湯浅政明 1965年生まれ、福岡県出身。初監督作『マインド・ゲーム』(2004年)が第8回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門大賞に。テレビアニメ『四畳半神話大系』(10年)、『映像研には手を出すな!』(20年)、劇場版アニメ『夜明け告げるルーのうた』(17年)、Netflixオリジナルアニメシリーズ『DEVILMAN crybaby』(18年)など数々の話題作を手がける

大地震により日本列島が"沈没"する未来を描いた小松左京の傑作SF小説『日本沈没』を、世界でも高い評価を受けている湯浅政明(ゆあさ・まさあき)監督がシリーズアニメ化! 

Netflixオリジナルアニメシリーズ『日本沈没2020』で、歴史的名作はどのようにアップデートされた!? 本人に直撃!

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■「国」とは、「日本人」とはなんなのか

――今回、なぜ『日本沈没』を原作にアニメを作ることになったんですか?

湯浅 この作品はすごいビッグタイトルで、すでに2回実写映画化されていますし、何より小松左京さんは僕らの世代にとってはSF界の巨匠です。ただ、自分に接点がある作品だとは思っていなかったので、プロデューサーからお話をいただいたときは「なんで?」と思いました(笑)。

でも、どう描けばいいか見える企画って実はあまり面白くなくて、「どうすればいいんだ?」と考えながら作るほうが楽しいし面白くなると思ったので、やらせていただくことにしたんです。

――作品の舞台を2020年にした理由は?

湯浅 原作や映画版も、それぞれ作られた当時を舞台にしていますが、やはりその時代に作る意味があるからそうしていると思うんですね。今回の『日本沈没2020』も現代を舞台にして、スマホやツイッターがある環境で日本が沈没したらどうなるんだろう、ということを想像しながら作りました。

――特に現代性を意識した部分は?

湯浅 人物描写ですかね。男らしいとか女らしいとか、昔ながらのステレオタイプではないキャラクターにしました。今作の主役となる一家では、お母さんがキャリアウーマンとして外でバリバリ働いている一方、お父さんのほうが家に長くいる。

で、子供たちはお父さんっ子になっているんだけど、震災が起きてからお母さんのことを知っていく、という流れにしました。

フィリピン出身の母・マリ(右)はリゾートホテルのスタッフとして世界中を飛び回る。彼女がちょうど日本に帰国するタイミングで、大地震が発生する

――その母親はフィリピン出身で、国籍も向こうにあるという設定ですね。

湯浅 今回はストーリーを作るにあたって、「国」ってなんなのか、「日本人」ってなんなのかということを考えたんですね。

そこで、日本に対してニュートラルな人物をできるだけ入れ、外から来た人が日本で震災に遭ったらどう感じるかという視点を入れました。実際にこういう国家規模の災害が起きたら、国籍の問題も必ず出てくるはずだと思うので。

――原作には、1970年代当時の日本の経済的繁栄への警鐘(けいしょう)も込められていたと思います。今回の湯浅版に込めたメッセージは?

湯浅 国や経済も含め、自分たちの立っている場所を大きな視点で認識してほしい、ということです。原作の時代に比べて落ちぶれたとはいえ、今も日本人は高水準な生活を当たり前のように享受していますよね。

国や政治がダメだと言いながら、なんだかんだそこから恩恵を受けて、安全な生活やおいしい食べ物を得ている。また、それに対してどこか満足して保守的になっているのが今の日本人だという気がします。

しかし、もし日本沈没のような事態が起きたら、今まで自分が何に守られていたのか、誰がつくったものの上に立っていたのかということを考えると思うんです。この作品をきっかけにして、そういうことも想像してみてほしいですね。

■東日本大震災の記憶がベース

震災のリアリティにこだわった作画は、本作の注目ポイントのひとつ

――日本沈没という人類が経験したことのない震災を描くにあたって、こだわった点は?

湯浅 地震の描き方でいうと、横揺れではなく沈むような縦揺れで表現したり、火山が爆発したときのシミュレーションなども参考にしながら描きました。脚本チームの中に自衛隊に詳しい方や現代の子供事情に詳しい方もいたので、地震が起こった後の動きもさまざまな意見を聞きながら展開させました。

――今回は、湯浅作品らしいマンガ映画的なデフォルメはなく、リアルな描写にこだわっているように感じました。

湯浅 確かに、自分の今までの監督作ではあまりやっていない、リアル系のノーマルな内容の絵にしています。というのも、この作品が求めているのは淡々とした日常描写や生々しさだと思うので、その方向に自然とシフトしていった感じですね。

地震の表現も、デフォルメしすぎると説得力がなくなってしまうので、アニメーション的なスペクタクルはあえて控えめにして、どうすれば視聴者にその恐怖を"感じて"もらえるかということに重点を置きました。

――外からの情報が入ってこないなか、津波が迫ってくるシーンなどはすごくリアルに感じられました。

湯浅 やっぱり、情報がないということが一番怖いと思うんですよ。東日本大震災のとき東京もすごく揺れたけど、僕は情報がなかなか伝わってこないことでどんどん不安になっていった。

この作品はそんな自分の記憶をベースにして描きました。実際に災害って突然やって来るもので、すぐに反応できるものじゃないし、起こってからなんとか対応していくというのがリアルだと思うんですね。今回はそういう人々を描写することに力を入れました。

――具体的に、どういう演出プランで人々を描いたんですか?

