『ミシンと金魚』を刊行した著者の永井みみ氏
第45回すばる文学賞を受賞、川上未映子さんや金原ひとみさんなど選考委員全員が絶賛、各方面ですでに評価を高めている『ミシンと金魚』が2月4日(金)に待望の刊行! 著者の永井みみ氏は1965年生まれと遅咲きながら、デビュー作にして傑作を上梓した恐るべき実力の源泉とは――。

幼少時からの貧困、挫折ばかりの人生、そこからデイケアの現場を長年経験し、結実したという作品の主人公・カケイさん。認知症で現実と過去を行き来しながら、生き生きと魅力的なひとり語りでその生き様と現代社会をユーモラスに活写する老女が生まれた背景までをご本人に直撃した。

* * *

――いきなりですが、今までどこに隠れていらっしゃったんですか!

永井 ああ......いえ、ほんとに(笑)。20年くらい前に一生懸命書いていた時もここがゴールだと、それだけを追い求めていたんですけど。もがき苦しんで、なかなか手に入らなかったものを今回、不意にいただいた気がします。

――では、その頃から書き続けられてはいたと。

永井 物心ついてからというか、もう小学生くらいで何か書きたいというものはあったと思います。でも以前は書いてもいっぱい落とされて、頭で考えているだけのものはやっぱりダメだったんですね。

実は5、6年前から詩作の会にも入らせていただいて通ってたんですけど。詩は本当に書けなくて......ひとつの言葉、文章が立ち上がらずに完成には到底及ばないレベルというか。

――それが信じられないほど、完成度の高い作品での受賞。金原ひとみさんは選評で「この物語が世に出る瞬間に立ち会えたことに、心から感謝している」と。

永井 最初に一報いただいた時はそこまで褒(ほ)めていただいてるとは知らず、後でわかって。すごくもう本当に泣きましたね。

――川上未映子さんも「ただ素晴らしいものを読ませてもらったとだけ言いたい傑作である」と、これ以上ない絶賛です。

永井 川上さんには「執念のポエジー」とも仰っていただいて。その詩の会では書けなかったけれども、もしかしてちょっとポエジーのようなものが自分の中で学べたのかもしれないですし。自分の中で足りないものをたったひとつ、すごく大きいものをそれだけ追い続けて、やっぱり執念っていうのがこの作品に一点集中できたんでしょうかね。

■コロナに感染、死線を彷徨って......

――そこで見出したのが、カケイさんという存在です。認知症で要介護の日常でありながら、その呆けたひとり語りの世界に引き込まれる、稀有(けう)な人物像かと。

永井 自分の中では、カケイさんを見つけたというより、この人がいいなと思う人が今まで何人かいて、その集合体といいますか。それがずっと温められて、コアなところでひとりに凝縮された感じなのかなと。

――ご自身が訪問介護のヘルパーをされていたということで、そこで出会った老人ひとりひとりが主人公の造形に......。

永井 自分の中に棲(す)んでいるというか、それがだんだん歳月によって河原の石みたいに削られていくような......その残った部分がカケイさんだったかもしれないです。

――彫刻や絵画のように塗って削って、盛っては削ぎ落としてということを自然にされてた?

永井 例えば、彫刻家の人が木を彫っていると、その中に仏像がいるみたいな。ですから、ちゃんとしたストーリーはあらかじめ、たぶんどこかにあるんですね。そのこれしかないってお話を彫るという感覚が時にあります。

――彫りながらそこに籠(こ)められた魂に姿を与えるかの如く? それこそ達人の芸術ですね。

永井 そう言っていただけて光栄ですけど、以前にテレビで観たことがあるんですが、イタコのような人が主婦に憑依(ひょうい)して、ピアノを弾いたこともないのにモーツァルトの曲を一音一音たどって楽譜になっていくという。もしかすると、そういうこともあるのかなって今回ちょっと思いました。

――実は作品を応募する前にコロナに感染し、死線を彷徨(さまよ)われたとか。受賞スピーチでは、回復後に作品と向き合った時、カケイさんが語りかけてきたというお話も。

永井 本当に声が聞こえたとかではないですけど、なんとなくここにいるみたいな感じで「そんな風には言わないよ」とか会話している時や、一体化しているように感じた部分もありましたし。何か漠然とじゃなく、死の確証を降りかかったものとして掴んだような、もらったような、その瞬間は「いただきっ!」と思いました。

――まさに降臨してきた印象ですが、それでラストまでかなり改稿されたとか。

永井 そうですね。大まかな枠組みを彫っていたのが、魂が籠(こ)もってなかったのかもしれないと。そこで最後の目みたいなところが彫れた気がします。

●悪魔と取引して魂を売ったのかも......

