『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』など、数多くの人気番組を手がけてきたバラエティプロデューサー角田陽一郎氏が聞き手となり、著名人の映画体験をひもとく『週刊プレイボーイ』の連載『角田陽一郎のMoving Movies~その映画が人生を動かす~』。

シリーズ第3作目となる『藝人春秋Diary』を上梓した浅草キッドの水道橋博士が、青春時代に見た忘れられない映画作品などを語り尽くす!

■監修でもいいから『湯ヶ島キッド』の映画を作りたい

――青春時代に見て印象に残っている作品は?

博士 『時計じかけのオレンジ』(1972年)ですね。18歳になる誕生日の前日、1979年8月17日に、リバイバル上映されているのを東京までわざわざ見に来てるんです。

大学の下見の帰りに、俺が強く誘って新宿の京王地下で母と一緒に見た......とずっと記憶していたんだけど、田舎に置いてあった日記を読み返したら全然違って。

本当はリバイバル上映をひとりで見て、その後、渋谷のパルコでノーカットの輸入ビデオを買って、それを家でずっと見てたんです。その頃は学校に行ってなかったから、そんな自分を母親がすごい悲しい目で見ていた、と。

――なるほど。だから、お母さまと一緒に映画を見たという記憶になっていたと。

博士 記憶を捏造(ねつぞう)したんですよ。ちなみにそのリバイバル上映を東京に家出してきた園子温(その・しおん)も見ていて、それで映画監督になろうと思ったらしいんです。園子温と一緒にライブをやったときには、『時計じかけのオレンジ』のサントラを全部使いました。

――すごい偶然ですね! 映画はどんな感想でした?

博士 本当に100点で、とにかくすごい映画だった。キューブリックなんて、映画少年にとっては神じゃない?

――博士は映画の道を考えたことはなかったんですか?

博士 俺はもともと竹中労(ろう)に憧れてたから、ルポライターになりたかったんだよね。ただ、『太陽を盗んだ男』(1979年)を見て、長谷川和彦のもとで映画の手伝いをしたいと思ったこともあったし、森田芳光のところに行きたいと思ったこともあった。

その後、(ビート)たけしさんが現れて、明治大学に行くんだけど、23歳まではモラトリアムだったの。たけしさんに弟子入りしようと思って1回行ってみたんだけど、(グレート)義太夫さんがヘルズ・エンジェルスみたいな格好してて、怖くて言い出せなかった。

だから19歳から23歳の間は「映画でもやろうかな」って気持ちがずっとあって、長谷川和彦や森田芳光の研究をしてたんです。渋谷の松竹に大林宣彦(のぶひこ)の『転校生』(1982年)を見に行ったら、斜め横の席に長谷川和彦がいたんです。

声をかけようか、かけぬべきか、ものすごく悩んだ末にかけなかった。後に、ゴジ(長谷川和彦)とはトークショーをやることになるんだけど、「もしもおぬしがワシのところに来てたら人生終わっとった。その後、ワシは一本も撮らんのやから」って言われたんだよね。

――では、芸人になってから印象に残っている映画は?

博士 森田芳光には影響受けてるけど、やっぱり『家族ゲーム』(1983年)は永久に面白いね。せりふをすべて覚えてんのに面白い。本当に完成されてると思うよ。ワンカットだって無駄なカットがないし、すべてのシーンが面白い。

――それを見て、作ってみたくはならなかったんですか?

博士 それは本当になくて、今もない。

――師匠のたけしさんが作られてるわけじゃないですか。

博士 映画監督っていうのは、「俺の画(え)はこれだから」ってことを言える人だと思うんです。だから、自分が映画監督をやってみたいと思ったことはない。

ないけど、つまみ枝豆さんとガダルカナル・タカさんが芸人になる前を描いた『湯ヶ島キッド』って本は、監修でいいから映画を作ってみたい。ストーリーがあまりにも面白いんですよ。

タカさんって旅芸人の子で、トラと一緒に寝てたりするんですよ。『ドリトル先生』みたいな。それで日本中を漂流して静岡の温泉郷に流れ着いて、その温泉郷を乗っ取る。基本は宿場もの、侠客(きょうかく)なんだよね(笑)。そこでストリップ小屋を築いて、小屋の照明をタカさんがやるという。

――映画向きですね(笑)。

博士 勝手に温泉のパイプをずらして引いてきたり、飲み屋からお金を取り立てて、3軒ぐらい自分のものにしちゃったり。聞けば聞くほど、映画的なんですよ。それで、タカさんのお父さんをタカさんがやり、枝豆さんのお父さんを枝豆さんがやる。監督は『全員死刑』(2017年)の小林勇貴(ゆうき)監督がいいな。

――そういう博士にあえて聞くと、北野武映画で一番好きなのはなんですか?

博士 いっぱいあるんだよな......。まあでも、『ソナチネ』(1993年)かな。北野武という監督は死と戯れる作家だけど、これは死のニオイを一番強く感じる。セリフの中にある本音も好きだし。

■人生には予告編があり、年齢を重ねることで最終的に本編がわかる

――最新作『藝人春秋Diary』は560ページの超大作ですが、未読の方のために簡単に紹介すると?

博士 芸能界を舞台にした交遊録です。発売2日目で重版になりました。2016年から17年にかけて『週刊文春』で書いた60編を載せ、江口寿史さんによるイラストをすべて載せつつ、まえがきやあとがきをやり直しました。あるテーマで串刺しにはしてるので、週刊誌の連載をまとめただけじゃないんです。

――どんなテーマなんですか?

博士 「文によって人がつながっていく」ということと、「人生には予告編があり、年齢を重ねることで、最終的に本編がわかる」ということをテーマにしています。

例えば、俺は奥さんとまるで赤い糸で結ばれているかのようなんだけど、調べてみると、俺の奥さんのおばあさんは、たけしさんのお母さんと足立区でずっと一緒に住んでたの。そうやって、意識的に星の間の線をつなぐ人にしか見えないものがあるんですよ。

――博士とは星座が見えるかどうかという話をよくしますよね。

博士 意識的につなごうと思うから星座が見えてくるし、そこに物語が浮かび上がってくるんです。

――博士ってものすごく人間に興味がある人ですよね?

博士 基本、俺は人間賛歌しか書いてないからね。シリーズ2作目では告発もしているけど、別に訴訟がやりたいわけじゃない。誰かが憎いとかそういう感情では書かないし、「人間は素晴らしい」ってことをいつも書こうとしています。いたって性善説なんですよ、俺は。

●水道橋博士(すいどうばしはかせ)
1962年生まれ、岡山県倉敷市出身。漫才師、著作家、コメンテーター。本名は小野正芳。浅草フランス座で修業を積み、1987年に玉袋筋太郎と浅草キッドを結成。50名を超える執筆陣を抱える日本最大級のメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』編集長としても活動中

■『藝人春秋Diary』
スモール出版 2750円(税込)

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