2019年4月27日、新宿・週プレ酒場にて、漫画『セックス依存症になりました。』連載50話達成を記念したトークショー「結局、セックス依存症って何!?」が開催された。
昨年4月より『週プレNEWS』で連載中の『セックス依存症になりました。』。これまで語られることの少なかった「セックス依存症」にスポットを当て、その実態と回復までの道のりを描く、作者・津島隆太氏自身の体験を基にしたフィクションだ。
今回、津島氏と本作の監修を務める精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳(あきよし)氏とのトークショーが実現。当事者と専門家によるアプローチからセックス依存症の実態に迫る。
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司会(以下、「――」) セックス依存症である津島隆太先生の体験が基となっている『セックス依存症になりました。』ですが、そもそも津島先生がセックス依存症だと診断されるに至った経緯を教えてください。
津島 自分がセックス依存症だと気づく前から、女性問題でトラブルを起こすことが何回もあったんです。例えば、好きでもない女性に対してつい性的なアプローチをかけてしまい、それが原因で恋人とケンカになる、といったような。そしてある日、他の女性と連絡を取っていることが当時の恋人にバレてしまい、怒った彼女に2時間も暴行を受けたんです。
――第6話で描かれている場面ですね。ハンマーとバリカンを持った恋人に無抵抗で暴行を受ける、という。
津島 ええ。本作はモデルとなった人物のプライバシーに配慮して、ほとんどフィクションとしてストーリーを構成しているのですが、彼女に「丸刈りにしてキ◯タマつぶしてやる」と言われながらボコボコにされたシーンは事実......。そこで殴られながら、「異性関係でこんな思いをするのはもういやだ。なんとかしたい」と思い、心療内科に行こうと決めました。
――心療内科でセックス依存症だと診断されたのですか?
津島 いえ。正確には、今の日本で「セックス依存症」という病名はないんです。きちんと分類される病気でなければ治療も受けられませんので「パラフィリア(性嗜好障害)」という診断を受け、通院を始めました。
斉藤 最近のセックス依存症に関する動向を補足すると、WHOが定めた「国際疾病分類」というものがあるのですが、そのICD-11(第11回改訂版)において昨年、「強迫的性行動症」、いわゆるセックス依存症が精神疾患であると分類されました。ただし、依存症というカテゴリーになるかはまだ議論がし尽くされていないようです。もちろんセックス依存症に関しても、このカテゴリーで扱うかは不明です。現在日本の精神科の現場で使われているガイドラインはICD-10、ならびにアメリカ精神医学会の「DSM-5」ですので、まだ適用されていない状態ですね。ですから津島さんのように、便宜上ほかの病気として治療するケースが多いのです。
――津島先生は自らの意志で受診に至ったわけですが、こういったケースは一般的なのでしょうか?
斉藤 私の勤務する「榎本クリニック」に来られる患者さんは、なんらかの性犯罪を繰り返している、もしくは性的逸脱行動による浮気や不倫が原因で裁判沙汰になってからようやく受診される人がほとんど。問題行動が常習化し、なかには衝動の制御ができない状態で来られる人が多いですね。津島さんのように、例えば刑事事件になる前に来院されるケースは、ある意味少数派です。
――津島先生は、自身の問題行動の原因が病気だと診断された当時はどのような心境でしたか?
津島 マンガ(第2話)とは違うんですが、診断されて安心したというのが正直な思いですね。「今の異常な状態が病気のせいなら、通院で治せる」という希望が湧きました。同時に「生涯にわたって病気と向き合わなければならない」という課題も見えて、そこはあらためて大変だなと感じましたが。
斉藤 病気と診断されて楽になる患者さんは多いんです。精神疾患、とりわけ依存症に対する偏見というものは根強く、人間性や性格の問題であるとか、気合いや根性といった意志の問題だととらえる人もいまだ多いです。そういうスティグマから解放されることが回復の中で重要なポイントになります。
――マンガでは、街中の人がセックスをしているような幻覚が見えたり、マスターベーションを繰り返しても「セックスがしたい」という感情が収まらなかったりと(第1話)、壮絶な体験が描かれています。
津島 当時は、「セックスがしたい」という感情が病気から来るものではなく、単純に性欲の問題だと思っていたんです。しかし自慰行為をしてもセックスへの渇望は一向に減らず、行為中もまったく楽しくない。それも「自分は病気なのかな」と気づいたきっかけのひとつですね。
――しかし、治療のため参加した自助グループ(同じ症状を持った依存症患者が交流することにより、症状の回復を目指す団体)では一転、マスターベーション禁止という難題に挑みます(第32話)。同性として想像するに、相当つらかったのでは?
