「病気で働けなくなって絶望していたときに、フィギュアを作り始めたんです」と語る衣笠哲史さん

『ONE PIECE』コミックスの巻末にある「ウソップギャラリー海賊団」では、作品愛にあふれた読者から届いたファンアートが紹介される。

そこに趣味で作ったフィギュアを投稿し、第51巻の大賞に輝いた衣笠哲史(きぬがさ・さとし)さんは、そのとき持病が悪化して働けない状態だった。そんな彼を救ったのは尾田栄一郎先生からの色紙と仲間の存在だった――。

■「前職は児童館の工作室の先生でした」

――2008年に「ウソップギャラリー海賊団」で大賞を獲(と)ったときのことを教えてください。

衣笠 趣味で自作したゴーイングメリー号のフィギュアを投稿しました。当時掲載されていたものはイラストが主流だったので、採用されればうれしいなってくらいでした。

しばらくして、出たばかりのコミックス第51巻を買って読んでいたら自分の作品が載っていて、つい興奮して「俺のじゃん!!」って叫んじゃいました。事前に知らされないんですよ、あれ。

後日、尾田先生直筆の色紙が家に届きました。13年がたった今でも、リビングの一番目立つところに飾っています。見ると大人がみんな子供のようにはしゃぐんですよ(笑)。

ゴーイングメリー号はほぼ初めての作品で、素材の知識もなかったため、粘土だけでなく木片も使われている。階段は別のジオラマ模型からちぎってきたそう

――その後も何度か掲載されていますが、これまで何体くらい制作しましたか。

衣笠 大きいものだけで60体以上は作りました。ひとつ作るのに1、2ヵ月かかるのですが、スペースをかなり取るので、ほぼすべて引っ越すときに友人に譲っちゃいました。

実は自分なりの縮尺があって、どのキャラクターもルフィを13㎝としたときのサイズなんです。そのため大きくなりすぎて作るのに苦労するキャラがいくつもあったのですが、それでも原作のサイズ感を再現したかったんです。

ルフィを13㎝として縮尺を合わせているため、大きいキャラの制作は困難を極める。マゼラン(右)は重さ対策でほかのキャラクターと違い発泡スチロールと紙粘土でできている

――比較的渋いキャラを多く制作されていますよね。

衣笠 実は、ルフィは1回しかちゃんと作ったことがないんです(笑)。当時市販されていたフィギュアは「麦わらの一味」くらいしかなかったので、フィギュアになっていないキャラが作りたいと思っていて。

ただ、渋いキャラはカラーページに出てこないので、アニメになるまで色がわからず、粘土で作ってからアニメを待って、出てきたら塗っていました。毎週アニメを見て「五老星(ごろうせい)まだかー!」って。あそこまで五老星を待っていた人はいないんじゃないですかね(笑)。

黒ひげはアマチュア時代に制作したもの。驚異の再現度!

――そもそも衣笠さんがフィギュアを作り始めたきっかけは?

衣笠 ずっと児童館の工作室で先生をしていて、子供たちと粘土で動物を作ったり、絵を描いたりしていました。そこで子供たちに「ルフィを作って!」と言われて、初めて作品の存在を知ったんです。

それで彼らに作ってあげようとマンガを読み始めたらハマっちゃって。それからは粘土でルフィを作って色を塗ってもらったり、一緒に木片を集めて小さな船を作ったりしました。

その後、仕事を頑張りすぎたのもあって持病が悪化してしまい、それが難病だったということもあり、やむをえず休職したんです。子供も工作も好きで天職だと思っていたので、ヘコんで何もできずにいたら、高校生になった昔の教え子たちが心配して顔を出してくれるようになったんです。

うれしい半面申し訳なく、どうせならみんなを喜ばせたい、と家にあった粘土を引っ張り出し、本格的なフィギュアを作り始めました。

プロになった今でもデフォルメした小さな『ONE PIECE』フィギュアは趣味で作っているそう。1体にかける時間は2週間程度。仕事の合間に「素振り感覚」で作るという

――そこからどういう経緯でプロの原型師に?

