『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、多くの有名バンドに影響を与えたというアメリカのカルト的バンドについて熱く語ってくれた。
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今回は、"ロック史上最も不運"とまでいわれるカルト的なバンドをご紹介します。そのバンドの名はビッグ・スター。この名前を検索すると、今では同名の韓流グループの名前が出てきてしまうところも不運です(苦笑)。
ビッグ・スターは1971年に結成され、3枚のアルバムを残し、75年に一度解散しました。この時代の彼らの音楽に影響を受けたというバンドは、枚挙にいとまがありません。
有名なところではR.E.M.やティーンエイジ・ファンクラブ、エリオット・スミス、ウィーザーなどが彼らの影響を公言しています。パワーポップの元祖ともいわれている上、2000年代のオルタナロックの多くも、「まんまビッグ・スターじゃん!」というバンドをたくさん耳にしました。
私自身、中学生の頃に自分が気に入ったアーティストに影響を与えたアーティストをどんどんさかのぼって聴いていたところ、いつもこのビッグ・スターに行き当たりました。ちなみに、私の父はテネシー州の出身なんですが、同じテネシー州のメンフィスのバンドだったことにも興味を惹(ひ)かれました。
彼らがファーストアルバムを出した際には、批評家たちから「今世紀最高のアルバム」といわれるほど絶賛されました。しかし、当時のレーベルはプロモーションをほとんど行なわず、物流もうまくできなかったのでほとんどお店にレコードが置かれませんでした。
続くセカンドアルバムも同様の事態になり、サードアルバムに至ってはレーベルのごたごたで数年間お蔵入りになる憂き目に。その間にバンドは解散してしまいます。
こうした経緯から"ロック史上最も不運"とまで言われるようになりましたが、前述のようにその影響は計り知れません。
かつてブライアン・イーノは「ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムを買った人間は少なかったが、そいつらは全員バンドをやっただろう」と言いましたが、そのヴェルヴェッツよりはるかに売れず、はるかに濃く影響を与えたカルトなバンドがビッグ・スターだと思います。
そのサウンドは、60年代ブリティッシュ・ロックに対するアメリカン・ロックの回答ともいわれました。初期ビートルズやザ・フー、ザ・キンクスの音楽性を受け継ぎながら、ザ・バーズのようなギターサウンドが展開されます。キャッチーながら、枯れた味わいと切なさ、温かさとみずみずしさを併せ持ったような不思議な魅力があります。
しかし、60年代のビートルズやキンクスをベースにしたサウンドは、当時としてはちょっと古く感じられたようです。逆に、その中に内包されていたパワーポップ的なエモさは、少し早すぎたのかもしれません。確かに時代には合っていなかったので、不運でなくても玄人受け止まりだったかもしれません。
しかし、このバンドの中心人物であるアレックス・チルトンのカッコいいところは、売れなくても自分の音楽を信じて貫いたこと。
音も歌詞もセンスの塊だった彼が、唯一センスを発揮できなかったところ......。それは、バンドのサウンドに似つかわしくないビッグ・スターという名前をつけてしまったことかもしれません(苦笑)。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。現在、モデルとして活動するほか、J‐WAVE『TRUME TIME AND TIDE』(毎週土曜21:00~)、MBSラジオ『市川紗椰のKYOTO NOTE』(毎週日曜17:10~)などにレギュラー出演中。数年前に出たビッグ・スターのアルバムのリマスター版の音質がひどく、そういうところも不運だと思った