希代の天才落語家、立川談志(たてかわ・だんし)が亡くなって今年の11月で10年。立川志の輔をして「立川談志の原石を持った人」と言わしめる、立川談志の長女・松岡ゆみこが、父・談志とゆかりのある方々と対談をする『週刊プレイボーイ』本誌での不定期連載「ゆみこの部屋」。
第2回は、「尊敬するアーティストは立川談志」と公言する、ロックバンド・サンボマスターのボーカル山口 隆(やまぐち・たかし)。深すぎる談志愛が炸裂する!
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■山口 隆に刺さった談志の言葉
ゆみこ はじめまして、よろしくお願いします。今年の11月で父が亡くなって10年、今日は立川談志の話をしようということで。
山口 福島のライブハウスで談志師匠の訃報(ふほう)を知った覚えが。僕は昭和51年生まれですけど、子供の頃は落語とか浪曲とかの番組が多かったので、見るのはすごく好きでしたね。
ゆみこ 父と会ったことはないということですが、立川談志は何のきっかけで知ったんですか?
山口 物心ついて「大人ふざけんな」とか「世の中はぜってぇ間違ってる」という反抗のなかで、そんな自分を助けに来てくれる人が出てくるわけです。それはボブ・ディランであったり、ザ・ローリング・ストーンズであったり、ザ・ブルーハーツであったり。その中のひとりが談志師匠であって。
僕は「このとき、あの人はこう言った」っていうことばっかり追いかけてるんですよね。夜になると、大きい音でブルースとかロックとかパンクをかけて、「197X年に彼はこう歌った!」みたいなことを覚えたりして。
それと同様に「談志師匠がこう言った」とかも覚えてるんです。記憶が確かなら、テレビで師匠が突然「アステア【※1】のわかんないやつはだめ」って言い始めたことがあって。そういう言葉を毎日探してるんですよ。
※1......フレッド・アステア ダンサーであり俳優。アメリカミュージカル映画のスター。代表作に『イースター・パレード』など。
ゆみこ それは10代の頃?
山口 はい。談志師匠のいろんな言葉がずっと残ってますよね。
師匠が落語の世界で新しく作り上げたものは、とんでもないレベルだと思っていて。ロックもパンクもジャズもそうですけど、新しいことを始めることがどれだけすごいかというのは、歴史を見ていくとひしひしと感じるんですよね。
師匠は人の何十倍も古典落語への造詣が深かったと思うんですよ。深く落語を理解して、さらに新しいことをやって。新しいことをやったって、その新しさゆえに、理解されづらいこともあると思うんですよね。「あいつ何やってんの?」みたいな感じで。
ゆみこ 晩年の父は、その苦悩が見ていてつらかった。新しいものはできた瞬間に飽きちゃって、次の新しいものが欲しくなる。落語に関して父は頭がよかったし、いつ休んでるの?というぐらい考えていて。落語の『やかん』【※2】なんてシンプルな話なのに、立川談志バージョンでそこに自分の人生の哲学みたいなものを詰め込んでみたり。
※2......落語の『やかん』 八五郎がご隠居にモノの名前の由来を質問していくが、ご隠居はこじつけながらも次々に答えていく。
山口 『やかん』のやりとりで、僕の記憶が確かならご隠居さんが「地球は平らだよ」って言うんですよ。すると相手が「地球は丸いよ。ずっと歩いていったらそのうち戻ってくるんだ」と。それに対して「何言ってんだ、犬だって放したら戻ってくるだろ」と返すんですよね。そのやりとりを作ったのが、すごいと思っちゃったんです。1秒すごいって思うんじゃないんですよ、4年後もその笑いが残ってるんです。
それは僕から言えば、歌詞と一緒なんです。感動する歌詞が僕にずっと刺さっているのと一緒で。「弱い者達が夕暮れ さらに弱いものをたたく その音が響きわたれば ブルースは加速していく」とブルーハーツが歌ったことと一緒で。師匠がおっしゃったことがずっと残るんですよね。
ゆみこ 父はそういうフレーズを思いつきで言ってるのではなく、そこにたどり着くまで理論を何度も壊したりしてました。「これだ」と思っても、もう次の瞬間には違う、みたいな感じがあって。
「ブレる」って言うじゃないですか。うちの父ぐらいブレ幅の大きい人はいないと思うんですよ、でもなぜかそれが許されていて。ブレているけれど倒れないというか。
週プレ 「俺は正しい。なぜなら、いつも自分が間違えてるんじゃないかと思っているからだ」という師匠の言葉がありました。
ゆみこ それが大事なのね。でもそれって謙虚さなんだよね、父に似合わない言葉だけど。
山口 「田辺茂一【※3】さんに話をしたら『漂ってろ』と言われたから、自分は今漂っているんだ」と確か談志師匠がおっしゃってて。実際なかなかできません、そんなこと。でも、漂うしかないんですかね。
※3......田辺茂一(たなべ もいち) 紀伊國屋書店の創業者。文化人たちとの交流も深く、立川談志は『酔人・田辺茂一伝』という本も出版している。
ゆみこ 父はずっとそうだったと思う。「こっちだ」と思っても、すぐ「こっちじゃない」みたいに。それが現実っていうことじゃない?
