今村翔吾氏(左)と春風亭昇太師匠(右) 今村翔吾氏(左)と春風亭昇太師匠(右)
話題となった小説『じんかん』では、歴史上の悪役キャラ・松永久秀の知られざる顔を織田信長に語らせ、絶賛された注目の作家・今村翔吾氏が新刊『塞王の楯』(さいおうのたて)を上梓。天下分け目の"関ケ原の戦い"直前、大津城を舞台に繰り広げられた「最強の楯」×「至高の矛」とは――お城好き有名人の代表格、春風亭昇太師匠とのマニア必読"石垣トーク"が実現!

石垣をつくる技能集団・穴太(あのう)衆を率いる主人公らが、鉄砲をつくる国友衆の後継者たちと対峙する決戦までを描く、究極のエンターテインメント戦国小説に師匠からは「大好物」で万歳しながら読んだいうお墨付きまで......(対談前編参照)。

――ドラマ的には、京極高次に鉄壁の石垣造りを委ねられる穴太衆の匡介に対し、国友衆の彦九郎は毛利元康の命を受け大砲での攻略を図る。それぞれに理がありますね。

昇太 お互いに、当時の最先端の戦争の技術じゃないですか。歴史小説だけど、そんなに今とかけ離れたものでもない。これは現在の核であったり、共通してることですよね。

今村 僕も小説を考える時に、例えばどこかの国がレーダーを照射するのは攻撃になるのか守りになるのか。そもそも戦争って、南北戦争でも一発の銃弾がきっかけで、何から始まってなんで終わるんだろうとか考えるところがあって。

この石垣と砲でも、あえて人間の変わらなさと、この時代やからこそ、みんなちょっと冷静に考えられることがあるんじゃないかと。そういう意味では歴史小説っていいよな、現代の生臭さを抜きながら、何かのきっかけになれるのかなと思いますね。

――まさに「守るだけでは真の泰平は築けぬ」「泰平を生み出すのは、決して使われない砲よ」といった台詞もありつつ、その存在自体に彼らの葛藤をも感じさせ......。

昇太 まさに「矛」と「楯」をね。現在も抱えてる矛盾を描いてますよね。

今村 たぶん、自分らが正義やと両方が思ってやってるわけですからね。そこが難しいし、この日本でも400年前から何も変わってないんだなとわかりますよね。

城っていうのもただの防御施設じゃなくて、いろんな変遷を経て、理由があってつくられてるんで。どういう思いでつくられてるのか、"思いと城"ってところが今回のテーマだなと思いますし。そこまで想像して、城に登りつつ楽しんでもらえれば。

昇太 それこそ、お城好きが集まって、ほんとに最強の城ってどこかな?なんていうと、ほぼ大阪城に落ち着くんですよ。石垣すごいし、堀幅はあるし、そりゃもう全然違うから。だけど、中にいる人によって、それが全く活(い)きない。ハードとソフトが噛み合わないと、お城として成り立たなくなるんです。

やる気がない人がいくら名城にいても、やっぱりダメなんですね。徳川慶喜とかあそこにいたら大阪から東にいる大名は寝返らないのに、東京まで行っちゃうから最悪の選択(笑)。

今村 僕が幕臣でも絶対止めたと思う(笑)。城とそこを攻めた武将の過去の戦績とか見ると、こんなに戦下手やのに、そりゃ落とされるわ......ここの堀、切っとかなみたいな気持ちになりますもん。浅野長政とか個人的には戦がうまい方だと思わないんですけど、その武将に対して2時間しか保たへんのは、城が悪過ぎんちゃうか?とか(笑)。

――そこで今作の穴太衆のように職人集団が天下分け目で存在意義を発揮します。

今村 穴太衆は野面(のづら)積み、好きみたいで。今も唯一の生き残りである粟田建設の方たちも先代からみんな、野面に誇りを持ってるみたいですね。

昇太 あの人たちって、運ばれた石を見て、これはこれ、これはここっていう風に経験値で積んでったわけでしょ。確かにこれ、書面には残せないんですよ。あえて残さなかったのか、残せなかったのかはわからないけれども......。

今村 その先代のおじい様が、ここ十代ぐらいの中では突出した石積みの方やったそうで。石垣を組んだら、1コの余りも出なかったらしいです。石をビシビシ投げて「ここ、そこ」ってやらはるらしくて、そんなのが実際できるならと今回、匡介の師匠である源斎に使わせてもらいました。

