『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。音楽配信サービスが主流となった昨今、音楽好きの彼女があらためて感じた「アルバム」の魅力とは――?
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iTunesや音楽配信サービスの普及によって、音楽の聴き方もずいぶん変わりましたね。好きな曲だけを購入したり、最新チャートの人気曲だけを流しっぱなしにしているという方も多いのではないでしょうか。そんな時代だからこそ、「アルバムっていいな」とあらためて思います。
シングルの寄せ集めではなく、トータルコンセプトで作られたアルバムには、シングルとはまた違う面白さがあります。そんなアルバムの中でも、最初から最後まで完璧な流れがあり、なおかつ捨て曲がひとつもないアルバム――。そんな"完璧アルバム"のひとつが、1977年にリリースされたフリートウッド・マックの『噂』です。
いまだにラジオなどで流されることが多いくらい有名な作品です。私も子供の頃からよく耳にしてはいたんですが、中学生の頃、ユーズドのCDショップでアルバムを買って初めて最初から最後まで聴きました。
すると、一曲も捨て曲がない上に、ある曲が次の曲への助走になっていたりする構成に本当に驚かされました。まさに大きな流れを体験しているような感覚で、一度再生したら最後の曲まで止められないんです。
さらに、アルバムを通して愛や憎しみ、温かさや厳しさなど人間の持つすべての感情が詰まっているような印象を受けたんですが、その理由を知ったのはずいぶん後になってからでした。実はこの『噂』を作っている当時、バンド内の人間関係はドロドロだったんです。
バンドの中心人物であるミック・フリートウッド以外の4人のメンバーは、それぞれカップルだったもののアルバム制作前に関係を解消。ミックも当時の妻と離婚したばかりでしたが、その前からバンド内のメンバーと浮気していました。そんなややこしい関係性が楽曲に反映されているんです。
例えば、スティーヴィー・ニックスが書いた『Dreams』の歌詞には、「あなたは自由が欲しいと言ったじゃない」という一文が出てきますが、その元彼のリンジー・バッキンガムは『Go Your Own Way』という曲で「君の好きにすればいいさ」と突き放します。お互いの立場から相手へのメッセージを歌っているんですね。
また、ビル・クリントンが大統領選挙のキャンペーンソングとして使用した『Don't Stop』は、「過去を振り返らず、明日のことを考えよう」という前向きなメッセージを持った曲。
しかし実は、クリスティン・マクヴィーが元夫のジョンに向けて書いた別れの曲なんです。クリスティンは、このアルバムの中で新しい恋人のことを歌った『You Make Loving Fun』という曲まで残しています。
そんな裏話を知った後に、本作中で唯一全員で作った曲『The Chain』を聴くと、「この鎖は決して切れない」という歌詞が心に染みます。私生活ではすでにバラバラだった5人が、それでも自分たちの鎖のような絆(きずな)を信じて作った壮絶な作品だからこそ、こんなに完璧なアルバムが生まれたんですね。
このアルバムは、ぜひ1曲目から最後まで通して聴いていただきたいです。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。現在、モデルとして活動するほか、J-WAVE『TRUME TIME AND TIDE』(毎週土曜21:00~)、MBSラジオ『市川紗椰のKYOTO NOTE』(毎週日曜17:10~)などにレギュラー出演中。『レッド・ツェッペリンⅣ』やデヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』も完璧アルバムだと思う