■天才落語家・立川談志の日常
山口 普段の談志師匠って、どんな方でいらしたんですか?
ゆみこ 家でも変わらないですよ。了見を変えないから「子供だから仕方ない」ではなく、外で言うのと同じことを子供に言うわけ。だからウザいですよ(笑)。
山口 家に談志師匠がいらっしゃるという情景はすごいでしょうね。
ゆみこ 物を捨てないから、常にゴミ屋敷状態。あるものを腐らせないでどれだけ食べられるか、というのが人生の課題みたいなところがあったから。「腐りそうなものを先に食うから、新鮮なものを食ったことがない」って言ってたぐらい(笑)。
これは後悔なんだけど、父が死ぬ間際に声を失って筆談だったとき、「エコってなんですか?」と聞かれて、「パパがエコだよ」って答えたの。でもうまく説明ができなくて。でもまさに「パパがエコだよ」っていう。台風の日に、ずぶ濡れになって近所の根津神社にギンナンを拾いに行くの。台風でいっぱい落っこってるといって、うれしそうに帰ってくる。そういうときが一番幸せそうだった。
山口 すごいですよね。豪遊するとか名誉を得るとかじゃなくて、台風の日にギンナンを集めて......。それであの作品を生み出すんですからね。今のお話、楽しいの半分と、鳥肌立ってるの半分なんですよ。あれだけの作品を創る人って、そうなんだなって思っちゃいます。
ゆみこ もっとすごいのは、根津に大雨が降った後にすごい水たまりができたんだって。「泳ごうかな」って言ったらしいよ(笑)。さすがに母が「やめなさい」って言ったみたい。
山口 そういうところも天才的だったんだと思うんです。
ゆみこ 好奇心の塊。実際に行って見ないと納得しない。戦争をやってるといったら、見たいといって行っちゃったり。
山口 著作を読むと、フロイトの話とかなさってますもんね。ものすごい知識量があるはずなのに、師匠は「知識の量にしがみつくな」とおっしゃいますよね。それもすごいと思っちゃって......。自分の中では、ロックとかパンクとかジャズとか、それに近いものとして談志師匠の表現がありますね。
ゆみこ なんでミュージシャンは落語好きが多いんですかね。
山口 多いですよね。
ゆみこ 落語好きのミュージシャンといえば、さだまさしさんの話があって。中村勘三郎さんが亡くなった追悼の会で、さだまさしさん、笑福亭鶴瓶さん、立川志の輔さん、立川談春さんの4人で松本に行ったんです。私も一緒に1泊して、みんなでゴルフに行く予定だったの。そうしたら、さださんから夜中に電話があって「今からお部屋にお邪魔してよろしいでしょうか」って。「エッ」って驚いて、なんの用かと思ったら、さださんが部屋に来て何したと思う? 正座して、ホテルの私の部屋で『らくだ』【※4】を一席やったの。
※4......『らくだ』 古典落語の演目。かなり長尺の大ネタで、立川談志の得意とする噺のひとつ。
山口 すごいな。
ゆみこ いや、迷惑だったから(笑)! 明け方になってきちゃって「さださん、そろそろお戻りになったほうが」といって帰ってもらって。
山口 どうしてもおやりになりたかったんだろうな。でも、ミュージシャンが落語を好きっていうのは面白いですよね。リズミカルなところの共通点はあるかもしれませんね。
■サンボ山口が目指す「上」の景色
週プレ 音楽を作るときに、談志師匠の影響を感じて作る部分はあるんですか?
山口 戒めのように思っているのは、師匠がラジオでおっしゃっていた「現実は事実」という言葉ですね。いくら音楽を好きでも、どこかで言い訳したくなるんです。「これはわかってもらえなくてもしょうがねえや」みたいに。でも、そういうときこそ「現実は事実」。わかられてないっていう現実は事実だよな、認めないとなって考えたり。
あと、さっき言った「知識の量にしがみつくな」。「音楽の量をこれだけ聴いて、これだけ勉強してるから」と思っても、それは違うと。「それは知識にしがみついてるだけだから、そこで終わるんじゃない」と師匠は自分を叱ってくれるというか。影響を受けている......そんなちっちゃいことじゃないですね、教えていただいてるし、そこにいつもいますね、談志師匠が。
ゆみこ うれしい限りですよね。ライブをやっていて、「今日はよかった、だめだった」みたいなのってある?
