人気深夜番組『ゴッドタン』(テレビ東京系)での"腐り芸人"で新境地を切り開いたハライチの岩井勇気。テレビの欺瞞(ぎまん)を鋭利な刃物で真っ二つにするような物言いは、ハラハラしながらどこか爽快。
その鋭い観察眼で「東京・男子・ひとり暮らし」を切り取ったのが、初のエッセイ本『僕の人生には事件が起きない』だ。小さな幸福と小さな不幸が折り重なる日常のなかで、お笑いの反逆者は何を思ったのか。
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──タイトルから『僕の人生には事件が起きない』とすでに宣言しているあたりが、とても岩井さんらしいです。
岩井 いや、最初はちょっと何か起こっているようなことを書いていたんですけど......続けていくうちに「ちょっとこれはもう続かねぇな」って(笑)。事件なんてそうそう起きないし、事件といっても自分の身の回りで起きたことなんて、世間からしてみたら別に大したことじゃないし、だんだんイラついてきちゃったんです(笑)。
──そうだったんですか。
岩井 以前にハライチの人生を深掘りする的なバラエティに出たときに、打ち合わせでものすごく聞かれたんですよ。「何か面白いことありますか?」「陰湿なキャラだったんじゃないんですか?」って(笑)。書きながらそれを思い出しちゃって。
──誘導尋問のようにしてテレビなどが無理やり虚像をつくろうとしていると。
岩井 嘘を強要されるみたいなところがありますよね。暗に「嘘でもいいから」って、目を合わせないでこう(指でクイクイ)やられてるような感じが。で、だいたいそれに乗っかるやつって、誇張して話す。
でも、それをやりだしたら歯止めが利かなくなるんですよね。そういうのを見て、もう破綻してるなって思って。「ウソでもいいからハラスメント」というか(笑)。
──わかる気がします(笑)。
岩井 だから、どこかで「あるわけねぇじゃん!」ってキレるやつが出てこないとダメだと思ったんです。
──だから今作は本当に自分の身の回りに起こったことに徹して書いているのですね。
岩井 ありのままの人間の日常をどれくらい面白く書けるかってことかもしれないですね。芸能人もひとりの人間だし。芸能界に対して「私たちとは違う」みたいな印象を抱く方も多いですけど、別に普通のやつばかりですよ。
まぁ、なかには芸能人ぶってるやつも確かにいる。そういうやつは勝手に写真とか撮られればいい。ただ、ぶってもいない俺がそんなことをされた日には、たまったもんじゃないって思いますね(笑)。
──有名税を支払う義務はないと。
岩井 そう。こういう本まで出して「皆さんと一緒ですから」って言っているんですから。
──ただやっぱり一緒じゃないと思うのは、部屋の棚をつくるとか、コーヒーメーカーを買うとか、そんな日常を私たちが書いても面白くならないです。
岩井 僕が面白いと思うのって、大げさな設定の中で起こるみみっちいやりとりとかなんですよね。「そんなこと、エッセイ本出してまで書くことか!」の感覚ってそれなんですよ。
──なるほど!
岩井 だから日常的であればあるほど本にまですることじゃない!ってことになるので、僕は面白いと思ってるんですけどね。そうすると、なんかこのエッセイはフランス映画みたいだなって思いましたね。
──え、どういうことですか?
岩井 日本人は明確なオチと伏線の回収が大好きだけど、フランス映画ってただ日常的なことがあって「これからも日常は続く」みたいな終わり方が多いじゃないですか。
──あぁ、「もう終わっちゃうの!?」みたいな。
岩井 そう。ほぼオチがない感じ。あと、さっき調べたんですけどエッセイってフランス語らしいです。この本はフランス人に読んでもらいたいですね。これぞ、ザ・エッセイですよ。いやフランス語だから、ラ......?
──(笑)。岩井さんは世間では辛口な"腐り芸人"というイメージが強いと思うのですが、不思議と炎上しませんよね。
岩井 昔はちょいちょい炎上もしてたんですけどね。
──そうなんですか。
岩井 やっぱり、論が適当なまま「尖ろう」と発言すると炎上しますよね。逆につじつまが合っていたり理論がしっかりしていれば、どれだけ強いことを言っても皆納得する。
──確かにそうかもしれないですが、「尖ってると思われたい」みたいな気持ちはない?
岩井 あんまりないですね。悪口や不条理なことを言われて、こっちが怒っていい状況であっても「なんでこれがダメなのか」「何に対して怒っているのか」を明確に理由づけしてから言うようにしています。
──一番敵に回したくないタイプです(笑)。岩井さんの原動力はそういった「怒り」が多いですか?
岩井 う~ん、怒りとか違和感ですかね。小学生の頃、よくケンカをしていたんですよ。挑発されたらすぐケンカになって、だいたい泣かしちゃったりして。そうしたら、いつだったか母親が担任に呼び出されたんです。
「息子さん、どうにかなりませんか」と。でもうちの母は、「殴った息子も悪いけど、ケンカなのになんでこっちだけ呼ばれなきゃいけねぇんだ」ってブチ切れて帰ってきたんです(笑)。
──強い(笑)。
岩井 そのとき「世の中とはこういうものだ」みたいな「常識」について、本当にそうなのかを考えるようにはなったかもしれない。ちなみに、母にはその後ボコボコにされました(笑)。
違和感って言語化せずにためておくとストレスにもなってきますよね。言葉にして、なんでこれがいやなのかを明確にしていくとスッキリする。急にキレる人や爆発する人って、それができていないって思いますね。
──芸人というお仕事はストレスたまりませんか?
岩井 僕はたまらないようにしていますけど、やっぱり本当に自分がやりたいこととは違う、と思いながらテレビや世間のオーダーに応じてしまうやつはどんどんたまっていきますよね。うちの澤部なんかはオーダーに応じることが自分のやりたいことだったりしますけど(笑)。
──それはそれでスゴいです!
岩井 いいですよね。アイドルのように客の期待に精いっぱい応える。やっぱ澤部はアイドルだなって思いますね(笑)。
●岩井勇気(いわい・ゆうき)
1986年生まれ、埼玉県出身。2005年に、幼稚園からの幼なじみだった澤部佑とお笑いコンビ「ハライチ」を結成。結成後すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタの作成も担当。大好きなものはアニメと猫。特技はピアノ。本作が初めての著書になる
■『僕の人生には事件が起きない』
(新潮社 1200円+税)
自ら日常を「ありふれた人生」と言い切るハライチ・岩井。だが、果たして本当にそうなのか? 庭には除草剤をまき散らし、段ボール箱をカッターで切り刻んだかと思えば、組み立て式の棚は途中で挫折し放置。外に出れば「食べログ」低評価店の惨状に驚愕しつつ、歯医者の予約は何度も忘れ、野球場では予想外のアクシデントに遭遇する。彼の「ありふれた人生」は狂気をはらんでいたのだ......。そんな日常に斬り込んだ痛快エッセイ集