衣笠 フィギュアを作っているうちに徐々に(体調も)回復してきて、飛び込みでアマチュア原型師の展示会に出展したところ、そこで友達ができたんです。そして彼らにプッシュされ、「ウソップギャラリー海賊団」に投稿したら、大賞に輝き、尾田先生の色紙までいただきました。

大好きな尾田先生に「プロ並みの腕前」とコメントをいただき認めてもらえたことが自信につながって、趣味でいいと思っていたフィギュア制作のプロになることを考え始めました。しかし、当時のフィギュアのイメージといえば美少女フィギュアで、私は美少女フィギュアが作れないから無理だと思っていたんです。

それでもフィギュアを作り続け、くじけそうなときは色紙を見て奮い立たせていました。そんなあるとき、展示会に来ていた人から、今の会社(*衣笠さんが所属する株式会社GB2)の取締役で原型師の長汐響(ながしお・きょう)さんを紹介され、最初はバイトとして手伝い始めました。

――そこでプロ集団に入ったんですね。どうでした?

衣笠 想像とは違う世界でした。GB2のやり方はまず骨を作るんです。そこに筋肉をつけて、肉や皮膚をつけていく。見えるままを作るのではなく、人の体をしっかりと作るんです。

それまでの自分の作り方との違いに驚くと同時に、先輩方の職人技に惚(ほ)れ、プロの原型師を本気で目指し始めました。教え子や友人たちのおかげでここまで立ち直ることができたと思っています。

プロとして初めて作った『ONE PIECE』関連作品は食玩のチョッパーとゴムゴムの実。ウソップ(左)とバギー(右)だけでなく、ブルック、シャンクス、ゾロなども手がけたことがあるそう

■尾田先生に伝えたいこと

――ご自身のフィギュアへのこだわりを教えてください。

衣笠 私はアニメも好きなのですが、第一に原作のファンなので、アニメよりも尾田先生の絵からエッセンスを拾いたいと常に思っています。例えば、アニメに比べマンガのルフィのズボンは少し濡れているようなしわの寄り方をしているんです。

それが尾田先生らしさであり、ルフィらしさでもある。形容し難いですが、尾田先生の描くキャラクターの動きには特有の"うねり"があって、それをフィギュアで表現したいんです。

――ちなみに市販の『ONE PIECE』フィギュアも手がけていたりするんですか?

衣笠 BANDAI SPIRITSの「フィギュアーツZERO」のシリーズをいくつか作っています。うちの会社はコミカルな造形が得意なので、ブルックやウソップなどの依頼が多い。私が最近作ったバギーは特に評判が良かったです。

バギーのバラバラ感と派手さ、そして"うねり"がうまく表現できたと思います。大好きな『ONE PIECE』の仕事はやっぱりワクワクしますよ。へたなものは出せないというプレッシャーもありますが。

――最後に、尾田先生に伝えたいことはありますか?

衣笠 前に尾田先生がテレビに出られていたときに、自分が作ったウソップのフィギュアが後ろにあったんです。大賞をいただいてから13年かかりましたが、少しは腕が磨けたのかなと目頭が熱くなりました。

『ONE PIECE』のおかげで仕事も友人もできたので、尾田先生には感謝しかありません。お体に気をつけて、これからも私たち原型師が作りたいとウズウズするキャラクターたちを描いてください!

世界にコミックスの巻数しかないこの色紙の裏に、尾田先生からの直筆コメントも書いてある

●原型師・衣笠哲史(きぬがさ・さとし)
1977年生まれ、東京都出身。2001年に児童館の工作室の先生になるも05年に持病が悪化し休職。休職中にフィギュアを作り始め、2008年に『ONE PIECE』コミックス第51巻の「ウソップギャラリー海賊団」にて投稿した作品が大賞に輝く。11年から株式会社GB2で原型師として活動する