彼女たちが巨匠カメラマンの前で"脱ぎ捨てたもの"は、いったいなんだったのか――。
有名大学のミスコン出身者で結成された女子大生ユニット「キャンパスクイーン」の卒業生で、現在は女優として活動する、結城モエ、高尾美有、松井りなが昨年12月、篠山紀信が撮影したヌード写真集シリーズ『premiere(プルミエール)』を発売した。
3人はいずれも大学を卒業してまだ2、3年。女優として活動を始めたばかりの、まさに"これから"といえる女性たちだ。それにもかかわらず、篠山紀信という著名な写真家が、1人1冊ずつのソロ写真集に加え、さらに今年1月23日には、山梨県の清春芸術村を舞台にした『premiere ラリューシュの館』という3人がそろった作品の計4冊を撮り下ろした。しかも、この企画は篠山でも出版社でもなく、女性側から出たものだという。ほぼ無名の新人女優のヌードを篠山紀信が撮影したというだけでなく、その経緯まで異例の作品だ。
なぜ、彼女たちは篠山紀信にヌード写真集を撮ってほしいと思ったのか? 『ラリューシュの館』の発売を記念したインタビューで、3人に話を聞いた。
■初対面で「脱ぐ覚悟はある?」
――この写真集の発端は、松井さんだとうかがいました。
松井 そうですね。本当の一番最初の、いい意味での元凶は私です(笑)。これまで女優として役をもらって演じたり、モデルとして服をかわいく見せるという仕事をしてきたんですけど、自分という人間を表現することはしたことがなくて。
しかも、私たちの世代は芸能界で仕事をしていくことに対していろんな不安もある。だから、私ひとりじゃなくて、何とか突き抜けたいと思っている女のコたちと一緒に作品を出すことができたら面白いなって漠然とした気持ちがあったんです。それで事務所に、こういうことがやりたいと直談判しました。
――では、カメラマンに篠山さんを指名したのも松井さん?
松井 本当に失礼な話なんですけど、どうせだったらすごい人に撮ってもらいたいという気持ちだけで、「女優の写真集といえば」ということで篠山先生の名前を出しました。言うだけはタダだと思って(笑)。
――まさか本当に実現するとは?
松井 思ってなかったです。でも、それが篠山先生にお伝えしたところ、「面白いじゃないか」ってことで本当にやることになりました。
――篠山さんの名前を出したときからヌードになるつもりだった?
松井 ヌードになるかどうかは決めてなかったんですけど、篠山先生に撮ってほしいと言った以上、そういう覚悟は持っていましたね。
――松井さんの企画が実現すると聞いたとき、お二人はどう感じたんですか?
結城 意味がわからなかったんです、最初は。
――意味がわからなかった?
結城 だってそうじゃないですか。まだドラマに出たことだって2回しかないのに、こんな企画ができるなんて普通じゃあり得ない。自分のヌードが世の中に出て、形として残ることがどういうことなのかってことも実感が持てなかったですね。
高尾 私は篠山先生に撮っていただけるって聞いて、最初は「よし、やるぞ!」って思いました。でも、いざ先生のスタジオでテスト撮影をしたら、自分のすべてをさらけ出すことに女性としての怖さを感じてしまったんです。それからしばらくはずっと悩んでいました。
――最初に篠山さんに会ったときに、ひとりひとり、「脱ぐ覚悟はある?」と聞かれたそうですね。
松井 でも、そこはみんな「あります」って言わざるを得ないじゃないですか。私は「覚悟がなかったらここに来てないですから」くらいの気持ちで答えていたんですけど、2人は「はい」と言いつつも、迷いはあるだろうなと思っていましたね。
結城 私は「先生と1対1でヌードを撮る覚悟はあります」とは言ったんですけど、「それを表に出すかどうかは別です」という言い方をしました。
