『ブリジャートン家』を抜き、Netflix史上最大のヒット作となった『イカゲーム』。94ヵ国で視聴ランキング首位を獲得。アメリカで韓国制作のドラマが1位になるのは初の快挙 ©Netflix - Siren Pictures

多額の借金を抱える人々が人生逆転の賞金を求めて子どもの遊びで勝負する。脱落者は即、死亡――。そんな設定の『イカゲーム』がいま全世界で大ヒット中だ。

11月1日(月)発売の『週刊プレイボーイ』では、『イカゲーム』大研究!第2弾として、一躍時の人となったファン・ドンヒョク監督のコトバを中心にキャストの情報も交えて深掘りしている。

ある意味ベタでありふれた"デスゲームのn番煎じ"ともいわれるドラマが、なぜこれほどウケているのか? 今回はその秘密をさまざまな角度から考察した第1弾の記事をお届けする。

■デスゲームは見せかけ?

Netflix史上最大ヒットとなった韓国ドラマ『イカゲーム』。多額の借金を抱える人々が孤島に集められ、人生逆転の賞金を目指してさまざまなゲームで競う物語だが、いわゆる"デスゲーム先進国"の日本では、好評と共に「〇〇のパクリでは?」の声で迎えられた。

韓国留学経験のある海外ドラマライター石垣菫(すみれ)氏は語る。

「たしかに日本のデスゲームものに似た要素はあると感じました。でも、見ていくと全然違う作品で、学生の頃から『カイジ』ファンの私でも素直に楽しめました。

『カイジ』のような作品の場合、ゲームのルールが複雑で、駆け引きや心理戦にフォーカスしがちですが、『イカゲーム』はすごくシンプル。勝負より、参加者のバックグラウンドや人間関係の変化を描くことにフォーカスしています。そして登場人物を通して、貧困、女性差別、脱北者や移民労働者の境遇など、さまざまな社会問題が取り上げられているのです」

つまり、『イカゲーム』は"プレイヤー"の物語ではなく、"ルーザー(敗者)"の人間物語なのだ。

「コンテンツ全部見東大生」として論評活動を続けるお笑いコンビ「XXCLUB」の大島育宙(やすおき)氏は「パッケージと中身が違う」とマーケティングの巧みさを指摘する。

「これはデスゲームのふりをした成長譚。テンポよく人が死んでいく表層の下で、現代における救いの可能性を問う、ある意味、道徳の教科書みたいな作品ですね。また、キリスト教や聖書がモチーフになっているのも特徴的です。

主人公の幼なじみで秀才のサンウの振る舞いが、このドラマ全体の構造を象徴しているようです。彼は頭脳明晰で自信もあって、ほかのデスゲームものなら勝ち抜けるキャラクターでしょう。でも、駆け引き能力の少ない『イカゲーム』の世界内で問われているのは『能力』ではないということですね」

続けて、韓国でも日本でも格差拡大が問題視される中で『イカゲーム』が支持されるわけを分析してもらった。

「今の社会の下層にいる人たちは、新自由主義的なビジネスバトルに参加したいのに、そのための資本さえ持っていないケースが多いと思います。『自分たちは競争のチャンスさえ与えられていない』という潜在意識がくすぐられ、一応は"平等な競争"の舞台を用意してもらえる『イカゲーム』に感情移入しやすいのではないでしょうか」

■牙をむくノスタルジー

ノスタルジーに訴える要素も重要だ。この点では『20世紀少年』や『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』といった日本の作品を連想させる。

本作中では、前哨戦のメンコ遊びも入れると全部で7つのゲームが行なわれるが、いずれもひと昔前の韓国で子どもたちが遊んでいたものばかり。ほかにも仕掛けはある。

「最初のゲームに登場する不気味な女の子のロボットは80年代の韓国の教科書に出ていた"ヨンヒちゃん"がモデルだそうです」(前出・石垣氏)

子どもの遊びやこれらの小道具・大道具は、それそのものを知らない世代や外国人にも"レトロなもの"としてわかりやすく訴えかける。日本ならさしずめ"昭和っぽさ"となるだろう。

前出の大島氏は1992年生まれ。昭和にはかすってもいないが、「自分が経験していないものへのノスタルジーを理解できる」と言う。

「僕たちの世代は、缶蹴りや鬼ごっこみたいな遊びはほとんどやったことがありません。遊具を使う遊びもどんどん禁止される状況で育ったので。

そういう世代の、親やメディアから刷り込まれたノスタルジーを刺激しつつ、もっと上の、子ども時代に外で遊んで育った世代の心にも訴える。戦隊ものをお父さんと子どもが一緒に見るような感じで、いろんな世代に刺さるつくりになっていると思います」

