<第2話 初めて仲間になれた日>
■子供の頃に感じた「女の子って、怖いんだ」
欅坂46の初期メンバー、米谷奈々未がオーディションを受けたのは高校1年生のときだった。大阪府内でも有数の進学校に通っていた彼女は、学校の都合で審査に遅れて参加することもあったりと、加入前から学業との両立に苦労していた。親はアイドルになることに猛反対していたが、きちんと勉強を続けることを条件に、自分で親を説得して欅坂46のメンバーになった。
そんな彼女の前に、突然、長濱ねるという新メンバーが現れた。番組で流された紹介VTRによると、親の反対に遭った彼女は、オーディションの最終審査も辞退し、ただ泣いているばかりだったという。なのに、こうして後から加入を許された。
――自分はこの子のことを認められるだろうか?
正直すぎる米谷は、収録の合間にはっきりと長濱に告げたのだった。
「ごめんやけど、私、仲良くなられへんと思う」
この言葉に、当然、長濱はショックを受けた。次の収録が始まってからも、涙をこらえるのに必死で声が震えた。
ただ、自分だけ後から入って拒絶されるのはこれが初めてではなかった。3歳から長崎の五島列島で育ち、"島民みんなが家族"という環境のなかで過ごしてきた彼女は、小学2年生のときに長崎市内の学校に戻ると、いきなり壁にぶつかる。島育ちの人懐っこいこの転校生を、周りの女生徒たちは「ぶりっ子してる」と言って拒んだのだ。このとき、彼女の人生観が早くも決定された。
「女の子って、怖いんだ。少しでも目立つと、いじめられるんだ。私はなるべく目立たないように、みんなに気をつかいながら生きよう」
欅坂46メンバーと合流して活動するようになってからも、長濱は目いっぱい気をつかいながら振る舞った。年下のメンバーにも絶対に"さんづけ"をし、メイクは必ず最後に入った。開けたドアは全員が通るまで持ったままにする......。「自分は後から入ってきた後輩だ」と思っていた長濱にとっては、これは当然の義務に思えた。
■涙を流して抱き合った舞台袖
番組収録から1ヵ月半が過ぎた12月後半、長濱と欅坂46のメンバーたちは新たな課題に取り組んでいた。翌2016年の1月に開催される「新春!おもてなし会」というイベントのためのレッスンが始まったのだ。まだ持ち歌のなかった欅坂46は、このイベントではダンス部や音楽部に分かれ、それぞれ内容の違う演目をファンの前で披露することになっていた。
そんななか、演劇部に振り分けられた7人のメンバーに長濱と米谷の姿もあった。
長濱は、米谷とあれ以来ロクに話していなかった。ほかのメンバーにも、なれなれしいと思われるのがいやで近づきすぎないようにしていた。
ある日、たまたまほかの5人がコンビニへ買い物に出かけると、長濱と米谷がふたりきりになってしまった。しばらく気まずい空気が流れた後、ついに長濱は腹筋やスクワットを始めた。「私は筋トレをやらなきゃいけないので、話しかけなくても大丈夫ですよ」という意思表示のつもりだった。
一方の米谷は、話すタイミングを失って焦っていた。実は、米谷は当時のブログにこんなことを書いている。
「(長濱の加入を)聞いた時は混乱と不安だらけでした。今もなんかモヤモヤしてるとこもあるのかな...。でも、もう同じ欅のメンバーやから! 少しずつになってしまうかもしれないけど仲良くなっていけたらいいなと思ってます」
まだこだわる部分がありながらも、同じグループのメンバーとして親しくなりたいという思いが正直につづられていた。この頃、彼女は長濱との関係についてマネジャーにも相談している。どうすればあのとき自分の言った言葉について謝れるのか、いつも考えていた。
そんなふたりの関係が劇的に変化したのは、「おもてなし会」の当日だった。
長濱の加入発表以前に「お見立て会」というイベントをすでに経験していた他メンバーとは違い、長濱にとってはこれが初めてのイベントだった。楽屋で出番を待っているときから、怖くて涙を流していた。舞台袖からステージを見ると、足がすくんだ。
しかし、いよいよステージに立つというそのとき、長濱の背中を誰かが叩いた。
「頑張って!」
振り返ると、米谷がいた。思いがけない言葉に、長濱の気持ちは揺さぶられ、号泣してしまった。米谷もまた、その顔を見てもらい泣きした。そしてふたりは涙を流しながら抱き合った。
ステージに出る直前、たった10秒ほどの出来事だった。しかしこれが、それまでのふたりの関係性が鮮やかに逆転し、お互いがかけがえのない仲間になった瞬間だった。
これをきっかけに距離が縮まった長濱と米谷は、プライベートでも一緒にノートを開いて勉強をするような関係になる。そしてしばらくたったある日、米谷は長濱の目を見て真剣に言った。
「ごめんね」
かつて「仲良くなられへんと思う」と言ったことを謝っているのだ。もう何も気にしていなかった長濱のほうが、きょとんとしてしまった。米谷にはこういうバカ正直なところがあった。
そんな米谷のようにはっきりと口にはしなかったものの、長濱が加入した当初は素直に受け入れられなかった欅坂46メンバーも多かった。しかし、長濱の過剰に気をつかう性格の奥には、島育ちの人懐っこさがあった。同じ時間を過ごすなかで、長濱と欅坂46メンバーとの関係は徐々に解きほぐされていった。
2月、欅坂46のデビュー曲『サイレントマジョリティー』のMV撮影が行なわれた。けやき坂46のメンバーである長濱ねるは、この楽曲に参加していない。しかし、それまでのすべてのレッスンに自主的に参加し、MVの収録にも同行して欅坂46メンバーを見守っていた。
夜の渋谷駅前、寒空の下で覚えたばかりの振り付けを何度も何度も繰り返すメンバーたち。初めてのMV撮影は誰にとっても過酷なものだった。しかし、カットがかかるたび、メンバーのために温かいスープをよそったり、カイロを渡したりする長濱の姿がそこにはあった。そしてそんな彼女の温かさにひかれるように、欅坂46メンバーたちも自然と彼女のそばへ寄り添うようになっていった。
■それでも欅坂46に私はいない
3月に入って『サイレントマジョリティー』のMVが公開されると、"サイマジョ現象"ともいうべき状況が起こった。
君は君らしく生きて行く自由があるんだ/大人たちに支配されるな/初めから そうあきらめてしまったら/僕らは何のために生まれたのか?
