新作『ドント・ウォーリー』、そして名優ロビン・ウィリアムズについて語るガス・ヴァン・サント監督

『週刊プレイボーイ』で連載中の『高橋ヨシキのニュー・シネマ・インフェルノ』特別版! 新作『ドント・ウォーリー』を引っ提げて来日したガス・ヴァン・サント監督にインタビューした。

同作品は2014年に自殺した名優、ロビン・ウィリアムズが映画化と出演を熱望した作品だ。ガス監督がその遺志を引き継ぎ、企画スタートから約20年を経て完成させたこの映画のキモに、

デザイナーで映画ライターの高橋ヨシキが迫る!

■ロビン・ウィリアムズが抱えていた問題

高橋ヨシキ(以下、高橋) 最初、『ドント・ウォーリー』の主演はロビン・ウィリアムズに決まっていたらしいですが、彼自身が演じたいということだったんですよね。

この映画は風刺漫画家のジョン・キャラハンが、アルコール依存症を克服しようとする物語ですが、ロビン自身もアルコールの問題を抱えていました。その件については彼と話をしたことはありますか。

ガス・ヴァン・サント(以下、ガス) ロビンは『グッド・ウィル・ハンティング』(*1)でアルコール依存症の役を演じたので、その役作りに関連して話をしたくらいかな。彼のアルコール依存症とコカイン好きは有名で、本人もスタンダップ・コメディのライブでコカインをよくネタにしていた。「コカインをキメれば一晩中ブッ通しで酒を飲んでいられる」というような。

(*1)
1997年公開。邦題は『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』。当時、無名の俳優だったマット・デイモンとベン・アフレックが共同脚本を執筆。数学において天才的な頭脳を持つが、心に傷を負った青年(マット・デイモン)と、彼のカウンセリングを請け負った心理学者(ロビン・ウィリアムズ)の交流を描く

だから特にアルコール問題について彼と話したという記憶はないよ。とはいえロビンはハリウッド育ちだし、ぼくは『ドラッグストア・カウボーイ』を撮り、その数年後にリヴァー・フェニックス(*2)が薬物の過剰摂取で亡くなるというようなことがあったので、それぞれ依存症の問題については認識していた。

(*2)
80年代後半から90年代前半にかけて活躍した俳優。『スタンド・バイ・ミー』(1986年)のクリス・チェンバース役でブレイク。『旅立ちの時』(1988年)ではアカデミー賞助演男優賞にノミネート。93年、ヘロインとコカインの過剰摂取が原因とされる心不全で死去した。『ドント・ウォーリー』でジョン・キャラハンを演じたホアキン・フェニックスはリヴァーの弟にあたる

ジョン・キャラハンの物語を映画化したいと言ってきたのはロビンで、僕は脚本をふたつ書いて送ったが、その後お互いなかなか連絡がとれない時期が続いてね。ロビンは主演作『アンドリューNDR114』が興行的に失敗したこともあって、もっとメジャーの、カネになる作品をやる必要があったりしたし。

話が進まなくなったもうひとつの理由はクリストファー・リーヴ(*3)の存在だ。クリストファー・リーヴは95年の落馬事故で車椅子生活を送っていたんだけど、「彼のために映画を作りたい」というのがロビンの大きなモチベーションだった。しかし、04年にクリストファーが亡くなったことで、だいぶやる気が削がれてしまったんだと思う。

(*3)
『スーパーマン』(1978年)の主役、クラーク・ケント役などで知られた俳優。95年に落馬事故で脊髄損傷を起こして、首から下が麻痺。以後は映画界から離れてリハビリに専念するも98年から俳優活動を再開した。しかし、04年10月に心不全で死去。ロビン・ウィリアムズとは同じ俳優養成所の出身として公私にわたる友人関係にあり、ロビンは車椅子生活になったクリストファーを支え続けた

それでも企画そのものは残っていた。08年くらいかな、別の映画の現場にジョン・キャラハンが訪ねて来たことがあった。実際に会ったのはそれが最後になってしまったが、彼は自伝が映画化されるのみならず、自身の役をロビン・ウィリアムズが演じるということにとても興奮していた。

でも、10年にジョンも亡くなり、14年にはロビンも亡くなってしまった。ロビンとは同い年だったからショックだったよ。その1年後にソニーが映画化権を―かなり高い金額で―取得し、僕に監督のオファーが来た。

そこで以前に書いた脚本に縛られず、新たな視点で物語に取り組むことにしたんだ。うん、だからやっぱり、ロビンとアルコール依存の問題について話したことはないよ。

ガス・ヴァン・サント監督(左)と高橋ヨシキ氏(右)

■「アルコール依存症からの更生にドラマがあると思ったんだ」

高橋 監督はジョン・キャラハンや彼の作品について、どのように知ったんですか?

ガス 彼はもともと、ぼくの地元(オレゴン州ポートランド)の〈名士〉なんだ。彼の作品は身近な題材を扱ったものも多く、そのこともあって地元の声を代弁するような存在となっていた。彼のカートゥーン本はテレビの『60ミニッツ』に取り上げられたりもしたしね。

カートゥーニストと映画監督という違いはあれど、僕も彼もポートランドのアート・コミュニティの一員であり、そのコミュニティの集まりなどを通じて顔見知りだったというわけさ。その後ロビンが彼の自伝の権利を買って、ぼくに監督を依頼してきたのはまったくの偶然だよ。

高橋 この映画のアルコール依存症に対するアプローチはユニークなものです。依存症を描いた他の映画、たとえば『失われた週末』(45年)や『黄昏に燃えて』(87年)などでは、依存症患者が陥る"地獄のような状況"がクローズアップされていましたが、本作にはいわゆる「地獄描写」がほとんどありません。