昇太 中世の人たちのパワーっていうのはスゴいですよ。重機も何もない時代にあれをつくったというのは、もう人間としてスゴかったんじゃないですか。

今村 今の竹田城の修復とかは、当代の人がお父上とやらはったそうですけど、どうやってこんなん積んだんやってぐらい運ぶのが大変で。ヘリコプター使ったって言ってました。

昇太 たぶん、現代人がなくしちゃった何か身体的な強さがあるはずなんですよ。秀吉の韮山城攻めの時に使った陣城なんか見ると、足軽たちもその辺に寝てたんだなとか、犬みたいなことができてたんじゃないかって。今は布団がなかったら、床だって寝られないでしょ。でも昔の人たちってのは全然平気で、何時間歩いても何日寝なくても大丈夫だったんじゃないかな。

今村 米を食べてる量とかも、記録見てるとスゴいですよね。どうやって食べられるんだろうって、みんなフードファイターぐらいな(笑)。

昇太 つい最近までそんな力は残ってたと思うんです。第二次世界大戦中に日本兵がジャングルの中でね、飲まず食わずで何ヵ月も戦闘してたとか。今の人だったら、たぶん1週間で死にますよね。だけど、あそこまで生きてたわけじゃないですか。

もうすっかりそれもなくなっちゃって、車でスポーツジムに通ったりしてね。走って行けよって感じでしょ(笑)。

今村 実際、寿命こそ短かったのは食に影響するところがあるだろうけど、1日1日のエネルギー量みたいなのは圧倒的に濃かったような気がしますね。

昇太 医療が発達したから長生きしてるだけで。それはいいことなんですけどね。

――そんなサバイバルな時代、戦国の世から泰平へ移り変わる過渡期で彼らの煩悶も描かれます。

今村 穴太衆もここまではフリーランスですけど、この後は生き残りを模索してサラリーマン化していくような者も現れたり......。例えば、前田家に仕えるとか、そこに向かう狭間というのが難しいところで「もう仕事なくなるんちゃうか......」と一番迷った時代だろうなと。

昇太 まさに、そこから金沢城なんてね、ほんとに見せる石垣になっていって。それはそれで見事なんで、仕事としては正しいけど。

今村 見事やと思うし、彼らもわかってるんですけど認めたくないんでしょうね。戦国の仕事をやってきたことに対して、こだわりというか。

昇太 「だからダメなんだよ、こういうの積まなきゃ」と言ってる若い職人もいるだろうし「あいつ、あんなの積みやがって」っていうのもあって。今もどんな業界もそうだけど、いろんな世代で葛藤があって進んで行くんでしょうね。

――そういった達人や匠(たくみ)であるとか、職人の物語という視点で今に通じる学びも......。

昇太 そうですね。職人の世界みたいなのも描くのってすごく難しいじゃないですか。目の前で見せてもらってるわけでもないし、読者に想像してもらわないといけないわけで。落語も喋り方や仕草によって、町娘やお殿様を想像してもらうという芸能ですけど、特に小説ってほんとに難しい仕事をしてるなって思いますね。

今村 そこで書き過ぎても怒られるし、書かな過ぎても怒られるし(笑)。でも僕からしたら、噺(はなし)家さんのほうがすごいなと思うのは、一発本番みたいな世界ですよね。作家は猶予というか、時間だけは自分で調節しつつ、何回も修正できる。挑戦できるとこはあるんで。

昇太 ただ、完成品として出してるわけじゃないですか。僕らは毎回違うので、前にやったやつはもう消えて、今日やったやつはこんな感じでっていう。お客さんが違うからそうなるんだけど、調子の悪い時もあるし、二日酔いもあるんですよ(笑)。

だから、CDで残すのは大嫌いなの。残してるけど(笑)。それ見るとほんとにいつも、がっかりするんです。

今村 わかります。僕もデビュー当初の作品読んだら、やっぱり変だよなって思うんですよ。だけど「文庫にしたら直します?」って言われて、自分の成長曲線も含めて読者に追いかけてほしいし、直すのは反則技みたいな気持ちになって。これもこん時の俺やって、とりあえずいきますけど。

