著書『プロデュースの基本』が好評の木﨑賢治氏。彼は今、「世界で売れる日本発の音楽」をつくろうとしている

音楽プロデューサー歴50年の木﨑賢治氏。前編では、「現役」であり続ける原動力について聞いたが、今回は「未来」の話を。彼は今、「JTW(JAPAN TO THE WORLD)PROJECT」というオーディションを進めている。世界に通じるアーティスト、楽曲をつくるためだ。ストリーミングの時代だからこそ日本人にも狙える、世界のチャート。その戦略とは?

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――グラミー賞も受賞しているスウェーデン人プロデューサーのマックス・マーティン(50歳)は20年にわたってビルボードの1位を取り続けていて、最近はテイラー・スウィフト「シェイク・イット・オフ」(2014年)やザ・ウィークエンド「ブリンディング・ライツ」(2020年)などのヒットを連発しています。

木﨑 そうですね。「ブリンディング・ライツ」を聴くと、80年代っぽいアナログシンセを使っていて、A-haの「テイク・オン・ミー」(1984年)とそっくりだけど、明らかな違いもあって。昔のシンセの音をそのまま使うとチープになるけど、そうはならずに、音が揺れてて、うねりがあって、深みもある。ドラムも80年代より音がデカいし、音質もいいし、ベースは刻まなくてもグルーヴが出るような打ち込みがつくれている。80年代のリメイクであっても、どういうふうに今に生かすかが大事なんですよね。変えなくてはいけないところと、変えなくてもいいところがある。その取捨選択がセンスなのかなって思います。

――ここから未来の話をうかがいたいのですが、オーディションの名前が「JAPAN TO THE WORLD」になっていますよね。

木﨑 スポーツ界を見れば、野球の大谷翔平、テニスの錦織圭や大坂なおみ、ゴルフの松山英樹ら、多くの若い日本人アスリートが世界で活躍してますよね。「音楽はなんで世界にいけないんだよ!」っていうのが歯痒いんです。今は、SpotifyでもYouTubeでも、世界中で共通に音楽が聴けるし、日本の音楽を聴いている外国の人も増えてるでしょ。だから、自分なりに、どういう戦略を立てればいけるんだろうっていうのを想像していて。

まず、踊れる音楽じゃないとダメなんです。アメリカに住んでた友人に話を聞くと、向こうでは若い人が飲みに行こうっていうと、バーかクラブに行くんですよ。立って飲むから、そこには踊れる音楽がかかってて。友人はアデルのバラード曲もダンスミックスで聴いてたらしくて、オリジナルがバラードだとは思わなかったそうなんですね。低音が出てないと、音楽としてつまらないって感じらしいです。

――ドラムとベースが織りなす低音のグルーヴが大事なんですね。

木﨑 低音の研究ですね。踊れることを研究しないといけない。リフの音楽をつくらないとダメだなって思ってます。日本の若者は居酒屋で飲むことが多いから、低音なんて聴こえないんですよね。だから、低音が蔑(ないがし)ろになっちゃったのかな。でも、日本はお祭りの太鼓で低音を知ってるはずなんです。80年代末~90年代初頭には、ストック・エイトキン・ウォーターマン(イギリスの音楽プロデューサーチーム)がつくったバナナラマやカイリー・ミノーグ、リック・アストリーのダンスミュージックが日本で流行ったこともあったし。

――J-POPももともとはダンスミュージックを基調に始まったはずだったんですけど、ユーロビート寄りの軽いビートになっちゃったんですよね。

木﨑 その前はスネアを大きくするのがメインでしたね。ただ、カイリーとかも、実際に踊るところでキックをデカくした音を聴くと、バスドラの4つ打ちの振動がすごいんですよ。そこは、日本ではカットされていたのかもしれない。だから、日本人も聴いてこなかったわけではないだろうし、興味もあったはずなんです。今年ヒットしたザ・ウィークエンド&アリアナ・グランデの「セイブ・ユア・ティアーズ」などで使われてるビートも日本の楽器メイカー、ローランドのリズムマシンTR-808(通称:やおや)だしね。

