大ヒットキャラクターのTT兄弟を生み、もう中学生の再ブレイクをもたらすなど、今のバラエティ界で圧倒的な存在感を放つ『有吉の壁』。その総合演出を手がける橋本和明氏に直撃! 特番からレギュラー化、そして1年たった今、語ることとは。
■本当はコント番組が作りたかった
――『有吉の壁』が始まった経緯を教えてください。
橋本 僕が担当している『有吉ゼミ』の放送開始から2年目(2015年)に、有吉(弘行[ひろいき])さんと飲みに行く機会があったんです。当時はトーク力が求められるひな壇バラエティが全盛で、ネタは面白いけどトークが苦手という芸人が活躍できる場がほとんどない時代でした。
その席で、有吉さんと「ネタ芸人が活躍できるお笑い番組がやりたいね」と話したことがきっかけで、深夜帯にお笑いを全力でやる番組を作ることになりました。それが『有吉の壁』です。
――初回は2015年4月。「有吉の壁 有吉vs25人の芸人! 熱海で有吉を笑わせろ!」という題名で深夜0時から放送されました。当初から有吉さんが街を歩き、あっちこっちでボケる芸人さんに「○」か「×」を出すシステムだったんですね。
橋本 実はもっとガッツリとしたコント番組を作りたかったんですが、深夜番組だったのでセットを組む予算がなく......。外でコントをやるしかないと思い、ダメもとで熱海市の広報の方に「街全体をセットにコントをやりたいのですが、芸人がいろんなところでボケたりしても大丈夫ですか?」と聞いたところ、すぐに「大丈夫ですよ」って返事してくれて。のちに砂浜で爆破までさせてもらいました(笑)。懐が深い熱海のおかげで今の形ができたんです。
――その初回は「深夜に変な番組がやってるぞ!」とネットで話題になりましたが、手応えはありましたか?
橋本 正直、撮影中は有吉さんも芸人たちもスタッフでさえも、どうやったら面白くなるのか手探りで正解を探している感じでした。そんなときに、とにかく明るい安村さんが理髪店で髪の毛を逆モヒカンにそるというボケをしたんです。深夜の番組のひと笑いのために髪の毛そる必要なんてないのに(笑)。
僕はそれを見ながら「それだけ芸人さんが本気になってくれる番組なんだ!」と感じていました。もちろん現場は爆笑。芸人たちもスタッフも「ここまでやっていいのか」と視界が開けた瞬間でした。
うちのスタッフ、お笑い番組が作りたくて仕方がないって人が多くて。そんな彼らとお笑いに振り切って作ったことで、まずコアなお笑いファンの方々に注目してもらえたんだと思います。
――その後2回、3回と特番を重ね、20年の4月にレギュラー番組となりました。クイズ番組や情報バラエティ番組などが多く、お笑い好きはテレビを見ないとされていた夜7時に放送と聞いたときはどう思いましたか?
橋本 ビックリはしましたけど、僕はサラリーマンですから、会社に言われたことに従うまでです。ただ、有吉さんに伝えたときに、有吉さんが少しでも躊躇(ちゅうちょ)したらやるべきじゃないとは思っていました。でも、有吉さんが戸惑うことなく「こういうのは機運だから(夜7時で)頑張りましょうか」と言ってくださったので、われわれも気持ちよく腹をくくれました。
■一流の芸人がバカなことをしてる
――レギュラー放送初回スペシャルは世帯平均視聴率12.8%と好調な滑り出しでした。
橋本 時間帯もあってか、想定よりもチャイルド層がかなり見てくれました。興味深いと感じたのは彼らの見方です。例えば、チョコレートプラネットのTT兄弟を輩出した「ブレイク芸人選手権」というコーナーは、本来一流のコント師や漫才師である芸人たちが、バカらしいキャラクターをやっているのが面白いワケじゃないですか。
それはコアなお笑い好きにもちゃんと刺さるフレームなんですけど、チャイルド層はそこまで深く考えずに、純粋にそのキャラクターを面白がってくれるんです。そして、学校や近所の公園でそのキャラクターたちのマネをしたりする。どっちで味わっても楽しめるのが今の『有吉の壁』の面白さだと思っていて、見ている人の好きなほうで味わってくれればいいんです。
――子供たちに刺さった要因はなんだと思いますか?