昇太 作品を残すっていうのはこれもね、矛盾を抱えてるんですよ(笑)。

――座布団一枚!(笑) 作品中には「五百年で一人前、三百年で崩れれば恥、百年などは素人」と。源斎が「千年保つ石垣を造れてようやく半人前だ」と言い切ります。

昇太 それでいうと落語って、いつ生まれたのか、誰がつくったのかも実はわかってないんですよ。だから、家元であるとか宗家っていうのが存在しないんで、血で継いでいく芸能じゃないんです。能とか狂言はそれで継いでいくもんでしょう。

僕なんかもサラリーマンの子どもだけど、高座に上がって仕事をすることができる。そういう人間からすると、落語っていうのが完成してるみたいに思っちゃダメだし、どっかに改良の余地とか、現代だったらこうやるってのをプロの落語家は持ってないとね。

「これ、完成しました」って言い出したら、それでもうお終いなんで。伝統芸能っていうほどのものでもないんですよ。芸人の世界ではあるけど、伝統芸能継承者なのか、お笑いの人なのか......スゴく微妙なところにいるわけで。尚更、完成してるなんて思っちゃダメなんだと。その何百年って話でも思いました。

――匡介らも一子相伝ではなく、才能で継承者として認められるというのが共感できるかと。

昇太 血で継いでないですもんね。

――さて、ここまで語り尽くしていただき、師匠には今作の応援団長に就任といってもよいのでは(笑)。

昇太 実は僕、これずっと読んでて、映画で見たいなって。キャスティングを勝手に思い浮かべたりしながら。最近の若い作家さんの特徴なんでしょうけど、やっぱり子どもの頃から映像見ながら育ってるんで、カット割りもできてるし、すごく映像っぽいなと。

――映画化では『のぼうの城』などもありますが、ご自分のご出演も? 京極高次のキャラクターをコミカルにした役作りなんか......。

昇太 高次はちょっと......威厳がなさ過ぎるからできないでしょ(笑)。でも、敵方も悪じゃなく、お互いの主張で戦ってるだけなので、ほんと悪い人が出てこないですから。映画化したら、いっちょ噛みしたいなと。作者から制作の人にひと言、お願いできますか(笑)。

今村 仮にそういう話がきたら「そうじゃなかったら俺はもうこのオファー受けへん」って言えばいいですね(笑)。

――実現を待望です! では最後に師匠から、最近行かれたオススメの城があればと。

昇太 お城がない地域はないので、仕事でどっかに行くと近所に何かはあるんです。そうするとやっぱりたまらなく面白くて、最近は北海道で「晩生内(おそきない)1号チャシ」に車で行ったんです。アイヌの人たちがつくったお城ですけど、今まで見たチャシと全然違ってて。それこそ関東のちっちゃい山城にありそうで、スゴくよかったですね。

今村 チャシまで行かれてるんですね! お城好きも極まってきてますね(笑)。

昇太 沼ですね、ほんとに。相当、深い堀です。

今村 ははは。のめり込んでいく沼なんで、この道は......。僕もお話させていただいて、またお城を回りたくなりましたもん。でもほんま、土塁とかがお好きなんですね。

昇太 好きなんです。関東ローム層系のお城ばっかり見てて、佐竹が秋田に移って久保田城を作るんですけど......。

今村 僕も久保田城好きで、実はFacebookの写真も......。

――と、この先はさらに果てしない"沼トーク"が......というわけで。まずは、新刊『塞王の楯』を読んでからハマってみますか!?


●春風亭昇太(しゅんぷうていしょうた)
1959年、静岡市生まれ。東海大中退後の1983年、春風亭柳昇に弟子入り。型破りな新作落語で人気となり、92年に真打昇進。人気番組『笑点』の大喜利レギュラーとしても活躍、16年から司会を務める

●今村翔吾(いまむらしょうご)
1984年、京都府生まれ。2017年に『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。18年の『童神』で第10回角川春樹小説賞、20年には『じんかん』で第11回山田風太郎賞を受賞し、いずれも直木賞候補となる


◆『塞王の楯』(集英社)
秀吉が死に、戦乱の気配が近づく中、石垣職人の穴太衆に後継者として育てられた匡介は京極家より大津城の守りを任される。一方、石田三成は鉄砲づくりの国友衆に大砲での攻めを託すが......大群に囲まれ絶体絶命、宿命の対決を描く!