1982年にイギリス、マンチェスターで結成されたザ・スミス。ボーカルのモリッシーの書く内省的な歌詞と、ギターのジョニー・マーの紡ぐ美しいサウンドで、世界中の若者を熱狂させたバンドである。

そのスミスのボーカルだったモリッシーは、5月22日に60歳を迎えたが、現在もソロアーティストとして、その力強い歌声とメッセージで熱狂的なファンを有している。5月24日には、新作"California Son"をリリース。カバー集ながらその選曲と独特の歌唱アレンジでは、さすがのオリジナリティを見せている。

そんなモリッシーの、デビュー前の青春の日々を描いた青春映画『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』が5月31日より日本でも公開される。マーク・ギル監督に、本作品字幕監修を担当し、『お騒がせモリッシーの人生講座』の著者である上村彰子(かみむら・あきこ)がインタビューした。

本作が、長編映画監督作品第1作目となるマーク・ギル監督。モリッシーと同郷、マンチェスター生まれ 本作が、長編映画監督作品第1作目となるマーク・ギル監督。モリッシーと同郷、マンチェスター生まれ

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■「マンチェスターから脱出できる唯一の手がかりが音楽だった」

上村 私は中学生だった1984年にザ・スミス(以下、スミス)に出会ってしまって以来、35年間、スミスとモリッシーのファンです。2018年には好きが高じてモリッシーの本まで書いてしまいました。

そんなわけで同世代で、同じくスミスとモリッシーのファンである監督が、映画『イングランド・イズ・マイン モリッシー, はじまりの物語』を撮ったことに勝手にシンパシーを感じてしまいました。

ギル 君の本のタイトルは『お騒がせモリッシーの人生講座』!? モリッシーの「人生講座」って、すごいね(笑)。

80年代からモリッシーのファンというのは僕も同じ。僕は1985年に、14歳か15歳の時にテレビ番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』でスミスを見たんだけど、僕もマンチェスター生まれで、ボーカルのモリッシーは自分の家の近所に住んでいたことを知って、そんな彼がいったいどうやってポップ・スターになったんだろうと思ったのが最初だった。

上村 マンチェスターの地図を持ってきました。モリッシーの家ってここですよね。監督の家は......。

ギル ちょ、地図持ってるって(笑)。あ、ここここ(同じページ内)。歩ける距離だよ、「M32」という郵便番号も同じ。

実は作品中でジョニー・マーが弾く曲は僕が作ったんだけど、タイトルをこの郵便番号にしているんだ。ちなみにあれを弾いてる手は、僕の手だ(笑)。

こんな近くに住んでポップ・スターになった人間に、まず興味をもったんだよね。だから今回も、スミスというバンドの映画ではなく、「モリッシー」という人物を撮りたいと思った。

上村 モリッシーの映画を撮りたいと思うようになったのはいつからですか? 監督も元々はミュージシャンでしたよね?

ギル 僕は17歳で初めてレコード会社と契約を結んでから、20年間、音楽キャリアを積んできた。90年代後半には元ニュー・オーダーのピーター・フックのバンド、モナコと一緒にツアーをまわったこともあったけど、音楽をやっている間も、ずっと映画や写真に興味はあったんだ。

だから「次に何をしよう」と考えた時に、じゃあ映画を撮りたい、と思った。そしてずっと一番興味ある人物「モリッシー」をモチーフに、とある若者がどんな人間で、どういう強い女性に支えられてスターになっていったのかをフィーチャーできないかと考えた。

それでまずは映画学校に行き、監督としてのキャリアを積むため短編映画を撮ったんだけど、それがオスカーにノミネートされたことが、この長編映画を撮るための足がかりにもなっている。

上村 モリッシーの自伝を読むと、彼が幼少期を過ごしたマンチェスターは、読んでいるのがつらいくらいひどい場所として描かれています。監督にとってもマンチェスターってそういう場所でした?

ギル モリッシーは僕より10歳以上年上なんだけど、彼が子ども時代を過ごした70年代と僕が過ごした80年代のマンチェスターはそんなには変わってなかったと思う。ポスト工業化時代、サッチャーの政策によって労働者はめった刺し、ひどい扱いを受け、廃れた街で、仕事はないし、暴力がはびこっていた。

そして、そんな街から脱出できる唯一の手がかりが音楽だった。映画にも出てくるビリー・ダフィー(マンチェスター出身のハードロックバンド、カルトのギタリスト)にもアドバイスをもらって、この街の閉塞感、行き場のなさは、今回の映画でも描こうと思った。

上村 確かにそのへんはすごく描かれていますね。音楽やアートで成功して、とっとと街を出るのが勝ち組みたいな感じも。でもそれゆえに、音楽を演る動機が強かった80年代、90年代のマンチェスターの音楽シーンはすごかったですよね!

