メガヒット映画『君の名は。』から3年、再びあの旋風を巻き起こせるか? 『天気の子』新海誠監督に聞く

期待値が上がりまくりの新海誠(しんかい・まこと)監督最新作『天気の子』。見る者の心を奪う美しすぎる新時代の映像表現とエンタメ要素はそのままに、"実験的要素"もあると語られる本作はどんな思いで生み出されたのか? 新海監督の素顔と本音に迫った!

■ピュアな芸術作品を作る気持ちはない

──新作『天気の子』のお話を伺う前に、まずは3年前の前作『君の名は。』が国民的大ヒットとなったことへの、率直な感想をお聞かせください。

新海 『君の名は。』は、売れるかどうかは別にして、作っている最中から"文句なく面白い"と思ってもらえる手応えがはっきりありました。でも、これだけの自信を持っていた作品なのにもかかわらず、結果的には、すごく文句や批判も言われたんです。

ヒットした結果、多くの人に作品が届くと、まったく想定してなかったこともたくさん言われるんだな、というのが僕の中で一番大きな経験でした。

──話題になれば当然、今までのファン以外にたくさんの人も見ますからね。

新海 それまで、僕のお客さんはおよそ10万人で、いわば一緒に映画を作っている感覚というか、親密な関係を築けていたと思うんです。それが『君の名は。』で、思いがけずお客さんが2000万人になってしまった。

いわば、僕の映画を見たいと思う人だけに届いていたものが、観客としてまったく想定していなかったような人もたくさん見たことで、今までのお客さんとの"幸せな共存関係"みたいなものはきれいに消えましたよね。

──これだけヒットすると、古参ファンにとっては手の届かない存在になった感覚もあるかもしれませんが、ご自身の中で変わったことは?

新海 う~ん、常に監視されているような気分になったかな。SNSでの言動に気を使うようになったし、誰も僕自身なんかに興味なかったはずなのに、人生が少し窮屈になりました。友達の女のコとただ飲みに行くだけでも気をつけなきゃいけない(笑)。

──それだけ、新海作品が注目を集めている証拠だと思いますが、新作『天気の子』に対するプレッシャーは?

新海 一切なかったです。頑張って作ればいい映画になる確信はあったし、東宝に公開日を早々に決められてしまいましたが、スケジュール的に当初から本当にギリギリだったんで、間に合わなくても知りませんよ、と(笑)。

──本作は企業との商品タイアップが非常に多いのも特徴のひとつですが、そのあたりにやりづらさはなかった?

新海 現場はもしかしたら大変だったかもしれないけど、僕自身はやりづらさはなかったですよ。昔は自主制作だったからピュアなものにならざるをえなかったですが、今は商業作品を作っている気持ちが強いし、僕自身そんなに厳密に芸術作品としてピュアなものを出したい気持ちがそもそもない。

東宝の夏休み映画ってお祭り感覚なので、作品のノイズにならない範囲ならば、いろんな人が関わってくれるのはむしろ楽しいです。

──製作にあたって、前作との差別化を意識した部分はありますか?

新海 たくさんありますが、特に意識したのは興行形態。『君の名は。』のときは東宝の夏休み映画のメイン的な扱いではありませんでしたが、今回はメインになることが最初からわかっていました。なので、大規模公開だからこそできることをしようというのが一番大きな違いです。

──具体的には?

新海 エンターテインメントとしては王道だけど、予定調和ではなく賛否分かれる映画にすることです。主人公の帆高(ほだか)はある意味で社会から逸脱していってしまうし、自分勝手な行動もする。だから、見た人の中にはすごく抵抗がある人もいるだろうし、エピローグも人によっていろんな意見が出てくる作品にしています。

こういうものを僕の過去作品、例えば『言(こと)の葉の庭』のような規模(興行収入約1.5億円)でやっても"僕のお客さん"が「よかったね」と褒めてくれて終わり。そこから新しい何かが生まれないと思うんですよ。

──なるほど。

新海 だから、「『君の名は。』のほうが面白かった」って声は確実に出てくると思うし、それも含めて今はどんな叱られ方をするんだろう、あるいはどんなふうに共感してもらえるんだろうという気持ちです。たとえるなら、何か大きな石を投げてどんな模様の波紋が立つのかを観測するような。

