本日、10月12日(金)より全国公開の映画『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!(以下、音タコ)』。初タッグとなる阿部サダヲを主演に、吉岡里帆をヒロインに据え、世界的カリスマロックスターと"声が小さすぎる"ストリートミュージシャンが巻き起こす騒動を描くハイテンション・ロック・コメディだ。

本作でメガホンを取ったのは、『インスタント沼』『亀は意外と速く泳ぐ』などでヒューマンコメディの新境地を切り開いてきた三木聡。同氏5年ぶりの長編となる本作には、麻生久美子、ふせえり、松尾スズキといったおなじみ"三木ファミリー"はもちろん、HYDE、いしわたり淳治(元スーパーカー)といった邦楽界の重鎮も参加し、コメディ作品としてだけでなくロック映画としての魅力も十二分に兼ね備えた意欲作となっている。

そこで今回、三木監督にキャスティングのポイントや音楽へのこだわりまで、本作にかける思いを聞いた!

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――本作品は公開に先駆け、第22回ファンタジア国際映画祭(2018年7月、カナダ・モントリオール)にてワールドプレミアが行なわれたそうですね。

三木 日本では「映画鑑賞」っていうと「静かに、おとなしく見る」モノだと思われがちだけど、外国のお客さんはリアクションが大きくて見ていて面白いんですよ。声を上げて笑ったり泣いたりするのはもちろん、その場で内容に突っ込みを入れていたりね。ファンタジア映画祭は(過去の監督作)『転々』『俺俺』も上映させてもらったんだけど、今回も非常に楽しい上映になりました。

――本作の主人公は、「声帯ドーピング」を行なって"驚異の歌声"を手に入れた世界的ロックスター・シン(阿部サダヲ)、そしてプロを目指すストリートミュージシャンなのに、"声が小さすぎる"という致命的弱点を持つ明日葉ふうか(吉岡里帆)。対照的なキャラクターの掛け合わせはどのようにして生まれたのでしょうか。

三木 直接的なアイデアは、「ロックミュージシャンは大声で歌っていて恥ずかしくないのかな?」という素朴な疑問と、ベン・ジョンソン(*1988年ソウル五輪で、ドーピング違反が発覚し金メダルを剥奪された陸上選手)が結びついて生まれました(笑)。でも、制作そのものは難産でね。構想は8年前からあったんだけど。

――なぜ、実現までにそれほど時間を要したのでしょう?

三木 一番大きかったのは、「これ!」っていう主役候補が見つからなかったこと。今回主演の阿部サダヲくんと吉岡里帆っていうキャストが得られるまでずいぶん時間がかかりました。キャスティングって、その時々のタイミングもありますからね。

――「グループ魂」などで活躍されている阿部サダヲさんは、型破りなロックスター役としてこれ以上ないハマり役ですね。

三木 『音タコ』のインタビューを受けると、必ず「阿部さんをキャスティングされた理由は?」って聞かれるんだけど、逆に「じゃあ、ほかに誰がやれるの?」って聞きたいよね(笑)。阿部くんに断られたらこの映画は撮れない、といってもいいぐらいのキーパーソン。全世界......とまでは言わないけど、環太平洋中探し回ってもシン役がやれる役者はほかにいないでしょ。だって声帯に注射打ってドーピングするロックスターですからね。

監督をもってして「環太平洋でも阿部サダヲしかいない」というほどのハマり役・シンを演じた阿部サダヲ

――一方、本格的な音楽経験のない吉岡里帆さんの起用はかなり思い切ったキャスティングだと感じました。

三木 ほかの監督さんもそうだと思うんですが、映画監督って「この役者に、ふだん絶対しないようなことをさせたい」って思うものなんですよ。伊勢谷友介が困った顔してたら面白いんじゃないか(『図鑑に載ってない虫』)、絶叫する麻生久美子なんて誰も見たことないんじゃないか(『インスタント沼』)......みたいなね。

だから、吉岡里帆を最初に見たときも「彼女が泥だらけになって、いろんな人に振り回されてめちゃくちゃになったら面白いんじゃないか」って思ったわけ。ドS心を刺激されたっていうのかな(笑)。もちろんそれだけじゃないけど、「ピンとくるモノ」があったっていうのは確かですね。

吉岡里帆が演じる明日葉ふうか

――吉岡さんのどこに光るものがあったのでしょう?