ノスタルジーといっても、とにかく昔っぽいものならなんでも売りになるというわけではない。明確な"震源"となる時代がある。

作家で元東京都知事の猪瀬(いのせ)直樹氏に解説してもらった。

「要するにノスタルジーって、高度経済成長期に向かう時期なんだよね。韓国では日本より10年遅れで70年代頃から『漢江(ハンガン)の奇跡』と呼ばれる高度成長が始まる。

88年にソウル五輪を実現し、97年に通貨危機を迎えるまでのだいたい30年。そして成長が終わって気がついたら失われていたもの、それがノスタルジーをかきたてるんだよ」

サンウが言う「僕たちは引き返すにはあまりに遠く来てしまった」というセリフにはダブルミーニングがありそうだ。すでに多くの"遊び仲間"を死なせてしまったこと。そして、子ども時代も国の成長期も、昔の思い出になってしまったこと......。

猪瀬氏は続ける。

「『イカゲーム』を見て感心した後に、似てるって言われてる日本の『今際(いまわ)の国のアリス』も見た。たしかにアイデアはパクってるなと思った。でも、それはいいんだよ、盗作じゃないし。本質は全然違う。日本の作品は、これでもかってばかりにアイデアをつめこんで上手につくっているんだけど、"公の時間"につながるテーマがない」

言い換えれば、"公の時間"とは社会問題や世界史的な時の流れ。猪瀬氏は"私の営み"をこれに対置する。

「日本の作家の多くは"公の時間"を書く意識がない。だから世界でウケない。これは日本近代文学の成り立ちとも関係してるんだけどね。日本では私小説が圧倒的に強いよね。

明治時代に、田山花袋(かたい)が『蒲団(ふとん)』で弟子の女性との関係を描いた頃から、そう。いわば週刊文春的な、スキャンダラスな"私の営み"を描いて惹(ひ)きつける伝統が根強いの。

それは劇画や漫画、映画にもひきつがれている。『ALWAYS 三丁目の夕日』は結局、ノスタルジーだけになっちゃうだろう? あれと『今際の国のアリス』をくっつけたような"公の時間"が組み込まれた作品ができれば、面白いかもしれないな(笑)」

■俳優、美術、音楽の巧みさ

乱暴にまとめると、『イカゲーム』はデスゲームの見た目にノスタルジー要素を込め、倫理や社会問題(特に格差社会)を描いたドラマということになるだろう。

だが、その骨格だけではこれほど多くの人々を魅了できない。主演のイ・ジョンジェをはじめとする俳優陣の熱演はもちろん、美術と音楽、それに衣装と、ノンバーバルな部分でのつくり込みが本作の成功の大きな要因と思われる。

「競技者を緑のジャージ、管理運営側を赤のジャンプスーツで色分けしたり、見せ方がうまいですよね。エッシャー風のカラフルな階段迷路とか、セットのつくり込みも見事。バンと見せられた時に興味を引かせる一枚絵も上手い。

カメラワークやカット割りも、MV的だったりアニメ的だったり、かと思えば、ほつれた糸から綱引きの綱へのマッチカットでつないで映画的な見せ方をしてくる。かわいらしい、ポップな印象です」(前出・大島氏)

456人の競技者が集められた部屋の壁には、実はピクトグラムが描かれている。脱落者が増え、ベッドが減るにつれて見えるようになってゆくのだが、そういった細かい工夫も楽しい。

「美術監督のチェ・ギョンソンさんはファン・ドンヒョク監督とたびたび組んでる方。彼女が今回、もう1本別の作品が撮れるほどアイデアをたくさん出したそうです」(前出・石垣氏)

音楽についても触れておこう。こちらの担当はアカデミー作品賞受賞作『パラサイト 半地下の家族』の音楽を手がけたチョン・ジェイル氏。『パラサイト』ではミュージカルソーというマイナー楽器を取り入れて正弦波フェチを歓喜させた(?)彼が今回聞かせてくれるのは、中世リコーダーだ。

開巻劈頭(かいかんへきとう)、日本では「3・3・7拍子」の呼称で親しまれる拍子に乗って奏でられるメインテーマは、それこそノスタルジーを含みつつ不気味な世界観にマッチした佳品。

また、主にゲームの管理者たちが死体処理等の作業をしている時に流れるハミングの曲は変に心地よく感じられないだろうか。この曲、テンポを時計の秒針にほぼぴったり合わせているのだ。仮面をし、番号で呼び合い、仕事として淡々と人を殺す連中の無機質な雰囲気を盛り立てている。