そんな歌詞に込められたメッセージ性が若年層を中心に共感を呼び、ティーン誌のアンケートなどでもすぐさま「好きな曲1位」に挙げられるようになった。その夏、テレビの音楽特番で行なわれた人気投票でも、AKB48や乃木坂46の代表曲を抑えて1位を獲得するなど、この一曲だけでアイドルシーンのすべてを変えてしまうような勢いだった。
だが、けやき坂46のメンバーという立場だった長濱ねるは、そこにはいなかった。MV撮影と同様、ジャケット撮影にも立ち会ってはいたが、自分ひとりだけカメラマン側から見学していた。欅坂46のメンバーたちが渋谷のファッションビルの壁面を飾っているのを見て、不思議な気分になった。
「世の中の人たちが知ってる欅坂46に、私はいないんだなぁ」
2016年4月6日に発売されたデビューシングル『サイレントマジョリティー』。そこに収録された6曲のうち、彼女が参加した楽曲がひとつだけある。『乗り遅れたバス』という曲だ。"けやき坂46の長濱ねるのセンター曲"として作られたもので、グループに遅れて加入した彼女の境遇が詞に歌われている。
ごめん/一人だけ 遅れたみたい/あの場所に/誰もいなくて/どこへ行ったらいいのかなんて/わからなかった/片道の夢/手に持ったまま/坂の途中で/途方に暮れた
長濱はこの歌詞をもらったとき「神様がいるのかな」と思ったという。特に、「坂の途中で/途方に暮れた」という部分は、オーディション最終審査の日、母親に手を引かれて坂道を上っていく自分の姿を、天から見ていた神様が描写したとしか思えなかった。
そんな彼女にも、いよいよ仲間のできる日が近づいてきた。
■前代未聞のオーディション
前年11月、長濱ねるの加入発表と同時に告知されたけやき坂46の追加メンバーオーディションは、ちょうど欅坂46が『サイレントマジョリティー』でデビューした頃、大詰めを迎えていた。
4月下旬の時点で3次審査を通過した候補者は18人。このときの候補者は、今までにない試みを経験することになる。それがインターネット上の動画配信サービス「SHOWROOM」での個人配信だ。
"仮想ライブ空間"を標榜するSHOWROOMは、個人のPCやスマホを使い、リアルタイムで映像を配信できるサービスだ。後に、欅坂46でもメンバーの個人配信が行なわれるようになったが、同グループのSHOWROOM利用はこれが初めて。乃木坂46やAKB48グループを含めた上でも、オーディションでの運用はこのときが最初だった。
期間はちょうど1週間。オーディションのための特設ページには次のような文言が記されていた。
「イベント期間中の配信内容、獲得ポイント数、順位等は審査過程の参考とさせて頂きますが、直接的に合否には関係ありません」
SHOWROOMは、配信中のファンのコメント数やギフトと呼ばれるアイテムの投げ込みによってポイントがつくシステムになっている。「直接的に合否には関係ありません」とは書かれているものの、この順位が最終審査に響くかもしれないし、審査する側も配信をきっと見ているだろう......。何もかもが初めてだったこのときの候補者たちにとっては、これも重要な審査のひとつだと思えた。しかも、審査員以外の多くのユーザーにもジャッジされるのだ。
後にメンバーとなる齊藤京子は「1位を狙って頑張るしかない」と思い、その1週間は配信をするかほかの候補者の配信を見るかという生活を続け、目標のとおり1位になった。齊藤は、このときの状況を「もう"仕事感"があった」と振り返る。
一方、同じくメンバーとなる井口眞緒は、スマホで自分の顔を大写ししながら大声で歌うなど、アイドル志願者とは思えない自由な配信で注目を集めた。この井口の配信では、ユーザーが自分のアイコンを変えられるアバター機能を使い、全員が同じ"だるま"の姿になった上で大量のだるまをギフトとして投げ込むなど、すでに強固なコミュニティが出来上がっていた。
そんななか、いつもきっかり30分間、顔出しなしで声だけの配信を行なう変わった候補者がいた。それが当時中学3年生になったばかりの影山優佳だった。
(第2話 終)