新作『女優』を刊行した大鶴義丹氏
作家・大鶴義丹氏の約10年ぶりとなる新作『女優』(集英社)が1月26日に刊行。マルチな活躍で多才ぶりを発揮しているが、大学在学中の1990年にすばる文学賞を受賞しデビュー、待望の今作は、父親がやはり劇作家・役者として知られる唐十郎、母親が個性派女優の李麗仙という、その出自から自伝的ともいえるテーマで小劇団の人間模様と女優の"性(さが)"を描く意欲作となっている。

――いきなりですが、執筆直後の昨年6月には李麗仙さんが逝去、メモリアルな作品という印象を強くしました。

大鶴 それはほんと複雑なものがあるんですけど、母親へのオマージュですか?みたいに皆さん思うのも、文芸誌で連載していたのを知らないからであってね。書き始めた時点では、脳梗塞で入院したっていうのがきっかけにはなったけど、基本的には劇団の話がメインなので、そこに自分の母をインスパイアされる存在として使っている感じなんですよ。

――では、あえて異色のアングラ女優として名を馳せたお母さんの強烈な人生を作品として刻みたい、とかでもなく?

大鶴 それだけじゃない、いろんな女優というのを書きたいなと。それで今回、才能を掴みかけたんだけど、最後にはやめちゃって、地元帰ってただのかわいい奥さんになっちゃうコとかね、たくさん僕が見てきた彼女たちのいろんなものを書きたかったんですよ。

でも実際、書き始めて母親が病気になって「こりゃダメかも、引退だな」とは思ったし、女優っていう生き物が芝居できなくなることについて考えたのもきっかけではあったので。そしたら、結果的に出版前に亡くなってね。「あんたがこんな小説書いたから死んじゃったんじゃないの?」とか意地悪く言う人もいましたよ(苦笑)。

――まぁここまでタイミングが重なるというか......しかも昨年の同時期にはアングラからメジャーへ一気に認知される役柄で出演したNHK大河ドラマ『黄金の日日』(1978年)の再放送もBSで開始され、今見ても鮮烈だなと。

大鶴 そうですね。まぁ巡り合わせみたいなのはあると思うけど、不思議なものでそういう周りの目線とは違って、僕自身は引っ張られちゃいかん、そこにいってはいけないぞ、くらいな感じで。吸い込まれないようにというか、抵抗しながら書いてたってのは逆にあるかもしれない。

――それだけ李麗仙という個性が強すぎる存在に感情を持っていかれないために、センチメンタルに流されることを自ら戒(いまし)めながら......。

大鶴 そうそう、意外とそんなタイプでもないんで(笑)。てめえの思いなんて勝手なものだし、そこも一番大事ではあるんだけど、物語をちゃんと作んなきゃいけないからね。

――主人公であり、劇団を主宰する演出家の「私」の母親が往年のカリスマ的アングラの女王ということで、その時代へのオマージュを含め、今では稀有(けう)となった女優像へのノスタルジーも重ねられたのかと。

大鶴 そういう昭和の生き残りのね、化け物みたいな女優っていうのを配役したい気持ちはあったんです。商業的に収まらないというか、そういう方は何人かいて、僕自身、それを見てきた最後の世代だと思うんで。

でもそこで、うちのおかんが病気になって、結果的に運命のいたずらっていうか、いつの間にか引っ張られたのもあるかもしれないですね。

――ちなみに、父親のほうも唐十郎さんを想起させますよね。作中では母子と別れて、すでに亡くなっている存在として描かれますが......。

大鶴 親父のほうは今、体の調子はよくて元気ですね。一時は逆に母親のほうが父を心配してるほどだったんですけど。

――そのご両親がアングラ演劇のブームを担った60~70年代、設立された状況劇場の流れをくむ、今の新宿梁山泊にご自身も役者として2014年以降、参画されたことが作品のベースとして大きいのではと。

大鶴 そうですね。その暖簾(のれん)分け的な劇団に実質的には10年くらい前から関わって、僕にとっては昔の謎解きみたいな感じだったんですよ。子どもの時、稽古場とかにいて見てた時にわかんなかったものが思い出されて、違う角度から心地よいっていうか。

――それ以前、エッセーの『昭和ギタンーアングラ劇団の子と生まれて』(2005年)で振り返ったものとは違った見え方が?

大鶴 そう、やっぱり子どもの頃はお客さんっていうか、一番近くの傍観者なんですよね。それが反対側からの視点になって、当時の自分がどっかそこらへんにうろうろしているんじゃないかって、逆転してる感じも面白くて。

劇団っていうのがどんなもんで、男女の雰囲気がどうとかも今はわかるし。芝居に全く関係なく、寂しかったのもあるだろうけど、それが内部に自分も関わって入ってみたら心地いいものがあったんですよね。

――それが活かされる歳となったのも巡り合わせで、私小説ともいえるテーマに至るタイミングだったのでは?