湯浅 日常芝居で、立ち居振る舞いができるだけ自然に見えるように、ですね。今回はコンテにもすごく修正を入れたんですけど、顔のアップを引き絵に変えたりと、なるべく自然なポーズを見せられるようにしたところが、演出でこだわった部分ではあります。

――今回の絵柄は、キャラクターの輪郭線などがやや荒々しいタッチで表現されていますが、これは手描きの作画とFLASH(※)を使ったデジタル作画、どちらも使っているんですか?

(※)動画作成などを行なうためのソフトウエア。湯浅監督とチェ・ウニョン氏が設立したアニメ制作会社「サイエンスSARU」では、FLASHによる作画に力を入れており、オリジナリティある映像を生み出している。

湯浅 はい。ただ、皆さん「ここはFLASHっぽい」とか「手描きっぽい」って言いますけど、その違いって見てもあんまりわからないと思うんです。

――タッチの差は、作画ではなく、後からどのようなエフェクトをかけるかによるから、ということですか?

湯浅 そうです。最終的なタッチは、どのあんばいでその加工をかけるかで決まります。実は手描きとデジタル作画をごっちゃにしても気にならないということは、『ピンポン THE ANIMATION』(2014年放送のテレビアニメ)を作ったときにわかったんですよ。

実際に、デジタルよりむしろ手描きのほうがきれいな線で描かれてたりもするんですけど、それらも思い切ってデジタルで荒々しく加工するといいあんばいになったんです。今回の作品のテイストは、僕じゃなく作画監督のテイストでもあるんですけど、シンプルな造形ながら味のある線、という方向で調整しています。

■悪いことも前向きにとらえて進むこと

陸上選手のホープである姉・歩(左)と、eスポーツ選手を夢見るゲーマーの弟・剛(右)

――新型コロナウイルスの影響で、制作現場は大変な状況だったと思いますが、どのような苦労がありましたか?

湯浅 密な状況になるアフレコ現場や、映画館の方などは本当に大変な思いをされていると思うんですが、作画などに関しては意外とリモートでできちゃうんです。

実はほっといても将来的には人と触れ合わずにものづくりをしなきゃいけなかったのが、コロナで突然早まっただけだともいえます。だから、今大変な思いをしている方には本当に失礼なんですけど、これは作り方を変えるチャンスだと思って前向きにとらえたいです。

――クリエイターとして考え方や感じ方が変わった部分はありますか?

湯浅 それは変わらないけど、自分の意外な一面に気づいた部分はありますね。僕は社会性とかあまりないタイプだと思ってたんですが、みんなに楽しんでもらおうと、Twitterにアニメを上げたりするようになりました。僕と同じように、今回のことで多くの人が「自分も何かしなきゃいけない」って感じたと思います。

――くしくもコロナという大きな災厄がいまだ世界中で尾を引くなかで、『日本沈没2020』という災害ものを送り出すことになってしまいました。

湯浅 なんらかの災害によって状況が悪くなったからこそ、お互いの理解が進んだり、人とつながれることってあると思うんです。そうやって悪いことも前向きにとらえて進んでいくことが、僕が今まで仕事をするなかで学んできたことだし、この作品のメッセージでもあります。

皆さんもこの作品を見ながら、「こういう状況になったとき自分はどうありたいか」ということを考えて、その態度を普段の生活のなかでも生かせるようになってくれたらいいなと思いますね。

●Netflixオリジナルアニメシリーズ『日本沈没2020』 
7月9日(木)よりNetflixにて全世界独占配信中。原作:小松左京『日本沈没』。監督:湯浅政明。脚本:吉高寿男。小松左京のSF古典「日本沈没」を『夜は短し歩けよ乙女』『映像研には手を出すな!』などを手がけた湯浅政明監督が初アニメ化。2020年、未曽有の大地震が日本を襲う。都内に住む武藤一家、歩(あゆむ)、剛(ごう)の姉弟、父・航一郎、母・マリの4人は東京から決死の脱出を試みるが、日本列島そのものに取り返しのつかないきしみが生じていた

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