津島 当初は絶対に不可能だろう、と思いました。しかし不思議なことに、自慰行為をしないと性への渇望が次第に遠ざかっていくんです。結局4ヵ月禁欲できまして、その間は非常に落ち着いた精神状態でしたね。
斉藤 私のクリニックに来られる患者さんにも「マスターベーションの一時的な中断」を提案することがあるのですが、皆さん一様に「無理だ」「性欲がたまってむしろ問題行動を起こしてしまう」と言います。
しかし、男性で数ヵ月間自主的に自慰行為をやめた経験のある人って少ないんですよ。そういった経験がないのに、「マスターベーションをやめたら性欲が爆発する」という神話だけがひとり歩きしているのはただの"幻想"でしかないですよね(笑)。いざやってみると意外とできるものなんですよ。
――依存症の当事者が集まる「自助グループ」、そして病院で治療として行なわれる「グループセラピー」にはさまざまな依存症者が登場します(第14話)。
津島 痴漢のオーバーさん、63歳で売春がやめられない雅さん、私と同じくセックス依存症の女性・グリーンさんですね。当初はマンガにも描いていたように、「(痴漢などの)犯罪者と一緒にされたくない」という気持ちもあったのですが、同じ悩みを持つグリーンさんとの出会いをきっかけに彼らを認めることができました。
――「渇望から痴漢をしそうになり、電車内で両手を上げて叫ぶ」というオーバーさんのエピソードは印象的です(第26話)。
斉藤 これは行動的コーピング(対処行動)の一種ですね。われわれの重要な仕事のひとつがコーピングの開発で、性犯罪プログラムにおいては「コーピングに始まりコーピングに終わる」といっても過言ではありません。
オーバーさんの「痴漢をしたくなったらミントタブレットを食べる」という行為に見られるように、味覚や嗅覚にアクセスする刺激を用いたコーピングは問題行動の抑制に効果的だといわれています。ほかにも激辛ソースをなめる、アロマオイルをかぐといったさまざまなコーピングがあり、効果のあるものを選んで使ってもらうようにしています。
津島 「オーバーさんが両手を上げて叫ぶ」というシーンは、最初担当編集さんに「ギャグじゃないですか?」と言われボツを食らったんですよ(笑)。
斉藤 これも緊急時のコーピングとして理にかなっているのですが、なかなか突飛な行動ですからギャグと思われても仕方ないかもしれません(笑)。
――斉藤先生が本作で好きな話はどれでしょう?
斉藤 自助グループの先行く仲間セブンさんと、互いにマスターベーションをしたかどうかの報告をし合う話(第47話)ですね。
津島 これはきつかったです。なんで私みたいなおじさんが、さらに年上のおじさんに、毎朝マスターベーションの報告をしなければいけないのか、と(笑)。自慰行為をしたからといって怒られるわけではなく、「マスターベーションをした」という事実を自分の体に気づかせるというのが目的らしいのですが。
斉藤 治療の現場ではよくある光景なのですが、表現の仕方が面白かった。でもこれは大切なことで、自分の正直な出来事や気持ちを共有し理解してもらうことが回復には一番重要ですからね。
津島 そうですね。私も最近、自助グループやグループセラピー以外で会う人、つまり"普通の人"相手にも「私はセックス依存症です」と告白しています。そうすることで「自分に嘘をついている」と悩むこともないですし、何より相手が女性の場合はかなり引いちゃうので(笑)、一線を越えなくて済むんです。とはいえ、依存症に対して本当に理解してもらえるケースはほとんどないのですが。
斉藤 「(セックス依存症であることが)相手にバレてしまうかも」という感情を抱きながら人間関係を築くことはストレスになりますね。もちろん一筋縄ではいかないことだとは思うのですが、カミングアウトした上で付き合っていくことが重要だと思いますね。
現状ではさまざまな壁があるかもしれませんが、このマンガが今以上に知られるようになれば、性依存症の認知度が向上し、そのような偏見もなくなってきます。依存症に悩んでいる人たちが治療を受けやすい社会になもなるでしょう。
知り合いの弁護士からも「書籍化されたら刑務所に差し入れます」と言われるんですよ。ですから今日お越しの皆さん、家に帰ったらぜひ集英社宛てに手紙を書いてください。「連載50回を迎えたことだし、早く『セックス依存症に...』を書籍化してくれ」と(笑)。
津島 連載を続けることで自分自身のこれまでを見つめ直すことができ、それもまた依存症からの回復の手助けになっていると考えます。それに、このマンガでセックス依存症の認知を広めることは、依存症者だけでなく性犯罪の被害者を減らすことにもつながると思いますね。読者の皆さまに支えられて連載50回を迎えることができましたが、描かなければいけないことはまだまだあるので、この後100話、150話と続けていきたい。
■津島隆太(つしま・りゅうた)
年齢、出身地ともに非公表。長く漫画アシスタントを務め、2018年4月13日より、自らの経験を描いた『セックス依存症になりました。』で連載デビュー。公式Twitter【@Tsm_Ryu】
■斉藤章佳(さいとう・あきよし)
1979年生まれ。榎本クリニックにて精神保健福祉士、社会福祉士としてアルコール依存症や性犯罪、ギャンブル依存などさまざまな問題に携わる。近著に、『万引き依存症』(イースト・プレス)がある。5月9日開催のシンポジウム「強制性交等罪―続く無罪判決から問題点を考える―」(東京・日比谷コンベンションホール)に登壇し、大きな反響があった