山口 お客さんが幸せになってくれて、会場を包む空気も素晴らしくなるのがいいのですが、でもそれをやるのは演者として当たり前で。そこにどれだけ乗っけられるんだろうといつも思ってるんです。ただ、そのさらに上って青天井の世界じゃないですか。談志師匠だったら、どれだけ乗せられるのかなと思ったりします。
いつもお客さんに対して感謝はあるんですけど、自分に対して満足というのはあってはいけないと思うんですよね。「どうやったらもっとすごくなれたんだろう?」と思っちゃって。その点では、苦しんでやるしかないんですよね。
ゆみこ 死ぬまで満足はないのかもしれないですよね。
山口 どうなんですかね。まず、行きたいと思うその「上」が見えてないんですよね、青天井だから。その上って、何をもって判断するんだよ、みたいな。
ゆみこ 表現の「上」といえば、談志が演じた伝説の『芝浜』【※5】で、神が降りたといわれている高座があるんですけど、「俺の中にいる登場人物が、俺の体を借りて勝手にしゃべりだした」と言ってる。それは父にも初めての経験で、「神様は意地悪だね。もう一日ぐらい余韻に浸らせてくれよ」って言ってた。次の日には、その感覚は消えてるって。
※5......伝説の『芝浜(しばはま)』 2007年12月によみうりホールで立川談志が演じた『芝浜』は、本人が「ミューズが降りた」と言うほどで、伝説の一席といわれている。
山口 あまりにすごいことだから、その境地に近づくことはないと思っちゃいますけど。ただ、夢はありますよ、談志師匠が格闘していたところまで垣間見たいというのは。
ゆみこ でも闘い続けているから今があるわけで、普通こんなに長くバンドで生き残れないでしょう?
山口 でも、数で言うと......、いやだから、そこがまた......。談志師匠は、おそらく数を求めないですよね。「5万人集めたい」とか「落語のCDをランキング1位にしよう」って、おそらくないんですよね。自分の表現が、どれだけ自分の考えに従ってピタッと来るか、ということを見ていたんだと思う。師匠は妥協をしなかったでしょうね。
ゆみこ できない性格ですよね。
山口 お茶の間で見ていた僕らがゲラゲラ笑って、なおかつ「あのフレーズ忘れられねえ」って感じる、その境地まで行けたらいいなと思いますけど、難しいですよね。
ゆみこ でも、サンボマスターのコンサートにお邪魔させてもらったけど、お客さんたちは山ちゃんから勇気をもらいに来ている。あれ以上何が欲しいの?
山口 例えば麻雀(マージャン)のあがりみたいなもので、自分で決められないじゃないですか。役満あがろうと思ってもあがれない。でも、談志師匠レベルになると、3900点しかあがれないとか、そういうのはないんですよね、きっと。「今日は2万4000点だ。でも、俺はこの2万4000点をいいと思ってない」って帰るんじゃないかと思って。
ゆみこ 落語ではね。麻雀は食いタンで勝ち逃げするタイプだから(笑)。晩年の父の落語、見たことありますか?
山口 はい。
ゆみこ 経験も知識も増えて精神は大人になるけれど、それを表現する肉体は衰える一方。精神と肉体にギャップが生じたときに、父は鬱(うつ)っぽくなってしまった。父は「初めての老人」と言っていて、老いることに抵抗するというより恐怖があった。山ちゃんもこれからはそういうこととの闘いもありますよね。
山口 でも、師匠は自分の老いに戸惑っていることを、包み隠さず嘘偽りなく見せてくれたんですよ。しかもそんなときでも、師匠はわれわれと同じように普通に地下鉄で移動するんですよね。僕らは本当に、そういう方がいてくれてよかったんです。
ゆみこ バスと電車が好きだったから。
山口 今日お話を聞いたら、バスや電車に乗って暮らしていることは、強がりではないんでしょうね。それが強がりでもいいと思ってたんです、「俺はあえてその暮らしをしてるんだ」って。でも、話を聞いていると本当にそんな暮らしをされている。
ゆみこ そうそう。
山口 あれだけの作品の質で新しいことをやったら、100億くれと言って大豪遊したっていいんですよ。でも、俺が好きになった談志という人は、地下鉄に乗ってバスに乗って「銭湯は裏切らない」とか言って。
ゆみこ そこはブレなかったね。
山口 「誰だか知らないが、おまえが俺のことを思ってるんだったら、おまえもそういう生き方でやれ」って師匠に"烙印(らくいん)"を押してもらって、その端くれに入れていただきたいと思いますね。だから僕もなるべく人さまに迷惑かけず、レコード買って、コーヒーとカレーで暮らしていく、みたいな。僕にとってはそれがうれしいんです。
いいんですよ、お金を求めたって。それはそれで素晴らしいことだし。でも、俺も大好きな『へっつい幽霊』のあの感じとか、『らくだ』のあの感じとか、『黄金餅(こがねもち)』のあの感じとか、『富久』のあのスーッと入っていく感じとか、あれだけの新しいものを見せてくれた人のやり方の教科書は、お金じゃなくてこっちなんだというのがうれしいというか。だから自分にも、師匠のようになれる目があるのかなと勘違いさせてくれるというか。「努力とは馬鹿に恵(あた)えた夢である」って師匠はおっしゃいましたけど。バカに与えてくれているんですよ、夢を。
■これからの時代の新しい音楽
ゆみこ 父がお札の色を変えろって言った話があって。一生懸命田んぼで稲刈りして稼いだようなお金と、株とかで稼ぐお金の色を変えろって言ったの。
山口 すごいな。
ゆみこ ミュージシャンがライブで稼ぐというのは、稲刈りと同じお金の色じゃない?