三木 僕は、役者には2タイプあると考えていて、ひとつが「コンプレックスを隠すために、日常的に別のキャラクターを演じているタイプ」。例えば「いじめられないように、明るいキャラを演じている」という人がこういうタイプで、生活のなかで自然に"芝居の訓練"を受けているともいえる。そしてもうひとつが、「想像力を駆使して別のキャラクターを演じるタイプ」。

吉岡は完全に後者で、その想像力に魅せられたっていうところがキャスティングの決め手になりましたね。だって"声が小さすぎるストリートミュージシャン"みたいな前例がない役って、想像力がないとできないでしょ(笑)。

――本作品には、松尾スズキさん、ふせえりさんといった三木作品常連組も登場しています。そのなかで、吉岡さんが三木作品初登場とは思えないぐらい"なじんで"いたのも印象的でした。

三木 いわゆる常連組は、ジャズバンドでいうとリズム隊みたいなモノ。松尾さんがベース、ふせがドラムでグルーヴを生み出し、音楽の方向性を決める。そこに阿部くんと吉岡っていうトランペッターとギタリスト="上モノ"が入ってくる、というイメージですね。

逆にいうと、グルーヴを担当するリズム隊=常連組がしっかりしているからこそ、ソロパートの自由なプレイが生きてくる。

――三木作品に共通する、確固たるグルーヴがあるからこそ、阿部さんや吉岡さんがいっそう輝きを増すというわけですね。

三木 劇中、レコード会社のオーディションに「聖飢魔IIを歌うおばあちゃんふたり組」が出場する場面なんか象徴的ですよね。場違いな人が場違いなことをやっているんだけど、そこは(レコード会社社長役の)岩松(了)さんがビシッとリズムを刻んでいるからギャグとして成立するわけで。

でも実は、リズム隊と接するほうが緊張するんだけどね。顔なじみだからこそ「面白いことを提示できているか」「今回のギャグは面白いと思ってくれているか」って不安になる。"慣れている"っていうのと"なれ合い"は違いますから。「三木はどうくる?」「松尾さんはどうくる?」っていう互いの勝負感がグルーヴをつくるっていうのも、ジャズのセッションに似ていますね。

――監督は常々、笑いに対して「間」や「ライブ感」を重視されています。今回作品のテーマとなる「音楽」も、そういった意味では共通する部分があるのではないのでしょうか。

三木 そうですね。僕は本を書くとき、もちろん台詞の"意味"はもちろんだけど、トーン......"音"を重視するんです。どれだけバカバカしい音にたどりつけているか、っていうのをね。言葉のリズムやメロディを重視して笑いをつくっていくっていう意味では、僕の作品は音楽と共通するところがあると思います。

僕も『イカ天(三宅裕司のいかすバンド天国)』がはやる前、学生時代にはバンドを組んでミュージシャンを目指していたからね。だからいまだにミュージシャンへの憧れはあるし、カッコいい人たちだなって常々思いますね。

――『音タコ』にミュージシャンが多数キャスティングされているのも、そういったリスペクトからくるものなのでしょうか?

三木 「役者が演じるミュージシャン」と「本物のミュージシャン」って、当たり前だけどたたずまいから何から何まで違う。もちろん双方に別のよさはあるんだけど、今回は本格的なライブシーンもあるし、EX MACHiNA(シンの所属するバンド)のメンバーは絶対にミュージシャンにやってほしかった。

その結果、PABLO、KenKen、SATOKO(FUZZY CONTROLほか)っていうそうそうたる面子が集結しちゃって(笑)。そんなバンドのフロントマンを張れるのは、やっぱり阿部くんしかいないですよね。

――そんなモンスターバンド「EX MACHiNA」の楽曲『人類滅亡の歓び』は作詞がHYDEさん、作曲がいしわたり淳治さんと、こちらもビッグネームが手がけています。

三木 HYDEさんにはアホのふりして(笑)作曲を頼みに行ったんだけど、快くOKしてくれて。最初の打ち合わせの際、「どのぐらいのポピュラリティの線に落とし込みますか?」って聞かれたんです。つまり、ゴリゴリのゴシックメタルにすると「世界的に人気」という側面が嘘っぽくなっちゃうし、逆にあまりにもポピュラリティ(大衆性)に寄せてもカリスマ性が感じられない。

