役者として活躍中の松井玲奈が、新たな表現手段を手に入れた。小説だ。4月5日に発売されたデビュー作『カモフラージュ』は、全6編収録の短編集。働く女のコの痛み成分多めのラブストーリーから、序盤から徐々にギアが上がり真っ暗闇に叩き落とされるホラーまで、彼女のカラフルな才能を満喫することができる。

――松井さんは書評連載をされていたり、読書がお好きだとは知っていたんですが、ご自身も書かれる人だったんですね!

松井 以前からファンクラブの会報誌に、短編よりもずっと短い、ショートショート小説を書いていました。それを編集さんが読んでくださって、「本格的に書きませんか?」と声をかけていただくことになったんです。

――読み終えて感じたのが、『カモフラージュ』というタイトルの絶妙さ。全6編を貫くテーマのようにも感じました。

松井 出来上がった短編を並べてみたときに、どれも主人公の状況が転じるというか、化けの皮がはがれた瞬間のお話だなって気づいたんです。私はタイトルも「化けの皮」がいいって言ったんですけど、周りから「もうちょっとポップにしようか」って(笑)。

「化けの皮に相当する英語ってなんだろう?」ってところから、カモフラージュという言葉にたどり着きました。

――最初はどのお話を書かれたんですか?

松井 2編目に入っている『ジャム』という作品です。もともとグロい映画が好きで、『SAW(ソウ)』シリーズのファンなんです。自分も何か気持ち悪いお話を書きたいなと思ったときに、人が感じているストレスを具現化してみるのはどうかな、と。

のみ込んだ思いを言葉にして出すんじゃなくて、モノとして口から出てきたら面白いというか、気持ち悪いなってところから出発したお話です。

――書き出しの一文は、〈僕のお父さんは一人じゃない。夜、仕事から帰ってくるお父さんの後ろには、真っ白な顔で洋服を着ていないお父さんが三人並んでいる〉。気持ち悪いですよね! 子供目線も効果的です。

松井 大人の視点で書いちゃうとあまりにも直接的すぎるから、子供の視点にしてちょっとほのぼの感を出しました。そうしておいたほうが、後半の展開のエッジが立つかなと思ったんです。

――1編目に収録されている『ハンドメイド』は、恋愛に悩むOLが主人公の現実的な話でしたから、作風のギャップにも驚かされました。ただ、よくよく考えてみれば『ハンドメイド』もけっこうダークなんですよ。

松井 報われない恋を書きたかったんです。主人公の女のコは彼のために作ったお弁当を持って会社へ行くんだけど、昼間は食べてもらえない。

どうしてかというと彼には本命の恋人がいて、彼女が作ったお弁当を食べるから。夜にふたりでこっそり会って、ホテルにいるのにルームサービスじゃなくて、冷え切った手作りの弁当を食べる。なかなかえげつないシチュエーションですよね(笑)。

■映像の仕事に携わった経験が小説に生きた

――3編目の『いとうちゃん』は、高校卒業後に上京して、秋葉原のメイド喫茶で働きだした女のコのお話。痩せなきゃと思っているのに、太ったままだし、むしろ体重が増えてしまう。

松井 きっかけは、SNSで見かけたやりとりでした。「痩せたいけど、痩せられないんです」という女のコの質問に対して、別の女のコが「それって本当は今の自分に満足してるんじゃないですか」と返事をしていたんです。

そこから、「なりたい自分」と「今の自分」の関係を探るようなお話が書けたらいいな、と。「なりたい自分」に変わろうとするんじゃなくて、居場所を変える。「今の自分」を周りに受け入れてもらうやり方もあるよなぁって、伝えたかったんです。

――4編目の『完熟』は桃をモチーフにしたフェチ小説です(笑)。5編目の『リアルタイム・インテンション』は、3人組ユーチューバーが鍋パーティを生配信してやらかす話。6編目の『拭っても、拭っても』は、潔癖症の恋人と付き合っていたアラサー女子が主人公でした。

松井 お話の方向性はバラバラなんですが、全部の短編に食べ物が出てきて、食べ物がキーになっているんです。『拭っても、拭っても』に関して言うと、潔癖症の人が一番作られていやな手料理ってなんだろうなぁと。

肉を手でこねるというのはいやだよねとなったときに、ハンバーグなのかギョーザなのか。ギョーザは皮も包む分、触れる回数が多いからよりいやだよねとなった結果、こういう物語になりました。

――このお話もビター成分が高めじゃないですか。主人公に対して意地悪な目線が入っているというか、ドSというか(笑)。

松井 確かに、「この人にとって一番悲しい状況って?」と考えたりしていますね。「もっともっと!」といろんなことをやらせて、たまに「そこでストップ!」と言って、悲しそうな背中をいろんな角度から切り取る(笑)。

例えば、相手は本命の恋人が待っている家に帰って、主人公は空になったふたり分の弁当箱をひとりで夜中に洗う。台所の流しの電気だけが、スポットライト的に彼女に当たっている、とか。

――全編通して文章がものすごくクリアだと感じたんですが、映像がはっきり見えているんですね。

松井 私自身、映像の仕事に携わってきたことが大きいのかもしれないです。頭の中に定点のカメラがあって、今起きていることをどう切り取って、どこにクローズアップしたいか、カット割りするみたいにして文章を表現しているんだと思うんです。

■今はまだ「低予算映画」。次回はスケールアップ!?

――全6編の主人公たちを取り巻くシチュエーションは、松井さん自身の現実とかけ離れているのではと思います。自分が経験してきた世界のお話を書こう、とは発想しませんでしたか?

松井 しませんでした。自分からできるだけ離すというか、作品の中に「松井玲奈」を感じさせないようにしたかったんです。例えば村上春樹さんの小説を、村上春樹さんの顔を浮かべながら読まないじゃないですか。純粋に一冊の小説として楽しんで読んでもらうためにも、私自身の存在を連想させるものは出さないって最初に決めたんです。

――むちゃくちゃ潔いですね!

松井 でも、スパイスとして、6つの短編のいろんなところに私という人間はちりばめられているんですけどね(笑)。

――小説は、今後も書き続けますよね?

松井 はい。書き続けていくためにも、頭の中にあるカメラの精度を、もっと上げたいなと思っています。今はまだカメラ1台の、低予算映画な感じでやっているんですが、これからはスケールの大きな物語も書いてみたいんです。

――『ジャム』の路線の延長線上で、東京を舞台にしたゾンビホラーとか......。

松井 あっ、いいですね!(笑)

●松井玲奈(まつい・れな)
1991年生まれ 愛知県出身 身長162㎝ 血液型=O型
○先日まで放送されたNHK連続テレビ小説『まんぷく』ではヒロイン・福子の女学校時代からの親友・桑原敏子役で出演し話題に。今後、映画『女の機嫌の直し方』(6月15日公開予定)、映画『今日も嫌がらせ弁当』(6月28日公開予定)に出演予定となっている。7月より上演予定の村上春樹原作の舞台『神の子どもたちはみな踊る』に出演決定。
公式Twitter【@renampme】、公式Instagram【@renamatui27】
そのほかの詳しい情報は所属事務所公式サイト【https://grick.jp/artist/rena.php】まで。

■『カモフラージュ』(集英社 定価1400円+税)
『ハンドメイド』『ジャム』『いとうちゃん』『完熟』『リアルタイム・インテンション』『拭っても、拭っても』の恋愛からホラーまで、役者・松井玲奈がのぞく"人間模様"の全6編。鮮烈なデビュー短編集。