボケっとしてんじゃねえよ!」「ビビってんじゃねえ! オレがいるから大丈夫に決まってんだろ!」って何回も言ったよ、あの野郎(笑)。でもまあ、無事オンエアまでこぎつけたってことは、アイツとオレの相性が案外よかったのかもな。以前取材に来た、某有名ドキュメンタリー番組のスタッフとはケンカ別れしちゃったし。
―『クレイジージャーニー』ではロケのVTRが流れた後、伊藤さんもスタジオでMCの3人と収録に臨みましたよね。
横井 伊藤さんがすごいのは、この"オラオラ感"が、松本人志さんや設楽統さん、小池栄子さんらMCを前にしてもまったく変わらないこと。自分の世界を突き詰めているから、芸能人としゃべるぐらいじゃ動じないんだなってすごく印象的でした。伊藤さんがこの調子でグイグイいくから、松本さんたちが少しひるんでたぐらい(笑)。
伊藤 オレは芸能人じゃねえし、どんな場であろうとなるべく素の状態で話したいわけよ。松本さんとかプロだからさ、収録が始まるとスイッチ切り替えられるじゃん? オレはテレビに関しちゃ素人だし、そんな芸当できないから、やれることといったら自分をさらけ出すぐらいしかないよね。
―ファベーラにはどのぐらい住まれていたんですか?
伊藤 10年ぐらいかな。ファベーラの写真を撮りたいとはずっと思ってたんだけど、旅行者目線で本当にいい作品なんて撮れないよね。だから実際に住んでみたんだよ。最近帰国して今神奈川に住んでんだけど、日本は電気代の手続きで書類書いたり大変だよね!
ファベーラにいたときは全部"ペーパーレス"だから(笑)。公共料金の手続きなんてしたことないから。
―えっ、電気はどうされてたんですか?
伊藤 ファベーラの友達が、「あそこの電線とこっちの電線を直接結んじゃえば電気使えるよ」って教えてくれてさ。ガスはプロパンでね。オレの家は丘の上のほうにあったんだけど、ブラジル人の兄ちゃんが運んでくれる。ブラジル人はすごいよ、すごく急な坂をガスボンベでもコンクリートでも担いで運んじゃうからね。ファベーラは坂道が多いのに家の造りが荒いから、室内の階段がすごく急なんだ。そういう大雑把なところも"ホマンチコ"だけどね。
―ホマンチコ。伊藤さんの写真集のタイトル(『ROMÂNTICO』)にもなっている、ポルトガル語で「ロマンティック」「劇的」という意味の言葉ですよね。
伊藤 写真集『ROMÂNTICO』は、去年クラウドファンディングで資金を集めて、メキシコ、キューバ、ブラジルで撮った写真をまとめた作った作品。1章ではメキシコシティの娼婦、2章ではキューバのボクサー、3章でファベーラを撮ってる。
―写真集の見どころはどこでしょう。
伊藤 俺のやってきたことのすべてが詰まってるから、それぞれ感じてくれたらいい。って言うと投げやりだけど――1章では、毎晩23時にタクシーの運転手に宿まで来てもらって、一緒にメキシコシティを徘徊(はいかい)しながら撮ったんだ。娼婦のみんなを中心に撮ったんだけど、彼女たちは過酷な環境で生きてるいながら、元気でたくましい。お金なんてないのに精いっぱい楽しもうとしている、そういう姿勢に引かれるよね。
―2章では、キューバのボクシングジムを撮影されています。
伊藤 オレは学生時代、野球をやっていたこともあって、アスリートは常々撮りたいと思ってたんだよ。それに、汗に濡れて光ってる黒人の肌って、純粋に絵としていいよね。3章で撮ったファベーラは、「ホシーニャ」っていう15万人ぐらいが住んでる中南米最大のスラム街なんだよ。
―伊藤さんはこう見えて、文化庁から新進芸術家海外留学制度研修員に選ばれてるんですよね。毎年写真家は1名程度しか枠がないといわれている難関です。
伊藤 そう。"ペーパーレス"でやってきた身としては、履歴書や申請書なんかのペーパーだらけで大変だったよ。面接に行ったら、偉い人たちが10人ぐらい横一列..."ヨコイチ"で並んでるの。
横井 えっ、申請が通ったんですか(笑)!?
伊藤 オレもお金なかったから、ヨコイチの偉いさんをを端から端まで見渡して必死でお願いした。面接なんかもほとんどしたことないから緊張したけどね。横井さんもTBSの就職試験で面接受けたんでしょ? ああいうのって、どういうツラして行くんすか?
横井 そりゃあもう、ヨコイチ相手に空気を読んだ受け答えをして...って感じですね(笑)。
―ファベーラでの10年を終えて帰国された伊藤さんですが、今後の活動は考えてらっしゃるのでしょうか?
伊藤 日本を撮りたいとは強く思ってる。具体的なテーマは考えてないけど、"ホマンチコ"なものって日本にもあるんじゃないかな。ファベーラから帰ってくると、日本にもいろいろと新しい発見あるよ。
例えば、この間娘の通ってる小学校の盆踊り大会があったんだ。ゆるい雰囲気でそれはそれで悪くないんだけど、ブラジルのサンバに慣れ親しんだオレとしては、「おっちょこちょいのちょい」みたいなリズムに違和感があったりする。別にディープなスポットとか危険地帯ばかりを撮りたいわけじゃなくて、そういう文化の違いを見つけるのも面白いよね。
横井 ファベーラで過ごされてきた伊藤さんが、日本のどういったところを撮られるかというのは非常に興味があります。
伊藤 写真には技術だけじゃなくて心意気が必要だし、写真家は本当に自分が好きな世界しか撮れないと思う。中南米での活動は『ROMÂNTICO』で作品としてまとめることができたから、次は新しい環境で別の"ホマンチコ"を見つけたいよね。"ホマンチコ"って響きもいいしさ、日本で流行らないかな(笑)。
●写真集『ROMÂNTICO』
■伊藤大輔(いとう・だいすけ)
1976年生まれ、宮城県仙台市出身。明治大学卒業後、スペイン・バルセロナのIDEPにて2年間写真を学ぶ。その後中南米に渡り、ブラジル・リオデジャネイロのファベーラ(スラム街)にて活動を開始し写真家となる。伊藤大輔公式サイトはこちら
■横井雄一郎(よこい・ゆういちろう)
1981年6月6日生まれ、神奈川県出身。TBSディレクター。『学校へ行こう!MAX』『リンカーン』を経て、自身が企画したバラエティ番組『クレイジージャーニー』では演出を担当。Twitter【@yokoi_10】