つまり、HYDEさんはそこまで判断して「ちょうどいいラインに着地させたほうがいいですよね」って言ったんです。こちらのやりたいことを瞬時に見抜き、理論的に自分の才能をコントロールできている。本当にすごいミュージシャンですよ。

ふうかの楽曲でいえば、安部(勇磨)くん(never young beach)の『夏風邪が治らなくて』っていうのもすごいよね。路上ライブやっているのに声が小さすぎるっていうふうかのキャラクターにぴったりで、よく「あの歌詞、監督が書いたんですか?」って言われるよ。そういうふうに、ミュージシャンが持っている読解力やイメージの膨らませ方が的確で、映画にカチッとはまったのは本当に幸運でしたね。

――主題歌にもなっている、ふうかの『体の芯からまだ燃えているんだ』は気鋭アーティストのあいみょんさんが手がけられています。

三木 コンプレックスだらけのふうかが次第に自信をつけ、自分の"声"を獲得しシンガーとして成長していくっていう過程があいみょんさんと似ていたんですね。これは偶然ですが、映画と現実の相似形っていうところからイメージが膨らんだのはラッキーでした。といってもキャスティング当時はあいみょんさんがブレイクする前だったので、プロデューサーは周囲を説得するのに大変だったと思いますが(笑)。でもそれぐらい強い輝きを当時から彼女は持っていましたね。

――監督は音楽だけではなく、バイクにも造詣が深いと伺いました。劇中にもバイクや原付きで疾走するシーンが登場します。

三木 僕自身オートバイに乗るから、ほかの映画のバイクシーンが気になっちゃうんだよね。「なんで暴走族なのに、オフロードのバイク乗ってるんだ。GT380じゃねぇのか!」みたいな(笑)。その点『イージー・ライダー』はディテールも凝られていて素晴らしい。

『爆裂都市 BURST CITY』とか『さらば青春の光』とか見ればわかると思うけど、昔からロックとバイクって相性がいいんですよ。そういう意味でも、ロックの象徴としてバイクのシーンは入れたかったかな。終盤のバイクシーンは何回もリテイクしたしね。

何回もリテイクしたという終盤のバイクシーン

――なんでもウィキペディアで調べようとする現代の若者・ふうかを、シンが「ロック向いてねえよ!」と叱責するシーンが印象的でした。本作は、熱いロックの精神の対局に位置する昨今の無気力な若者に向けてのメッセージが多分に含まれているように感じられますが。

三木 いやいや、そんなことは考えてないよ。確かに、最近は「どう受け止められるか」「SNSでどうつぶやかれるか」って、受け手のリアクションばかりを気にした作品が多い気がする。でも『音タコ』はどう受け止められるか、どう受け止めてほしいかを考えて作った作品じゃないし、たまにはそんな自由な映画があってもいいよね。

そもそも、「これを買ったらこんなときに役に立つ」「これを使えばこういうことができる」って"結果"がわかっているものは、工業製品とか違う産業に任せればよくって、どう受け止められるかわからないところが映画の面白さ。だから、劇場に足を運んでもらった人には思いっきり自由に見てもらいたいですね。

――確かに内容自体が始終型破りですし、構えて観賞する映画ではないですよね。

三木 構えるどころか、映画館で怒ったり叫んだりしてくれていいんです。「後で劇場出てからつぶやいておこう」なんて思わず、いいなと思ったシーンでは「わーっ」て歓声を上げていい。そうじゃないと何考えてんのか全然わからないから(笑)。

■三木 聡(MIKI SATOSHI)
1961年生まれ、神奈川県横浜市出身。大学在学中から放送作家として活躍し、『タモリ倶楽部』『トリビアの泉』などのバラエティ、テレビドラマ『時効警察』『熱海の捜査官』など数々のテレビ番組に携わる。89年から2000年まで「シティボーイズ」のライブの作・演出。05年『イン・ザ・プール』で長編映画監督としてデビューし、以降『インスタント沼』『ダメジン』『亀は意外と速く泳ぐ』『図鑑に載ってない虫』『転々』『俺俺』などで監督を務める。