でも、ずっと低音を聴いていないと、低音の質がわかるようにならないんですよ。低音にも、いい低音とあまり良くない低音があって。だから、ポイントは低音の音質とグルーヴですね。キックとベースでグルーヴをつくらないとダメじゃないかなって思います。ビリー・アイリッシュをはじめ、今の人たちのメインはキックとベースの低音でグルーヴをつくってますよね。

――ビリー・アイリッシュは音数が少ないという特徴もあります。

木﨑 Spotifyで米ビルボードTOP100を聴くと、音数はさらに少なくなってきているなと思いますね。ただ、低音はいっぱい入ってる。あとは、僕はドラムの大きい音と歪んだエレキギターが好きなので、ビルボードを聴きながら探していたら、24kGoldenの「Mood ft.イアン・ディオール」(2020年)とブラック・ベアーが参加したマシンガン・ケリー「my ex's best friend」(2020年)を見つけて。久しぶりにギターのリフが入ってて、けっこう歪んでるんですよね。やっぱりギターが好きだな、でも、昔とは使い方が違うなと思いながら聴いてます。自分が好きな歪んだギターと踊れる音楽とをどうやって結び付けたらいいかを考えてます。

――日本人が英語で歌うことも想定していますか?

木﨑 それは難しいなと思ってます。昔、アメリカのエンジニアに、日本人は「発音がなまっていて気持ち悪い」って言われたんですよね。ABBAも英語を話せなかったらしく、レコーディングに10時間くらいかけたそうだけど、あんまり違和感ないですよね。言語的に、英語とスウェーデン語はゲルマン語派で一緒なんですよ。ビョークも受け入れられているけど、アイスランドもゲルマン語派なんですよね。同じヨーロッパでもイタリアやフランスはラテン語が起源。そのせいなのか、昔、シルヴィ・ヴァルタンやミッシェル・ポルナレフ、ダニエル・ジェラルドをアメリカに住まわせて、アメリカでヒットさせたくてトライしたけど、ダメだったんですよね。やっぱり、ちょっと滑稽に聴こえるみたいで。

――じゃあ、基本的には日本語で歌わせるんですね。

木﨑 バイリンガルであれば英語で歌うことも考えるけど、英語をちゃんとしゃべれない人なら歌詞は日本語でいいかなと思ってます。ただし、サビは必ず外国人でも覚えやすい日本語にする。例えば英語の歌でも、テイラー・スウィフトの「シェイク・イット・オフ」(2014年)とか、売れている曲のサビは英語をしゃべれない人でも歌えますよね。それと同じように、サビをわかりやすいフレーズにすれば、歌詞は日本語のほうがいいかもしれない。もしくは、スウェーデンがやっていたように、裏方はスウェーデン人で、歌う人はアメリカ人というスタイルでもいいかもしれない。とにかく、日本はサウンドが置いてけぼりになってるから、まずはそこを研究して勝負したいですね。

――今後のプロデュースの大まかな方向性は固まっていますね。

木﨑 そうですね。海外戦略でいうと、まずドラムとベース、低音を充実させること。低音に対して、いろんなことがわかっていないとダメだし、踊れる音楽をみんなで研究しなくちゃいけないと思ってます。そしてメロディは、僕らの好きな日本人のメロディ、J-POPメロディでいいと思う。ただ、コードがどんどん展開していくと踊れなくなっちゃうので、コードはある程度の繰り返しの中で、メロディにどう変化をつけていくかという工夫をしなくちゃいけない。昔、日本人のつくるトラックは箸にも棒にもかからないって言われたことがあるからね。それが今でも悔しくて。

だから、3~5年かけて研究するか、あるいは、向こうのトラックメイカーと一緒につくるか。やっぱりこれからはコライトの時代になってくるのかな。あとは、せっかくアニメという世界中で愛されている武器があるんだから、アニメに踊れるJ-POPをつけたらいいんじゃないかなって思う。大谷翔平に負けないように頑張りたいですね。

●木﨑賢治(きさき・けんじ)
音楽プロデューサー。1946年、東京都生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。渡辺音楽出版(株)で制作に携ったのち、独立。数多くのヒット曲を生み出す。(株)ブリッジ代表取締役。2021年よりグローバルチャートをめざす「JTW PROJECT」開始。音楽プロデューサー本間昭光氏とYouTubeチャンネルで「音楽の方程式」配信中。

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