レコード屋掲示板のバンド「メン募」で、ビリー・ダフィー(現カルト)に出会い、初めてライブで歌うモリッシー レコード屋掲示板のバンド「メン募」で、ビリー・ダフィー(現カルト)に出会い、初めてライブで歌うモリッシー

ギル パンクはロンドンからやってきたものだけど、その影響でマンチェスターからはいろんなバンドが出てきた。スミス、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダー、ストーン・ローゼズ、ハッピー・マンデーズ......。世界中の若者たちに注目されるようになったし、そのお陰でマンチェスターが変わり始めた面もあるよね。

いまは昔の面影は薄れ、裕福になり、コスモポリタンな街になった。そもそもいまの若者って、ロックバンドなんてやろうとしないよね。そこは残念な部分で、いまの世の中だからこその、いろいろな問題を歌えるのに。

■「マンチェスターの男文化は疲れるんだよ」

上村  若き日のモリッシーはマンチェスターにはびこる「男性優位社会」を嫌悪し、フェミニズムに救いを求めていました。この映画にも、スティーヴン(モリッシーの本名)を助ける強い女性がたくさん出てきます。監督が女性の強さを描こうとしたのは、モリッシーのフェミニズム志向に影響されていますか?

映画に登場する強い女性のひとり。モリッシーが「生涯の友」と呼ぶ、リンダー・スターリング 映画に登場する強い女性のひとり。モリッシーが「生涯の友」と呼ぶ、リンダー・スターリング

ギル そうだね、女性を同等に人間として敬うという要素は、この映画にも注入されているよ。

最初にテレビでモリッシーを見た時に驚いたのは、彼が自身のなかの女性性を恥じずに堂々と表現し、アートや詩に興味があることを公言したことだった。僕らの世代の男に、「それでいいんだ」と教えてくれたのは救いでもあったよ。「男たるもの強くあれ」「マッチョであれ」というマンチェスターの男文化は疲れるんだよ。

だから、他の誰かになる必要なんてない、自分は自分でいればいいという、モリッシーからのメッセージにはすごく影響を受けた。

上村 ですよね、素晴らしい! 私もひとりの女性としてこの映画を観ていてスカッとしたのは、強い女性たちの描き方。そして、「自分は自分でいればいい、何者にもならなくていい」というメッセージでした。

ところでテレビで初めてスミスを見た10代の頃って、監督は両親の希望で「ちょっと気取ったいい学校」に行かされていたんですよね? その状況も、スミスにのめりこむことに影響を及ぼしたのでは?

ギル うん、両親は労働者階級だけど僕に期待をして、家から遠いちょっとセレブな学校に通わされた。でも遠いもんだから放課後や休みに友達に会うことがなかった。僕はスティーヴンほどシャイで内向的じゃなかったけど、学校にも地元にも自分の居場所がなかなか見つからず、疎外感は感じていたよ。

セレブな学校だから、学校で習うのはオスカー・ワイルドやジョン・ベッチェマン(イギリスの詩人)。ちょっと荒っぽい地元の友達とは、共通の話題もありゃしない。そんな時にテレビで、オスカー・ワイルドのことを歌う、ご近所出身のポップ・スターを見つけたもんだから、そこでも親近感を感じた。そんな人がいるということに、希望を見出したし、若者に必要なのはそういう希望なんだと思う。

モリッシーの天才的なところは、たとえオスカー・ワイルドを歌のテーマにしていても、人種、ジェンダー、年齢層を問わずに直に心にうったえかけてくるところだ。彼が歌っているのは個人的なことのようでいて、実は普遍的な人間の孤独感やつらさ、願望なので、聞いた人にとって「僕の・私の」ストーリーとなる。

また、モリッシーの歌詞は、喜劇と悲劇のバランスのとり方が絶妙で、メランコリックな歌かと思って歌詞をよく聴いていると笑ってしまうものも多い。"Some Girls Are Bigger Than Others"なんて最高だよ。ギターの調べからとってもパワフルでシリアスは歌が始まるのかと思ったら、モリッシーは「ある女の子たちは、他の女の子たちより大きい」だなんて、とんでもなくバカバカしい歌詞をつける。(作曲とギター担当の)ジョニー・マーはさぞかしがっかりしたろうね(笑)。

■スミスの曲が使われなくても「スミス」を感じる理由

上村 この映画はスミスのデビュー前を描いたものなので、劇中にスミスの歌はまったく使われていないのに、「スミス」を感じられるシーンがたくさんあります。例えばスティーヴンがクラブでひとりで壁際に立っている場面からは"How Soon Is Now?"の中の「ひとりでクラブに行って、ひとりぼっちでつっ立って~」というフレーズが聴こえてくるようでした! こうしたものは意図的な演出ですか?