ガス『酒とバラの日々』(62年)というのもあったね。あれはいい映画だった......ただ今回の映画では「アルコール依存症からの更生」を描きたかった。その部分にこそ大きなドラマがあると思ったからだ。ジョン・キャラハンの自伝も「更生」について多くを割いた章があり、彼の人生を語る上でのポイントをそこに定めることにした。

ぼくが初めて会ったとき、彼は既に断酒会のスポンサーを務め、「12ステップのプログラム」(*4)を人々に教えていた。ぼくが知る限り、彼はその活動を亡くなるまでやっていたらしい。「アルコール依存症からの更生」が彼の人生の中心となったんだ。

(*4)
世界的な断酒互助会「アルコホーリクス・アノニマス」(AA)が実践しているアルコール依存症からの回復方法。「私たちはアルコールに対して無力であり、自分自身の生活をセルフコントロールできないと認める」など、12の段階を踏む

高橋 映画でジョナ・ヒルが演じる断酒会の指導者(メンター)、ドニーはとても面白いキャラクターですが、彼の素性は謎に包まれています。実際のドニーはどんな人物だったんですか?

ガス チョーサーの詩を諳(そら)んじたりするようなインテリだったという話をジョンから聞いたことがある。ジョンはドニーの話をするのが大好きで、何かにつけドニーのことを吹聴していたが、彼は話を「盛る」ことも多くてね。

だからどこまでが本当なのかは分からない。映画のドニーはジョンから聞いた話と、自伝の記述に基づいて作ったキャラクターだけど、映画と同様、裕福な人物であったことは間違いない。

高橋 劇中、ジョン・キャラハンがものすごいスピードで電動車椅子を走らせる場面も印象的でした。

ガス ジョンの車椅子にはモーターがふたつ取り付けてあって、実際にとんでもないスピードを出すことができた。カスタム車だよ。映画の最後に映っているのはジョンが乗っていた本物だ。

本人は「ゆっくり走ると車に轢(ひ)かれる危険もあるし、何かトラブルに巻き込まれたときにも逃げ足が早い方がいいから」と言っていたけど、とにかくスピードを出すのを楽しんでいたんだ。

ぼくは実際に目にしたわけではないけれど、いつも道をビュンビュン高速で飛ばしては、よくコケたりしていたということだ。猛スピードでカッ飛ばすのが彼の娯楽だったんだ。

高橋 最後にひとつ。あなたが映画監督を志したきっかけのひとつがジョン・ウォーターズ監督作品『ピンク・フラミンゴ』(72年)だというのは本当ですか?

ガス うん。大学のときにニューヨークでやっていた『ピンク・フラミンゴ』のミッドナイト上映に行った。あの映画は低予算(ロー・バジェット)を通り越してノー・バジェットといってもいいくらいだけど、そのオリジナリティやキャラクターの強度にはいささかの揺るぎもない。

予算なんか全然なくても素晴らしい作品を作ることができる、という生きた見本が『ピンク・フラミンゴ』だったんだよ。こんなクールな映画、観たことない!って思ったね。カメラとフィルムがあって、友だちがいれば映画は作れるんだ! ということが『ピンク・フラミンゴ』のおかげで実感できたんだ。

●ガス・ヴァン・サント
1952年生まれ。米ケンタッキー州ルイビル出身。85年発表の『マラノーチェ』で長編監督デビュー。コロンバイン高校の銃乱射事件にインスパイアされた『エレファント』(2003年)でカンヌ国際映画祭のパルムドールと監督賞を受賞。実在の政治家、ハーヴェイ・ミルクの伝記映画『ミルク』(08年)では、2度目のオスカー候補になった。そのほか、『ドラッグストア・カウボーイ』(89年)、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97年)などの作品を手掛ける

●ロビン・ウィリアムズ
アメリカを代表するコメディアンであり、アカデミー賞受賞1回、ノミネート計4回の名優。2014年8月にカリフォルニア州の自宅で自殺しているのを発見された(63歳没)。70年代からアルコール依存症に苦しみ続けていたこと、うつ病にかかっていたことなど、さまざま語られているが直接的な自殺の原因は不明。出演作は、『グッドモーニング,ベトナム』(1987年)、『いまを生きる』(1989年)、『フィッシャー・キング』(1991年)、『ナイトミュージアム』シリーズ(2006年)など

■『ドント・ウォーリー』
5月3日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開予定
監督・脚本・編集:ガス・ヴァン・サント
出演:ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、
ルーニー・マーラほか 上映時間:115分

【INTRODUCITON】
米オレゴン州ポートランドの風刺漫画家、ジョン・キャラハンの半生と彼のアルコール依存症からの回復を描いた作品。90年代中頃、名優ロビン・ウィリアムズがジョンの自伝本『Don't Worry, He Won't Get Far on Foot』(大丈夫、歩けないから)の映画化権を取得。彼が監督に打診したのがガス・ヴァン・サントだった。しかし、ロビンは2014年に死去。ガス・ヴァン・サント監督は彼の亡き後、この自伝をもとに脚本を執筆し、企画スタートから約20年を経て映画を完成させた

【STORY】
アルコール依存症のジョン・キャラハンは、ある日、自動車事故に遭い、胸から下が麻痺し、車椅子生活を余儀なくされる。絶望に暮れるジョンは、さらに酒におぼれ、自暴自棄の日々を送るようになる。しかし、数々の出会いが彼を徐々に変えていく。そして、持ち前の辛辣なユーモアセンスを生かして、満足に動かせない手で風刺漫画を描き始めた

●高橋ヨシキ
デザイナー、映画ライター、サタニスト。雑誌『映画秘宝』のアートディレクター。著作に映画評集『新悪魔が憐れむ歌』(洋泉社)など