家族をテーマにした『またね家族』で小説家デビューした映画監督・松居大悟 家族をテーマにした『またね家族』で小説家デビューした映画監督・松居大悟

松居大悟を初めて取材したのは9年前。その取材で彼は学生時代いかにモテなかったか恨み節を散々語った。

そして、監督した映画の撮影時、「キャストに童貞感を出したいんで一緒にオナ禁したんです!」と嬉々として語る姿に、童貞をこじらせたヤベー奴が出てきたなと思ったのを覚えている。

そんな松居さんが初めて小説を書いたらしいーー。

* * *

――小説『またね家族』の主人公・竹田武志は、仕事に関してグズグズと悩み、彼女にフラれる直前に逆ギレし、マッサージ嬢に説教をかまして返り討ちにあって凹んだり......モデルは松居さんですよね?

松居 違います、違います(笑)。僕を知っている人がこの小説を読むと、主人公を僕に置き換えて読んじゃうみたいで。もちろん、僕の肌感覚から生まれた物語ですし、読み方は自由ですけど。でも、完全にフィクションです。

主人公は、僕より素直で純粋で、人から受けた影響をすぐに行動に移せる、なれなかった自分、憧れの自分を描いたような気がします。ただ、小説を読んでくださる方には、仕事のこと、家族のこと、恋人のこと、きっと、どこかしら重なる部分があると思うので、自分の物語だと思って読んでもらえるとうれしいです。

――重なりました! 誰かに自分のことをわかってほしいと思いながら、同時に誰にもわかるはずないという自我が肥大した主人公の姿、自分の話じゃないか!と錯覚すら覚え、笑いながら泣きました。

松居 ありがとうございます。

――ただ、松居さんといえば、映画『アフロ田中』や映画『私たちのハァハァ』など、いわゆる青春モノを多く手がけてきました。『またね家族』のテーマが"家族"になったのはなぜですか?

松居 今まで、家族というジャンルを扱わないように避けていたというか、逃げてたんですね。スタッフやキャストと『家族ってこうだよね』と"家族観"を共有したくなかったというか。共同作業ではない小説だからこそ、家族というテーマで書こうと思えたんだと思います。

去年はちょうど父親の七回忌だったこと、一昨年、ドラマ『バイプレイヤーズ』シリーズの監督としてご一緒させていただいた大杉漣さんに会えなくなってしまったことも大きいです。

――執筆中、悩んで筆が進まないなんてこともありましたか?

松居 そもそも小説の書き方がわからないので、悩む前に書き出したんです。だからなのか、それほど『もう書けない!』みたいなこともなかったです。ただ、書いていて、わけがわからず興奮して、1回シコんないとテンション上がりすぎて書けないな、クールダウンしないとなってことはありました(笑)。

でも小説を書くのは想像以上に楽しかったというか、舞台や映像作品と違って、役者も美術も照明も、カメラアングルも全部自分だけで決められる。『あ、これロケ地的に難しいかな』とか『このセリフ、この役者さんだと魅力が出ないな』ってことがないですから。

――ひとりで完結できる小説を書いてしまったが故に、今後舞台や映像作品をやりにくいなんてことにはなりませんか?

松居 執筆後、去年の年末から今年の年始にかけて舞台(ゴジゲン第16回公演『ポポリンピック』)がありましたが、やりにくさは感じなかったです。小説とは別物ってわけじゃないですけど、役者やスタッフと意見を交換しながら作り上げるのが舞台や映像作品の面白さだと思うので。

もちろんそれは僕のやり方で、完全に『こうやる!』と決めて、人の意見を聞かない演出家もいますが。でも、自分の世界を表現したいだけなら小説すら向いてない気もします。

――急に真面目なこともお聞きしますが、作中でエンターテインメントについても書かれていますよね。「世界を変えるつもりで作るけど変えられない」と。

松居 はい。まさに今の情勢ではないですけど、やっぱりエンターテインメントというのは不要不急なんですよ。ただ、人間が人間らしく見える時って、必ずエンターテインメントがそばにあるって信じています。そして、世界は変えられなくても、人を......そう言った言葉を小説の登場人物に込めました。

――では、『またね家族』を読んだ人が、どんな感想を抱いてくれたら嬉しいですか?

松居 感想というより、もし久しく親と連絡を取っていなかった人なら電話をしてみたり、コロナが落ち着いたら会いに行こうと思ったり、家族と向き合うひとつのきっかけになることができたらうれしいです。

――最後にお聞きします。『またね家族』を書いたことで、松居さん自身は何かが変わりますか?

松居 うーん、たいして変わらないと思います。映画を撮ったらモテるようになると思ったんですけど全然モテないですし(笑)。

●松居大悟(まつい・だいご)
1985年、福岡県生まれ。劇団『ゴジゲン』主宰。映画監督。代表作に『アフロ田中』『君が君で君だ』『アズミ・ハルコは行方不明』など。ドラマ『バイプレイヤーズ』シリーズのメイン監督なども務めた。公開延期となっていた最新作『#ハンド全力』が7月31日(金)より全国公開予定。

■『またね家族』
(講談社 1650円+税)
うまくいかない劇団を主宰する自意識過剰な主人公・竹田武志のもとに、大嫌いな父親が余命3ヶ月だという報せが届く。仕事、恋人、家族......取り巻く環境が急激に変化するなか、武志は家族、そして父親と向き合おうともがく――。