山口 そうなんですよね。チケット代を払ってTシャツとか買ってもらって、それで自分が暮らせてるんだっていう。もちろんいろんな考えがあっていいし、それは尊重しますけど、僕はそれを忘れないぞ、というか。
ゆみこ 今、ミュージシャンに憧れる若者は減ってるんじゃない?
山口 でも、本当に音楽が好きな人はここから新しいものを生み出していくと思います。音楽には、デスクトップミュージックみたいなものも、いろんな新しい可能性があるから。
ゆみこ 今、機械で音楽が作れるじゃないですか。あのシステムはどう思いますか?
山口 僕は基本的に、これから出てくる人はみんな大歓迎しなきゃいけないし、自分たちが邪魔することだけは絶対したくないと思います。だからいいと思ってますよ、それこそ「現実は事実」で。そんななかからとってもいい曲だったり、人を感動させる曲が生まれてくれば。
ゆみこ でも、それは楽器や歌より機械を使うのがうまい人の作る音楽になるんじゃないの?
山口 例えば、ギターをガーッと弾く人とコード4つで弾く人と、どっちが人を感動させるかというと、またこれは別の話なわけで。機械、マシンを素晴らしく使ったすてきな音楽も実際たくさんあります。だからこそ、技術もあって、なおかつあれだけ新しいことをやっているのに、みんなをグッとこさせる立川談志という人が、いかにすごいかという話に戻ってくるんですよ。
ゆみこ あと聞きたかったのは、恋愛の歌が割と少ないじゃないですか。つらい恋をしたとか、そういう曲はないの?
山口 そういうのは、ちゃんと経験豊富な方がお歌いになったらいいので(笑)。僕はずっとレコードや落語を聴いて、コーヒーを飲んで暮らしてきたので。
ゆみこ 小学生とか中学生の頃に、好きなコと好きな音楽を聴きたいなとか、そんな経験は?
山口 そういう意味では、すてきだと思う女のコがいると『ブルース大百科』という本を渡したりして(笑)。僕はそういうところが間違ってるんですよね。ブルースはすごくいいんですよ。だけどもお近づきにいきなり大百科を渡しても、っていう(笑)。
ゆみこ 最後にいい話が聞けました。今日は呼べるものなら父を呼んで、5分でも話をさせてあげたかったですけど、私でご勘弁ください。
山口 とんでもございません! ありがとうございました!
●立川談志(たてかわ・だんし)
本名、松岡克由(まつおか かつよし)。「落語立川流」家元。落語家としてだけでなく、一時期は政治家としても活躍。『笑点』を作った人物でもある。2011年11月21日、75歳没。
●山口 隆(やまぐち・たかし)
ロックバンド、「サンボマスター」のボーカリストでありギタリスト。2000年にベースの近藤洋一、ドラムの木内泰史と共にサンボマスターを結成。現在放送中の番組『ラヴィット!』(TBS系)のテーマソング『ヒューマニティ!』を担当。9月16日から「ゲットバックライブハウスツアー」がスタートする。
●松岡ゆみこ
元タレント、クラブ経営者。落語家・立川談志の長女。著書に立川談志が息を引き取るまでの約9ヵ月間を記録した『ザッツ・ア・プレンティー』(亜紀書房)がある。現在、週プレNEWSにて『しあわせの基準―私のパパは立川談志―』を連載中。
連載コラム『しあわせの基準ー私のパパは立川談志ー』は、毎週月曜日配信です。
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