ギル もちろん! 気付いてくれた? 

実は映画の中に「スミスネタ」を30以上仕込んであるんだよ! イースター・エッグみたいに誰が見つけられるかコンペしたら面白いよね。他にもわかったかな? "The Queen Is Dead"ネタとか。この映画では、スミスのレコードを、あたかもスクリーンで「観る」かのように意識したんだ。レコードを聴いた時に沸き起こる感情が味わえるように。

上村 30以上! 私も10カ所くらいはわかりましたけど、もう一度見て数えてみます。(作品中に仕込まれた"The Queen Is Dead"ネタを教えてもらい) そ、そんなところまでこだわってるとは......!!

ギル モリッシーは自身の経験を歌にしているわけだから、彼を描いた映画の中に"イースター・エッグ"は置きやすいよ!

僕は自分が生まれた土地や環境がいかに人格形成に影響を与えるかという「サイコジオグラフィー」(心理地理学)に興味がある。モリッシーはマンチェスター生まれである経験を歌にしているわけだから、この映画に描かれる風景や場所に、ネタは必然的に入ってくる。

上村 劇中のスティーヴンの独白部分も、まさに「モリッシーみ」がある台詞なんですけど、こういうのは監督のオリジナルですよね?

世界の「お騒がせモリッシー」もかつては、閉塞感や焦りを感じている普通の10代だった 世界の「お騒がせモリッシー」もかつては、閉塞感や焦りを感じている普通の10代だった

ギル そう、共同脚本のウィリアムと一緒に考えたんだけど、メランコリックだったり皮肉っぽかったりする部分はだいたい僕の考案だね。モノローグはモリッシー本人の言葉からとった部分もあるけれども。

作品中にも出てくる、彼がとあるスコットランド人と文通していた手紙を入手したんだけど、その文章がまた失礼極まりなくて面白いんだ。そんなモリッシーの語り口を、この作品全体のトーンを決める参考にしている。

上村 完全にモリッシーが乗り移っていますね(笑)。

■「ウィキペディアのミュージカル版」を作っても意味がない

上村 ただ、重要なのは、この映画は単なる「きゃー、モリッシー素敵~!」というファンメイドフィルムではないことです。

完成されたポップ・スター「モリッシー」ではなく、そうなる前の、そこいらにいそうなダメ青年スティーヴンの、キラキラしていない青春ストーリーを描こうと思った理由って何ですか? 

親は離婚する、友達には去られる、仕事はクビになる、やっとバンドは始めたけどうまくいかない......と、描かれるのは憂鬱なできごとのオンパレードです。普通の「音楽映画」だと、きらびやかなスターが誕生するまでを、もっとドラマチックに描くものですが。

ギル その質問の意図は、『ボヘミアン・ラプソディー』じゃなくてこの映画を作った理由ってことかな?(笑)

僕は、「ウィキペディアのミュージカル版」を作っても意味がないと思ったんだ。なぜなら、映画を撮るなら「素材を超える普遍性」がなくてはならないから。

この映画には、スミスのレコードを聴いていようが聴いていまいが、若者、もしくは若者であった人であれば、「ああ、この感じわかる!」と共感できるものが多分に含まれていると思う。

居場所がなく、何かになろうともがき苦悩する青春の救いは何か、出口はどこか、ただの若者がどうやって世界の「モリッシー」になるのかという成長物語。

だから彼の人生のすべてではなく、アーティストとして決定的な影響を受けた6年間のみの映画にしたんだよ。

モリッシーは、そして僕も、音楽やマンチェスターの街に色濃く影響を受けているわけだけど、多くの若者も、それぞれが育った町や聞いた音楽の影響を受けながら成長していくと思う。だから、その部分にフォーカスしている。

上村 なるほど。確かにスティーヴンが感じている閉塞感や焦り、世界からのけ者にされているような感じって、自分のティーンエイジャー期を思い起こせば誰しも「あったな!」と思う感覚だと思います。そしてそんな感覚に、スミスの音楽がハマると感じた人は世界中にたくさんいたと思います。

