今、全国で話題を呼んでいる映画『ベイビーわるきゅーれ』は、殺し屋女子たちの爽やか(?)な青春を超本格アクションで語るという離れ業を成し遂げた一作だ。手がけたのは邦画界の超新星・阪元裕吾(さかもと・ゆうご)監督。25歳の若き才能が抑圧の学生時代、「エンタメ」への目覚め、アクション映画への愛を語った!

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杉本ちさと(演:髙石あかり)と深川まひろ(演:伊澤彩織)は、殺し屋を生業(なりわい)とする女子高生。たくさんの人を殺してきたふたりが、高校卒業を機に部屋を借りて共同生活をすることに。

ところが今まで殺し屋一本で生きてきたふたりは、生活力がゼロだった。ちさとはメイド喫茶のバイトになんとか落ち着くが、コミュ障のまひろはどこにも居場所がない。ふたりの間にそれとなく距離ができてきて、おまけにヤクザの魔手が迫ってきて――。

そんな一風変わった殺し屋青春映画『ベイビーわるきゅーれ』が旋風を巻き起こしている。公開前からTikTokで予告編が44万再生を記録し、7月30日に公開が始まると、映画情報サイト『Filmarks』で「初日満足度ランキング」1位を獲得。さらに口コミで話題は広がり、初上映から3ヵ月が経過した現在も次々と全国で追加公開が決定している。

スタントパフォーマー・伊澤彩織の超絶アクションが炸裂(さくれつ)し、マシンガンを持った髙石あかりがバンバン撃ち殺すバイオレンス映画でありながら、女のコふたりのグダグダな日常をコミカルに描く、こんな個性の塊のような映画を作ったのは、どんな人物なのか?

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■「もっと殺していいんちゃうか?」

舞台『鬼滅の刃』で竈門禰豆子を演じた髙石あかり(右)と、『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』などでスタントダブル(本来の演者に代わって危険なシーンを演じる役者)を務めたスタントパフォーマー・伊澤彩織(左)が殺し屋コンビを熱演

――『ベイビーわるきゅーれ』は、人がいっぱい死ぬ、ご機嫌な映画でした。

阪元裕吾(以下、阪元) ありがとうございます。俺、初めて自主映画を撮ったのが2016年だったのですが、その年はなぜかバイオレンスな邦画大作がいっぱいあって。大いに刺激を受けたんです。ただ、見ていて「もっと殺していいんちゃうか?」っていう不満も少しあって。

だから、自分の映画では「キル・カウント(殺人が起きる回数)」も重視しようと思いました。YouTubeに映画の殺害シーンだけを集めた動画があるじゃないですか。殺しが少ない映画を見ると、「この作品でキル・カウント動画を作ったら、30秒で終わっちゃうよ!」って心配しちゃうんですよね。

――物騒なマインドですね。

阪元 でも、俺はエモいのも好きなんですよ。例えばジェームズ・ガン(※1)の映画とか大量に人が死にますけど、キャラクターに対する優しい視線があるじゃないですか。ああいうのが撮れたらいいなぁと思ってます。昔は単純に人を殺したかったんですけど。

(※1)ジェームズ・ガン......低予算ホラーで知られるトロマ社で映画業界に入り、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(14年)を監督して大ブレイク。残酷描写と笑いと人情味あふれる作風で高い支持を得ている。

スタントパフォーマーの伊澤彩織と、殺陣師・三元雅芸のバトルシーンは必見!

――優しさとキル・カウント、どっちも欲しくなったわけですね。ところで、本作はアクションのキレも見どころのひとつです。特にスタントパフォーマーの伊澤(彩織)さんと、殺陣師でもある三元雅芸(みもと・まさのり)さんによる本職同士のハイスピード&超密着のラストバトルは本当にすごかった!

阪元 本作のアクション監督を務めた園村健介さん(※2)によると、あのクライマックスの格闘シーンは映画の殺陣にはない"実戦の間合い"らしいんですよ。園村さんと何度も組んでいる三元さんが、コロナで仕事がなくなって、数ヵ月くらいひたすらミット打ちをしながら開発したと聞いています。

(※2)園村健介......スタントマン兼アクション監督。実写ドラマや映画はもちろん、『マンハント』(17年)といった海外作品や、『GANTZ:O』(16年)、『バイオハザード:ヴェンデッタ』(17年)などのフルCG作品まで幅広く活躍。初監督作品『HYDRA』(19年)はアクション映画ファンの間で話題に。

――「修業」だ!