大鶴 どうなんですかね。でも私小説ってほど、ほんと自分のことを書いてる意識はないんですよ。私小説ではないと僕は言いたいんですけどね(笑)。

ベースにはなってるし、経験とかはあるけど、それを調整であったり作り直しはしてるんで。例えはよくわかんないけど、甲子園までいったアマチュアの野球選手がスポーツ小説を書いたみたいなというか、もしくはパ・リーグの二軍くらいなレベルの感じでね......。

――それも"ギタン"語録といえる表現ですね(笑)。

大鶴 まぁ人からすると、それが私小説に見えるのかもだけど、俺の中では意外とそういう内から出てるものはないんで。全部、加工はしてますね。

過去に「これが俺の気持ちだ」みたいに己のものを書いた小説もあるんだけど、そういう感じでもなく、素材として利用してるという意味で完全に創作作業ではあるんです。

――では自らの心証風景としてあったものでもフィクションとして構築し直している。

大鶴 それが自分の得意技かなとも思ってるんで。要するに、宇宙船の船長を書いたとしても寿司屋の話でも、きっと自分っぽくなってるんですよ。そこはたぶんクセというかね。

――パラレルワールド的に存在する自分を描くような? でも、やはり読んでいるこちらからすると、この作品での母たる女優といえば、李麗仙さんをイメージしてしまいます。

大鶴 そう思われたなら、もしかして成功しているのかなっていうね。書きながら自分の頭の中に思い浮かべてるのは、意外と実際の顔じゃなくCGみたいな感じというか、生々しいものじゃなくて、そこに面影もないんですよ。

なんか匂いみたいなのはどこかにあるんだろうけど、そこまで母親のことで知らない部分も多いし。あくまでインスパイアされたってとこで、だからそう思われちゃうのも全然いいというか。むしろ成功してるんですかね。

――先に仰ったように、作品中でも「まるで母は恐竜の生き残りだ」「舞台に関しては暴君と化す」など"モンスター女優"っぷりを描かれていますが、これだけ特異なキャラを想起させられれば(笑)。

大鶴 けど、舞台に一緒に立って、どういう女優だったかっていうのも実際知らないんですよ。大人になって、他の一緒にやったような俳優さんから話を聞いて、僕も知らないことがわかって面白かったですけど。それこそ恐竜みたいな、最後の最後まで生き延びてる大久保鷹さんとかに聞くと「うわ、それはスゴいね」と。そういうのは意外と使わせてもらったりしてるかな。勝手にいじっちゃったりしてね。

――それこそ、お父さんの唐さんが話されたことなんかは......。

大鶴 いや、そこはやっぱり夫婦の間っていうかね。あんまり言わないです。親父はまた難しい人だしね。

――確かに朴訥(ぼくとつ)で多くを語らなそうな、大切なものを封印されている印象も。

大鶴 昔からパーティーピープルではあるんだけど、結局そこまで友だちもいないようなタイプというか。男ふたりでサシ飲みしたなんて話も聞いたことないですから。お祭り騒ぎは大好きなんだけど、ふたりでしっぽりとかだとダメで恥ずかしくなっちゃうんです。

――照れがあるというか、繊細さなんでしょうかね。

大鶴 人に呼び出されて行ったら、泣き言を言われて面倒だったんで「そんなくだらない話は聞きたくない」って途中で帰ってきたとかね。ひでぇ人だなと思いましたけど(笑)。

――それが唐十郎らしいといえば、無頼なエピソードにも(笑)。ではお母さんが亡くなっても、特に訥々(とつとつ)と何かを明かすでもなく?

大鶴 本人の中ではあるかもしれないけど、なかなか気の利いた感じにはね......。

――そういったわからなさがあるゆえに想像の余地も? 「夏の海で溺死した父のことを母には話題にしない、次第に罵詈雑言の恨み節になるから」といった描写もありますが。

大鶴 それも現実のいろんな思いを自分の中で面白おかしく加工して出してるところがあるんでしょうね。結果的に、悲しいとか許せないみたいな感じで筆を走らせたことって、楽しくはなかったですけどね。

――では、こうして自伝的に晒(さら)しているように読まれることは不本意だし厄介でもある?

大鶴 まぁそう思いますけど、書いちゃったからしようがねえなっていう。自分でも麻痺してるというか、ちょっと恥ずかしいくらいな感じはあるけど、役者としてもそうだし、ストリッパーみたいな商いなんでしょうね。

年老いたストリッパーというかさ、もう体のラインも崩れてるのに晒して生きていくんだなって。それを見るお客さんもいるしね。

★インタビュー後編に続く

●大鶴義丹(おおつる・ぎたん)
1968年、東京都生まれ。1990年、『スプラッシュ』ですばる文学賞を受賞し作家デビュー。俳優としてドラマや映画も出演、95年には『となりのボブ・マーリィ』を初監督。現在は『アウト×デラックス』、ドラマ『ゴシップ』(フジテレビ)などに出演、夕刊フジ『それってOUTだぜ!』連載中

■『女優』〈集英社〉