高尾 私はとりあえず「はい!」って言ってました(笑)。でも、実際にテスト撮影で自分のヌード写真を見たら、「これが本当に世に出るんだ......」と怖くなってきて。私には無理だと思ったこともありました。
でも、それを母親に相談したら、「あなたが女優という道を選んだときから、そういうものが世に出ることに抵抗はないよ」と言われたんです。それを聞いて、「なんで母親が覚悟を決めているのに、自分はそうじゃないんだ」と悔しくなって。一度きりの人生だから、やらないで後悔するよりはやったほうがいいと思って覚悟を決めました。
――結城さんは一度、篠山さんに断りに行ったとか。
結城 はい。でも、そのときに先生が言ったことが印象に残っていて。まず、ヌードであろうとなかろうと私が嫌だと思う写真は絶対に載せない。そのうえで、「あなたが絶対に世に出したいと思えるような写真を撮ってみせるから、やってみないか?」とおっしゃったんですね。
――それはなかなか言えることじゃないですね。
結城 私は正直、写真を自分の目で見るまで覚悟が決まってなかったんです。現場に行く前は、「これができないなんて表現者じゃない」「だったら私は表現者に向いてないのかもしれません」なんていう言い合いも先生としていたんです。そんな感じだったから、先生もいつか私が「辞める」と言い出すかもしれないと思っていたみたいで。でも、一流のスタイリストさんやメイクさんがいる現場に行って、完成した写真を見たときに、やっぱりすごいと思いました。
――篠山さんの言葉ではなく、作品で説得されたわけですね。
結城 やる前は「そんなことあり得ないでしょ」と思っていたことが、逆に「なんで自分はその程度のことで悩んでいたんだろう」という考えに完全に切り替わりました。裸がどうとか、いやらしさがどうとかいうことは、いかに素晴らしい作品を作るかってことを真剣に考えている人たちに対して、なんて稚拙な考えだったんだろうって。全部終わって、先生のオフィスに並んだ写真を見たとき、恐怖心はまったくなくなりましたね。
■篠山紀信は実はお茶目だった?
――みなさん篠山さんと綿密に打ち合わせを重ねたんですか?
高尾 先生が何度も何度も話し合いの場を設けてくださいました。しかも私を説得するというよりも、ひとりの人間として話を聞いてくださって。それで「あなたの人生は面白い」と言われたんです。私はビールの売り子をやってきたんですよ。そのせいで太ももとか普通の女のコよりいかついんですね。
それは自分の短所だと思っていたんですけど、先生が「それが今まで生きてきたあなたのカラダでしょ? そこがいいの」と言ってくださって。そんなこと言われたことなくて、うれしかったですね。心と心で向き合ってくださったことで、次第に自分の中に「やってみようかな」って気持ちが生まれました。
――葛藤を乗り越えて、あらためて「やります」と言ったとき、篠山さんにはなんと言われました?
高尾 「あなたは迷っても、最後には絶対にやるだろうと思っていた」と言われました。
――それもすごい言葉です。一方、最初から覚悟が決まっていた松井さんは、どんな話し合いを?
松井 私は「君は最初に会ったときから確信犯だとわかっていた」と言われました(笑)。多分、私は先生と一緒にいる時間がみんなより長かったと思うんですよ。自分が演じる側だけじゃなく、作る側にも昔から興味があるという話をしたら、「クリエイティブなことが好きなんだったら、一緒に作っていこう」と言ってくださって、ロケハンに連れて行ってもらったり、写真のセレクトもさせていただいたりしました。話し合いというよりも、共同作業をする中で先生との関係ができていったという感じですね。
――ヌード写真集と聞くと扇情的な印象を抱きがちですけど、これは本当にみなさんに寄り添って作られた写真集なんですね。ちなみに、みなさんから見た篠山さんはどんな方でした?