でも、「映画のなかで、なんででスミスの音楽を使わないんだ?」と言う人もいますが。

ギル スミスの音楽映画を作りたかったわけじゃないからね。モリッシーに対して賛否両論があるように、この映画に関して好き嫌い意見があるのは当たり前。嫌われてもいい、これは僕が語れる物語だという気概を持って作品作りに臨んだ。

上村 でも私は、真のファンってそうあるべきだと思うんですよ! 自分が愛しているものの実体に踏み込み、解釈し、その素晴らしさを紹介する。そして「きっとみんなにも通ずるものがあるんじゃないか?」と、広く遍く提案することにこそ、意義を感じます。

最後に、青春時代にスミスとモリッシーと出会ったこと、そしてずっとファンであるということは、監督にとって、ひと言でいうとどんなことですか? 例えばいま大人になってみて、人生にどう影響していると感じます? 

日本の写真家・深瀬昌久氏を題材にした作品や、本作のスティーヴン役ジャック・ロウデンと再タッグを組む、新作の企画も進行中 日本の写真家・深瀬昌久氏を題材にした作品や、本作のスティーヴン役ジャック・ロウデンと再タッグを組む、新作の企画も進行中

ギル いま僕は東京にいるよね? これだよ。スミスが好きじゃなければ、モリッシーの映画を撮らなければ、ここにいなかった! 

ひと言に集約すると、いまの僕の「原点」。僕がやろうと思うすべてのことはスミス、モリッシーに影響を受けてきた。人への接し方、考え方......。もちろん他のアーティストや映画の影響も受けているし、僕なりに頑張って自分の人生を歩んできたけれど、それらはやっぱりスミス、モリッシーにリードしてもらって、歩んできたという感覚がある。

上村 そうそうそう、私も同じです!

ギル そうだよね。音楽のすごさは、こうやって国や文化の違いを越えてつながれるところだよね。スミスの音楽が好きな人、この映画が好きな人は、みんなつながれる。人類は少しずつ、朽ち果ててはいっているけど......。

上村 さすが、最後もモリッシーぽく締めましたね(笑)。朽ち果てていくこの世の中で、音楽や映画でつながれることは希望ですね。こうしていま東京にいる監督は、大好きなお相撲も観られるし(監督は、千代の富士時代から20年来の相撲ファン)、私にとってもギル監督は、もうすっかり「モリ友」という気持ちです! どうもありがとうございました!

『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』 
出演:ジャック・ロウデン、ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ、ジョディ・カマー、シモーヌ・カービー
監督・脚本:マーク・ギル(『ミスター・ヴォーマン』)
プロデューサー:ボールドウィン・リー、オライアン・ウィリアムズ(『コントロール』)
共同脚本:ウィリアム・タッカー
2017年/イギリス映画/英語/カラー/シネスコ/94分/原題:ENGLAND IS MINE
/字幕翻訳:柏野文映/字幕監修:上村彰子/配給:パルコ/PG-12

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5月31日(金)よりシネクイント・新宿武蔵野館他にて全国ロードショー

マーク・ギル (MARK GILL) 映画監督・脚本家 
マンチェスター出身。『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』(17)を監督・脚本。本作が長編デビュー作となる。デイヴィッド・ミッチェルの小説「ナンバー9ドリーム」(新潮社)の一部を映画化した、マーティン・フリーマンとトム・ホランダー主演の短編映画『ミスター・ヴォーマン』(12)で、第86回アカデミー賞®短編映画賞、英国アカデミー賞短編映画賞にノミネートされ、世界各国の映画祭で数々の賞を受賞している。そのほかの監督作品は『Full Time』(13)短編。現在、ジェームス・スマイスの小説「The Testimony」を原作とした映画『THE BROADCAST』を準備中。

上村 彰子(かみむら・あきこ) ライター・翻訳者 
1984年、13歳の時にザ・スミスと出会って以来、モリッシーファン歴35年。2012年より「Action is my middle name かいなってぃーのMorrisseyブログ」(https://blog.goo.ne.jp/kaina_honma0912)を開設し、モリッシーに関する情報発信をはじめる。2013年、モリッシーのライブDVD『モリッシー25ライヴ(ジャパニーズ・エディション)』(キングレコード)の字幕翻訳、解説を担当。2018年、モリッシーの人生哲学を読み解く『お騒がせモリッシーの人生講座』(イースト・プレス)を出版。本作では、字幕監修、プログラムにて作品解説を担当している。