阪元 ふたりで修業と研究を重ねて、あの互いの体を擦り合わせるような間合いのアクションをつくったそうです。

その頃、俺は伊澤さんと別の作品を撮っていて、彼女の主演企画が立ち上がりました。「スタントマンのすごさを見せたい!」と意気込む伊澤さんと、修業をしたふたりが偶然『ベイビーわるきゅーれ』の現場で出会ったんです。誰か欠けていたら、あのバトルはありませんでした。ちょっと運命的でしたね。

――冒頭のコンビニでの戦いも、日常風景からものすごい暴力につながるのが印象的でした。あのギャップは意図したものですか?

阪元 街とかコンビニとか牛丼屋とか、誰もが知っているようなロケーションで戦わせたいんですよね。俺は外を出歩くと「ここで殺し合いになったらイヤだなぁ」と思うことがよくあって、そのたびにメモを取っています。

――日常的に暴力を想像して、おびえているんですね。

阪元 メチャクチャ想像しますね(笑)。街を歩いていたら飛行機が落ちてくるんじゃないかとか、エレベーターでペットボトルが転がっていると「爆発するんちゃうか?」って怖くなる。そんなときは、目的の階じゃなくても、エレベーターから降りてしまいます。

ほかにもテレビの生放送でもワケわからんヤツが乱入してくるんじゃないかってドキドキしています。たぶん何かの病気やとも思うんですが、この妄想力が映画作りで武器になっているのかな。

■学生のコント動画に見いだした"リアル"

ふたりのゆるゆるとした日常生活の描写も見どころ

――ところで『ベイビーわるきゅーれ』は日常描写も独特ですよね。特にふたりの気だるげな会話シーンには強いこだわりを感じました。

阪元 高校時代は演劇部に入っていたんですけど、その頃から「こんなん日常では絶対に言わないだろ」って思うセリフが書かれた台本が多いことが気になっていました。ただ、「リアルな日常会話を意識しました!」みたいな映画を見ると、逆に「しゃれとりますやん」と斜に構えてしまって。

一方で、いかにもアクション映画でありそうなセリフは"中二病感"が強すぎる。なので、見てくれる人がリアルに感じる日常会話の中に、うまいことアクション映画のケレン味をブレンドする、そんなあんばいを目指しました。

――でも、ヒロインふたりの会話にはけっこうリアリティを感じましたよ?

阪元 それは、高校生や大学生がYouTubeに上げているコント動画を研究した成果かもしれません。同級生とか身内に向けた、部活のあるあるネタとか。ああいうのを見ると「生の芝居って、こういうことちゃうんかな」と思って。ロケ地も演者もリアルそのものですからね。

そもそも役作りの必要がない人たちが、その場で起きていることをその場でやっている。その感じも『ベイビーわるきゅーれ』には入れていますね。

――「芝居はこうあるべきだ」から離れるのを狙ったと。

阪元 それはメッチャあります。みんながYouTubeの学生コントを見ているのは、それが面白いからだと思うんです。どの動画も数十万回再生されていて、若いコからしたらへたな俳優よりも有名ですよ。そういう動画を見て育ったコたちが大人になったら、お芝居の正解だって10年後はどうなっているかわかりません。なので、「俺は先に取り入れとくで」っていう気持ちはありました。

■"エンタメ"に目覚める

「やりたい企画は山ほどありますが、なかでも日本版『ザ・レイド』と呼べるような映画を本気で撮りたいと思っています」(阪元監督)

――阪元監督は現在25歳とお若いですが、これまでどんな映画人生を歩んできたんですか?

阪元 さっき言ったとおり高校は演劇部だったんですが、そこがメチャクチャ体育会系&保守的で。先輩には大声で挨拶して、OBの目も厳しい。演じるのも『マクベス』とか、古典ばかりで少し退屈でした。

その頃は、どういったものを作りたいのか、そもそも「何かをつくる」仕事に進みたいのか、自分自身でもわからなかった時期です。そんななか、『ザ・レイド』(11年)や『バトルシップ』(12年)を見て衝撃を受けたんです。

――『ザ・レイド』はインドネシアのアクション映画で、同国の伝統武芸「シラット」を全面展開したド迫力の格闘シーンが世界中で話題になりました。『バトルシップ』は、宇宙人が攻めてきて、地球人が戦艦で戦いを挑むハリウッドの超大作。どちらもエンタメアクションですね。

阪元 「俺、こっちやんけ。やりたいのはこっちやわ」って気づきました。

――そして、映画学科のある大学に?