高尾 オンとオフの切り替えがすごいですね。オンのときはオーラがものすごくあるんですけど、オフのときはジョークとかめちゃくちゃ言うんですよ(笑)。
松井 そうそう。最初は怖い人なんじゃないかって思っていたんですけど、こんな私たちに対しても上からじゃなくて、同じ目線で対話してくれるんです。あんな偉い人なのにすごいと思います。そういうふうに他人と対等に接することができるから、被写体の心を開けるんだなって。最後には"みんなのおじいちゃん"と感じられるくらい親密な関係になれました(笑)。
――撮影直前まで「やるかどうか」の話し合いをしていた結城さんは?
結城 確かにずっと議論していましたけど、すごく優しくて、怒鳴ったりとかないんですよ。撮影も私が最後だったんですが、現場の人がみんなびっくりしていて。ほかはもっとピリピリした雰囲気だったらしいんです。
高尾 私たちには言わないけど、スタッフの方々に対しては緊張感がありましたね。
結城 でも、私のときはそんなことなくて、先生のほうから「はい、お茶ターイム」って言い出したり。写真を撮っている時間より、休憩している時間のほうが長かったくらいです。撮影も終わるのがめちゃくちゃ早かったらしいんです。それは多分、先生が私のことをわかっていて、やりやすい雰囲気を作ってくださったんだと思います。
■すべてをさらけ出したことで手に入れたもの
――それまでの撮影の仕事と篠山さんの現場は何が違いました?
高尾 先生はシャッター数がすごく少ないんですけど、ヘアメイクさんに現場で「先生に『たくさん撮りたい』と思うようにさせないと」って言われたことがすごく印象的でした。そんなの考えたことがなかったんです。
松井 自分が中心になる現場自体がなかったし、カメラマンと対話しながら作品を作っていくなんてこともまったく未知の体験でした。でも先生との関係性ができていくうちに、カメラがあるから本当の自分が出せるという感覚を味わっていって。とても不思議な感覚でした。
結城 本当の自分になれた初めての経験だったかもしれないですね。私は周りに合わせようとして、自分を作ってしまうところがあるんです。事務所の人からも、「もっと素の自分を出したほうがいい」と言われていたんですけど、「実家から東京に出てきたんだから、頑張らなくちゃ」と思えば思うほど、自分を出すことにためらうようになってしまって。気がついたら自分の意見が言えないようになっていたんです。
――いろんな人の意見に合わせて自分を変えてしまうところがあったと。
結城 でも、今回の現場では先生が「私がどうしたいか」ってことをすごく聞いてくださって。「結城が言っているからこうして」ってことで現場が全部まわっていったんです。私が着たい服、私がしたい髪型っていうのも全部言いました。周りを振り回すわがままは良くないですけど、作品をプラスにするための自己主張はしていいんだって思えるようになりましたね。
――衣装を来て、笑顔を見せるだけじゃなくて、ひとりの表現者として作品づくりに主体的に関わっていくことができるようになったわけですね。
結城 だから、この経験をしたことでようやく「私は女優です」と胸を張って言えるようになりました。正直、この写真集に不安があったのも、自分に自信がなかったからだと思うんです。今はもうそんなことで悩むことはないですね。
高尾 私もモエちゃんが言うように、自分に自信がなかったからあんなに悩んだんだと思います。それが今では自分の未来は自分で切り拓かないといけないんだって考え方に変わることができました。
松井 私は小さいときから「変わっている」と言われ続けて、それがとても嫌だったんです。だから、普通になろう、みんなから浮かないようにしようと頑張ってきたところがあって。でも、この写真集ではめちゃくちゃ自由にやらせてもらえました。先生もスタッフのみなさんも、私をひとりの表現者として認めてくれて、「私はこのままでもいいんだ!」って思えるようになりましたね。
人から「変わっている」と言われることを恐れていたら、何もできなくなる。この写真集で服にすら頼らない表現ができたことで、臆病だった自分を切り捨てることができたと感じています。
■『premiere ラリューシュの館 結城モエ 松井りな 高尾美有』(小学館 4104円[税込み])