その大きな石を投げ込ませてもらえるタイミングが今回だったということです。そういう意味では本作は実験的作品と言えるかもしれない。ただ大前提として、エンタメに軸を置いて確実に面白いと思ってもらえるものを作ったつもりです。

離島に窮屈さを感じ、東京へ家出をした16歳の森嶋帆高(上)が出会ったのは、祈ることで空を晴れにできる能力を持つ不思議な少女、天野陽菜(ひな)。天気の調和が狂った時代にふたりは、とあるビジネスを始めて人々に笑顔をもたらすが......。天気と社会に翻弄される少年少女の切なくもたくましい姿を雲と雨の美麗なタッチとともに描いた新境地的な作品

■雨は美しいものとしてもう描けない

──先ほどお話に出た『言の葉の庭』など、監督の過去作品では、雨は叙情的、肯定的に描かれている印象でしたが、本作ではネガティブなニュアンスで描かれていました。これは、何か心境の変化があったのですか?

新海 心境の変化というか、自分たちが今暮らしている環境の変化だと思います。劇中に、「昔は春も夏もすてきな季節だったのに」というセリフがありますが、現実でも、もはや温暖化ではなく気候変動の段階に入っていることが3年前くらいから顕著で、その体感が大きいですよね。

──ここ最近は、毎年のようにどこかが豪雨で甚大な被害を受けています。

新海 今まで、気候って情緒のあるもので、特に日本みたいな穏やかな気候の場所は「雨は雨ですてきだよね」と言えた。でも今の日本の夏はどんどん暑くなっているし、猛暑になれば豪雨も増える。

季節はもう穏やかなものではなく、どちらかというと、人間に対立するものとして存在しています。「もはや雨は叙情的ではない」という世の中の人たちのムードもあるし、僕も世の中の人のひとりなので、もう雨は単純に美しいものとして描けなくなっています。

「人間は季節の変化にどう立ち向かわなければいけないのか、どう自衛しなくてはいけないのか」(新海監督)と語るように、美しいだけではない雨への新しいアプローチも本作の見どころのひとつになっている

──それで雨が降りしきる東京が舞台になったと。もうひとつ、『君の名は。』のエピローグで、ヒロインの三葉をいじめていた同級生がコンビニでバイトをしてたり、牛丼をひとりで食べているシーンに監督の心の闇を見ました。今はすっかりメジャー監督になられて、そのあたりも浄化されたのでしょうか。

新海 ははは。あれはいじめてたコたちがみじめな人生を送ってることを描写したかったんじゃなくて、RADWIMPSの曲に合わせて、「それでも人々の日常が続いてる」ってシーンを入れたかっただけです。

確かに言われてみればそうとらえられるなとは思うんですけど、僕は女のコがひとりで牛丼を食べているのはすごく美しい風景だと思うし、僕はああいう女のコは好きなんです(笑)。

──そうでしたか。結末については、過去から作品を追うごとに進化していると思いますが、『秒速5センチメートル』以前のような切ないエンディングが監督の真骨頂だと勝手に思っているのですが。

新海 そうなんですか?(笑)。でも僕は商業作品としてみんなが見たいものを作っているつもり。『秒速...』の当時は超ハッピーエンドじゃないものをみんなが見たいと思っていると感じてたし、『君の名は。』のときは、みんなが明るく前向きな物語を見たいのではと感じたから、ああいうものにしたというだけです。

──監督の趣味ではなく時代に合わせていると。

新海 別にチューニングしているわけじゃないですが、ものを作る仕事をしている人間として"蛇口"みたいなものでありたいと思ってるんです。

──蛇口とは?

新海 蛇口ってひねれば水が出てくるけど、水源はその時代の雨水がたまって浄化されたものなわけです。僕はテクニカルに蛇口をひねったら物語が出てくるような存在でありたいけど、水源は社会だから、どうしたってその水には観客の気分が混じらざるをえないし、混じっていたほうがいい。

そういう意味では、社会が変われば作るものも変化していく。それは今後も変わらないと思います。

──以前、監督は自身の作品はどこまでも思春期の人たちに向けて作っているとおっしゃっていました。

新海 それは基本的に変わりません。一番こういうアニメーション映画を必要としているのは10代、まぁ20代もいるでしょうけど、「まだ出会ったことがない人がいる」という気持ちを抱いている人だと思ってます。