阪元 そうですね。でも、入ってみたらB級映画やアクション映画のファンはほとんどいませんでした。

周りの学生が作る自主映画も「イジメ」や「自殺」をテーマにした重い作品ばかりで。あと、そういったテーマにつながる動物の悲しい豆知識から始まる作品がメチャクチャ多かったですね。「自殺するネズミがいて~」とか。もちろん、それはそれでいいんですけどね。

で、俺はエンタメをやろうと思って、ゼミの課題で短編を撮ったときは「指鉄砲で人を撃ったら、本当に死んでしまう」っていうコンセプトでアクション映画を撮りました。

――面白そうですね。

阪元 でも、周りからは「意味がわからない」って、やたら糾弾されました(笑)。内心では「おまえらのよりはオモロイで!」ってめっちゃグツグツしていましたね。

■「ザ・レイド組」と同じ時代を生きている

――高校でも大学でも抑圧されたわけですね。

阪元 抑圧されてましたね(笑)。でも大学は脚本の授業は面白かった。日頃の鬱屈(うっくつ)の勢いで書いたやつが、先生にメチャクチャホメられたのはうれしかったな。3時間の超大作だったんですけど(笑)。それで好きにやろうと思って、最初の自主映画の『べー。』(16年)っていう殺人カップルの映画を作った......っていう感じで始まったのが、俺の最初の映画作りですね。

――映画監督になることに迷いはなかったんですか?

阪元 ありませんでした。そういえば、2016年に「残酷学生映画祭」っていうイベントがあったんですが、そこで俺の『べー。』という作品が賞を獲(と)ったんです。で、その打ち上げのとき、大会の関係者の方に「これからも映画を撮り続けますか?」って振られて、「もちろん!」と答えたんですが、「そう、大変だと思うけど......」と暗いトーンで返されて。なんか哀れむような表情でした。

――どういう意味で、そんなことを言ったんでしょうね?

阪元 推測はできますが、本当のことはわからないです。でも、「これからすごいことが待ち受けてんねんな」って逆に覚悟ができました。

――映画監督として生きていくための、自身の強みはなんだと思いますか?

阪元 企画力だと思います。オリジナル企画の映画はなかなか実現しづらいんですけど、幸いなことに俺はずっとオリジナル企画でやらせてもらっています。コロナ禍のときも企画を作る手が止まりませんでした。今は住民が全員ヤクザの「ヤクザアパート」に、パルクールの達人がカチコミをかける映画の脚本を書いてます。

ほかにも、これは空想段階なんですが、例えば伊澤さんと鈴木もぐらさん(空気階段)でタッグを組んで、『ダイ・ハード』のようなアクションをやる企画も考えています。

オリジナル企画は見なきゃいけないところが多くて大変です。『ベイビーわるきゅーれ』も「女のコが主人公だから」ってポスターがピンクになってて、「それはちゃうやろ」と直してもらいました。

――阪元監督の今後の意気込みを聞かせてください。

阪元 先ほど話した『ザ・レイド』に関わった俳優や監督は「ザ・レイド組」なんて呼ばれて、今は世界的に活躍しています。俺は、彼らが成り上がっていくのをリアルタイムで目撃しました。彼らは憧れであり目標ですが、同じ時代を一緒に生きて、映画を作り続けている"同志"だ、って勝手に思っています。だから、ハンパなものは作れないですね。俺もザ・レイド組みたいに頑張ります!

●『ベイビーわるきゅーれ』 
全国公開中 アクション監督:園村健介 出演:髙石あかり、伊澤彩織、秋谷百音、本宮泰風、三元雅芸など。上映時間:95分。高校を卒業したばかりの"女子殺し屋コンビ"が社会になじもうと頑張ったり、ヤクザとガチバトルしたりする「殺し屋青春映画」。彼女たちの緩いけどリアルな日常を優しい目線で切り取りながら、映画ファンが一様に驚愕した超絶アクションを展開。変な映画だけど、笑えて燃える、今年一番のエンタメ作だ! (C)「ベイビーわるきゅーれ」製作委員会

●阪元裕吾(さかもと・ゆうご) 
1996年生まれ、京都府出身。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)在学中に制作した『べー。』で残酷学生映画祭2016グランプリを受賞。『ハングマンズ・ノット』でカナザワ映画祭2017の「期待の新人監督」賞を受賞。『ファミリー☆ウォーズ』(2018年)で商業映画デビュー。