橋本 今っぽさですかね。『有吉の壁』はコント番組を作る気持ちで制作していますが、まず"コント番組"を今の時代にアジャストする必要があると感じていて。『笑う犬の冒険』や『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』を見て育った世代は"コント"の見方がわかっているけど、TikTokとかインスタグラムを見ている今の子供たちに"コント"は違って見えている。
SNSでの動画の切り出し方や面白がり方って、かなり瞬間をとらえているし、お笑いの正義そのものも時代とともに変化しているんだと思います。
『有吉の壁』のネタは一本一本がかなりショートで、すべての芸人がその短い時間にやりたいことを自由に詰め込んでいる。それが非常に現代っぽいんじゃないかと分析しています。
――確かに、公式のツイッターもYouTubeも盛り上がっていますし、デジタルネイティブ世代が多く熱中していますよね。
橋本 YouTubeの『有吉の壁【公式】壁チャンネル』はスタッフがほとんど2、3年目で、チーフでさえ5年目とかなんですよ。そういうのは若いコが権限を持ってどんどん作っていくべきだと思っています。
最近でいえば、3年目の竹内Dというお笑い好きのスタッフが安村さんの動画を担当しているんですけど、ほかの動画は見られるのに安村さんの動画だけ全然伸びないんですよ。そこで、バズる企画を考える会議の様子も動画として出したんですけど、それも全然伸びなくて(笑)。
でも、テレビ番組と違って失敗してもいいじゃないですか、YouTubeは。伸びてないのもほかの動画でいじれるし。そういう意味ではコミュニケーションの方法や幅って広がっているんですよ。
「ネットに食われているからテレビって作りづらいんだよね」って言ってるヒマがあったら、新しいチャンネルを生み出すべきで。僕ら世代はそこで培ってきたノウハウや持っている熱量を生かす方法を考えなければならないと思います。
■インパルス板倉は発想の奥行きが違う
――『有吉の壁』からTT兄弟がブレイクしたり、もう中学生さんの再注目のきっかけとなったり、2.7次元ミュージカルコントのKOUGU維新が実際に舞台化したりと、幅広くムーブメントになっていますが、橋本さんはどこまで狙っていましたか?
橋本 僕の意図はほとんどないですよ(笑)。テレビ番組って生き物みたいなもので、自分の思いどおりに転がることはほとんどありません。「もう中学生やインポッシブルがブレイクしたらいいな」と思ってやってないですし、そうやって作ったものはつまらないんですよ。
僕が唯一考えていることは、熱量を持った人のポテンシャルをうまく引き出せるかどうか。僕が役に立てるとすれば、誰が何をすれば面白くなるかを見極める観察眼だと思っています。
――もう中学生さんやインポッシブルさんは芸歴10年以上の中堅ですし、芸歴20年以上のインパルス板倉(俊之)さんも出演して話題になっています。
橋本 面白い人がその能力を発揮できるかが大切で、そこにキャリアや年齢は関係ないと思っています。板倉さんだったらこの番組と彼でしか作れないものができるんじゃないかとオファーしてみたら、予想を超える世界観でした。彼は発想の奥行きや次元が違うんですよ。
印刷会社でやった「一般人の壁」で、板倉さんが掃除のおじさんに扮(ふん)するネタがあって。板倉さんがよろけて佐藤栞里さんに軽くぶつかって、その直後にスーツの男性が「大切なデータを返せ!」と板倉さんに迫るんですけど、彼は何も持っていない。
スーツの男性が立ち去った後、板倉さんが佐藤さんに「預けたものを返してもらおうか」と言って、佐藤さんが戸惑いながらポケットを探るとUSBメモリーが出てくるというネタがありました。そのボケ自体の物語性もスゴいですが、あんなにたくさん芸人さんがいて、収録前に佐藤さんの服に何かを仕込もうと考えた人なんていなかったですよ。
板倉さんは、発想のネジがいい意味で外れているので、たまに来てもらえるとありがたいです。本人は「参加しすぎて後輩たちの挨拶(あいさつ)が適当になってきている」って漏らしてましたけど(笑)。
――最後になりますが、橋本さんが現在のテレビに感じていることがあれば教えてください。
橋本 今ってテレビを作っている僕ですらリアルタイムでテレビを見ることが減っているし、ティーン世代にいたってはもっと見てないですよね。僕ら作り手側の今の課題は、20年後にメインの層になる彼らにどういうふうにリーチして、どういうコンテンツを届けるかだと思います。
テレビ番組はかつてのように長く放送することが正義ではなくなってきている。それよりも大切なのは、放送することで何を世の中に残したいかだと思います。バラエティとかドラマとか映画とか関係なく、コンテンツを生む全員が時代の"芯"をとらえられているかを考えるべきなんじゃないかと。
『有吉の壁』はヒット番組だと胸を張って言えるほど高視聴率ではありません。でも、その核にはちゃんと見せたいものがあって、それが見ている人に伝わっているから応援していただけているんだと思います。
●日本テレビ情報・制作局 専門副部長兼演出家、ディレクター
橋本和明(はしもと・かずあき)
1978年生まれ、大分県出身。東京大学大学院修了後、2003年に日本テレビ放送網入社。『不可思議探偵団』『ニノさん』『卒業バカメンタリー』などを担当し、現在は『有吉の壁』ほか『有吉ゼミ』『マツコ会議』などでも企画や演出などを務める
■『有吉の壁』
毎週水曜夜7時から日本テレビ系で放送中。MC有吉弘行とアシスタント佐藤栞里で進行し、有吉が芸人のボケを「〇」「×」で判定する。施設や街でネタを行なう「一般人の壁」ほか、「ブレイク芸人選手権」「ものまねご本人登場選手権」など、どれも人気コーナーだ