でも僕ももう46歳で初老です(笑)。今回は須賀というキャラが出てきますが、ああいう中年を出すようになったのも、自分が年を取ったからなのかな。

「『この映画にはこんなメッセージがあるんだよ』と投げかけるつもりはありません。どういう人が何を感じるのか、この映画を通して見てみたいという興味があるんです」(新海監督)

■週プレだけはずっと味方だと思ってます

──本作はあるアダルティな場所が重要な舞台として登場します。家族連れもたくさん見る映画なのに思い切りましたね。

新海 ああいう場所を出すくらいいいじゃないですか(笑)。意図としては、主人公たちがどんどん社会から弾(はじ)かれてしまう描写の中のひとつで、最終的に受け入れてくれたのがあんまり人には言えない場所だったということ。

僕の人生ではそういう経験はなかったけど、思春期の人たちからすればあのシチュエーションはドキドキすると思うし、あれが普通の場所だったらあんまりグッと来ないでしょう?

──確かに!

新海 ただ気をつけなくてはいけないのは、僕の映画も急に多くの人に開かれたことで、今回のとある場所についてもそうですけど、こういった描写を不快に感じる人もいるかもしれないということなんです。

でも一方で、意図どおりそれでドキドキしてくれる人もいるんです。そんなことを考えながらそういうシーンについてはひとつひとつ慎重に、でも少し踏み込んで作りました。週プレも気をつけたほうがいいですよ(笑)。

──ご忠告ありがとうございます(笑)。ではその踏み込んだフェチポイントというのはどのあたりですか?

新海 だから、うかつな発言をするとまた気持ち悪いとかいわれちゃうんですが(笑)、まぁ正直なところ今回僕はノースリーブを描きたかった......気がする(笑)。

──そういえば、ヒロインの陽菜(ひな)はノースリーブが基本ですし、セクシーお姉さんの夏美さんもよく肩出してますね。

新海 打ち合わせに行く企画会社が有楽町にあって、普段仕事をするスタジオは荻窪なんですが、夏の有楽町は女性のノースリーブ率が90%なのに荻窪は2%(笑)。そのギャップでノースリーブの存在が印象づけられたんだと思います。だってノースリーブ......すてきですよね?

『3月のライオン』の登場人物、川本ひなたの黒髪ふたつ結びを見てビジュアルイメージを固めたというヒロインの天野陽菜。新海監督こだわりのノースリーブにも注目だ胸の谷間など大胆に肌を見せてくれる女子大生の夏美は本作のセクシー担当で、帆高を惑わせる。これも監督のいう「思春期の人をドキドキさせる」ためのひとつのピース

──間違いありません!(笑)

新海 それにしても、僕はプロモーションのたびに週プレの取材を楽しみに思えるようになってきたんですよ。

──マジですか!?

新海 だってフェチとか、ストーリーとは全然関係ない話まで聞いてくるのはここだけでしょ(笑)。作品に自分のフェチシズムをあえて開陳しているわけじゃないけど、どうしたって含まれてしまって、それが叱るられる世の中になってきている。だからそういうことを取材してくれる週プレだけはずっと味方だと思ってます。

──もちろんです! この夏一番の話題の映画、見に行くしかないです!

●新海誠(しんかい・まこと)
1973年生まれ、長野県出身。2002年にほぼひとりで手がけた短編作品『ほしのこえ』で商業デビュー。その後、『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』など、男女の「出会い」と「すれ違い」をモチーフとした作品を発表して話題に。2016年公開の『君の名は。』が興行収入250億円を超え、国民的アニメーション映画監督としてその名を世界にとどろかせた

■『天気の子』全国東宝系ロードショー公開中
新海監督の3年ぶり待望の新作は、日本国内での大規模公開に加え、すでに140以上の国と地域に配給されることが決定。『君の名は。』に引き続き音楽はRADWIMPS、キャラクターデザインは田中将賀が担当。主演声優には醍醐虎汰朗(森嶋帆高役)、ヒロインには森七菜(天野陽菜役)といった若手俳優を抜擢、小栗旬や本田翼ら豪華キャストが脇を固める。空、雲、雨といった要素が独特の映像技法でどう表現されるのかもポイントだ

(c)2019「天気の子」製作委員会