■ファン監督の苦闘

適材適所の才能が活かされ、残酷描写だらけなのに見やすいドラマになったのだ。では肝心の脚本はどうか。

ファン監督は1971年生まれ。主人公ギフンらの地元であるソウル・双門洞(サンムンドン)の出身で、名門ソウル国立大学でジャーナリズムを学び、留学先のアメリカで映画を学んだ。

「ギフンとサンウのふたりには、私自身の人生をどっぷり入れています。私も映画で失敗した後、ギフンと同様に母親のお金に頼って生活していた時期がありました。一攫千金(いっかくせんきん)を夢見て競馬に通っていたこともあります」(『The Hollywood Reporter』、10月13日配信記事、以下同)

貧困とニートの経験はギフンに、学歴エリートの面はサンウにと、自伝的要素を分けて登場人物をつくりあげた。

『イカゲーム』の着想を得たのは2008年。リーマン・ショックのあおりもあって映画の脚本が採用されず、ネットカフェ難民のように暮らしていた頃だったという。

「ネットカフェで『LIAR GAME』『カイジ』『バトル・ロワイアル』などのデスゲーム漫画をたくさん読みました。(中略)もしこんなゲームがあるなら、賞金を得て窮状を脱するために自分が出たいとさえ思った。その時思いついたのです。『待てよ、僕は監督だ。この手の物語を僕がつくったらどうだろう?』と」

当時30代後半だったファン監督の、驚くべき純粋さがうかがえる。翌年には長編映画用の『イカゲーム』脚本を書き上げた。

ところが韓国の制作会社はどこもその脚本を受け入れてくれない。そうこうするうちに社会派の問題作『トガニ 幼き瞳の告発』を2011年に手がけて成功し、その後も長編映画のメガホンを取るようになった。そして最初の脚本から10年以上経て、Netflix社が『イカゲーム』の案を採用したのだ。ただし長編映画ではなく、9話のシリーズものとして。

長編の脚本をひとりで9話の連続ドラマに書き直すのは心身共に重労働で、なんとストレスで歯が6本も抜けてしまったという。

しかし、結果は空前の大ヒット。Netflix社の要求は商業的には大成功だったといえるだろう。前出の石垣氏は同社の判断を高く評価する。

「あの物語を2時間の長編にしていたら、いろんな面白みが抜け落ちたと思います。韓流エンタメの上昇気流に乗り、タイミングも完璧。BTSが世界のスターになり、『パラサイト』『愛の不時着』『梨泰院(イテウォン)クラス』とヒットが続いて、世界中が『次は韓国から何が出てくるんだ?』と楽しみにしているところだったので」

まさに出るべくして出たヒットだが、最後に筆者の個人的願望を言わせていただくと、ファン監督が人生のどん底で書き上げた長編を見てみたい。そこにこそ、彼の作家性が宿っているはずだからだ。

『イカゲーム』の脚本は正直物足りない。特にサスペンス部分。シーズン1のラストに納得し、今後に期待する視聴者が多いのは承知しているが、筆者には作り手の都合を超える説得力は感じられなかった。

しかしそれは監督の落ち度ではなく、彼が望んでいない改訂を強いたせいではないかと邪推してしまうのである。何しろ歯が6本抜けるほどのストレスとは相当なものだ。労災おりたのだろうか? 

Netflix社は今年2月、韓国発のコンテンツに520億円投資すると発表した。一方で10月17日のロイターの報道によれば、『イカゲーム』がもたらす価値は約1030億円、最終話まで視聴した人はこれまでに9000万人近くという。

対して、『イカゲーム』の制作費は約24億円。たいへん安い買い物だったらしい。その情報を流出させたスタッフは解雇されたそうだ。

本作には、貧しい人々が命がけで競技するさまを文字通り"上から"観戦するVIPたちが登場する。そのモデルははたして......。

『イカゲーム』は倫理的なメッセージの強い作品だ。お金より大事なもののありかを示しているようにも見えるし、競技者の振る舞いを通じて、「私たちは自力で勝ち抜いているのか、それともほかの人たちに生かされているのか」という問いを突きつける。さらには競技者たちは皆「自発的に参加している」と強調されるが、本当にそうなのか、と。

そしてこの問いを作り手の事情にも向けると、こんな疑問がわいてくる。ファン・ドンヒョク監督は理解あるVIPの資金援助を得て、本当に撮りたい作品が撮れたのか? ......あ、こんなこと考えちゃうメンタリティが世界で競争できない日本のエンタメを生むのか。