――画竜点睛(がりょうてんせい)を為し、カケイさんに魂が宿ったんですね。

永井 たぶん、ほんとに私、悪魔と取引したんだと思うんですよ(笑)。

――死の淵で苦しまれて、地獄に行くとまで覚悟された時に?

永井 コロナで本当に苦しくて「あっ、ここが十字路だ」って思って、そんなところがほんとあったら、いくらでも魂を売ると思っていたんです。手に入れたいものが、もしかしたら手に入るかもって。そこで引き換えにしたものなのかと。

――書き上げた時には、傑作をものにした達成感であり確信を得られた?

永井 この作品に関しては、もうこれ以上でもこれ以下でもない、私とカケイさんだけの世界を送り出させていただいたという気持ちで。手応えはあったけれども、応募してからはやっぱりダメなんじゃないか、表現が幼稚だったのではと。まだコロナ明けで弱ってたところもありましたから。

――そこで繰り返しますが、とても新人とは思えぬ力量です。実際の年齢以上に人間の営みの酸いも甘いも経験し尽くした世界観としか思えず、ご自身もどんな人生を過ごされてきたのかと......。

永井 実体験として、家が貧しかったっていうのはあるんですけど。何かを読んで学んでという感じでもなく、ほんとに叩き上げみたいな感じで生きてきたので。たぶん、それが経験の蓄積としてはあったかなって。

――カケイさんの記憶で過去を行き来する中、昭和ノスタルジーな情緒といい、まるでその時代を本当に生きてきたかのような手触りで描写されています。

永井 それはうちの母が昔、香港から来る留学生の方々の寮で賄(まかな)い婦として働いていた場所に子どもの頃、よく連れて行ってもらったりして。嬉しそうに話していたのを楽しくて聞いていたとか。

小さな工場でお針子さんとして勤めていたのについていって眺めながら、下ネタ交じりのガールズトークを好きで聞いていたのもありまして(笑)。それと父も若い頃、公園で焼き芋屋さんの仕込みをやっていたり、由緒正しき労働階級ゆえですかね。

――では幼少時からの記憶も鮮明で、自らの引き出しに多様な玉手箱が......。

永井 割と、絵として残ってますね。ひとりっ子だったので、大人の話を気配を消して聞いていたり。やっぱり母親世代の話を肌感覚で体感しているところはあるかもしれません。

実はこの「永井」っていう名前もフランク永井さんがすごい好きで、昭和歌謡もですし、遡(さかのぼ)って少し前の古い映画とかを観たり、歌ったり、聞いたりが結構好きですので。

●挫折しかない人生がチャラに?

――それにしてもこの作者は何歳くらいの何物なんだろう、と(笑)。冒頭から見世物小屋の話が出てきて、金玉娘であるとか......。

永井 それは実際観てるんです。ちょっと見世物小屋の追っかけみたいなのをやってた時がありまして。今も唯一残っている大寅興行社さんっていうのを新宿の花園神社とか川越とかまで観に行って。

自分の娯楽の原体験として、一番最初の記憶にあるのもたぶん浅草の花やしきの横にあった常設の見世物小屋で。3歳ぐらいの時に牛女とか、ろくろっ首がものすごい臨場感の迫力で刻まれていたもので。

――やはり特異な趣味志向はお持ちなんですね(笑)。さらに、お女郎=八兵衛とかも。

永井 それも船橋(千葉県)のヘルスセンターの成り立ちを資料とか読んで調べたことがありまして。宿場町でそういう遊郭があったとか、あまりいいイメージではないんですけど、その呼称が出てきたところで「これはいただき!」と。

――そういう細部の小物的味わいからご自身の色も反映されて、魅力的な語りとなっているのかと。

永井 後から辿(たど)ってみたら、寺山修司もそうですし、そういったものに寄せて自分の数寄(すき)があるんでしょうかね。

――その寺山修司の影響もあって、高校卒業後に演劇の道へ。劇団に所属し雑用係からされていたという。

永井 はい。お金がなくて志望する大学にもいけず、グレていたのもあって。芝居とか毎日のようにゲイ映画を観に行ったり。自分が幼かったのもあって、その演劇自体もすごいことやってたとは思うんですけど、それに気づいてなかったから。途中でやめちゃって、もっとちゃんとやっていればよかったと。

――貧しさにやさぐれて、挫折続きの時代ですか。

永井 挫折だらけです。もう挫折しかない。ただ、常に自分の嗅覚みたいなところは間違っていないって、そこだけは自信があって。好きだったお芝居も、いろいろな職業を経験させていただいたのも、ひとつも無駄にはなっていない。

その時点では暗かったのかもしれないですけど、それを全部めかしこんだ形とさせていただいて、今回の作品で賞を戴いたのが一番チャラになったといいますか(笑)。

★インタビュー後編に続く
                                    
●永井みみ
1965年、神奈川県生まれ。


■『ミシンと金魚』〈集英社〉