アニメ『電脳コイル』などで知られる磯 光雄監督の約15年ぶりとなるオリジナルアニメ『地球外少年少女』が完成した。

不世出のアニメーターとして『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』『おもひでぽろぽろ』『新世紀エヴァンゲリオン』『BLOOD THE LAST VAMPIRE』などに参加してきた磯監督は、2007年に自身で原作・脚本・監督を手掛けた『電脳コイル』を発表。初監督作ながら、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞や日本SF大賞など多くの賞を受賞した。

待望の新作となった『地球外少年少女』は、テクノロジーの発達により、人類の宇宙進出が本格化した2045年を舞台に、日本製の宇宙ステーションで暮らす子どもたちと、地球から旅行にやって来た子どもたちとの出会いと冒険を描くジュブナイル。

全6話で構成され、現在は後編が2月11日から2週間限定で劇場公開中。劇場公開限定版のBlu-rayとDVDも販売されているほか、Netflixでも全世界配信中だ。

インタビュー前編では、本作で目指した"新しい宇宙像"についてうかがった。

■上映時間に入り切らないほどのアイデアを込めた作品

――本作の制作は2018年に発表され、それから約4年かかっての完成となりました。ここまでの道のりを振り返っていかがでしょうか?

磯 いずれ完成するだろうとは思っていましたけど、まあ大変でした(笑)。これでも重要なシーンを切りまくっているんです。私はどちらかといえば要素が多すぎて困るタイプで、入り切らないくらいのアイデアを思いついて、それを泣く泣く捨てながら作っていく。昔からそうでした。

初めてシナリオを書いた『エヴァ』の13話でも、最初はそのまま映像化したら2時間になると言われて。削って削ってあの内容になりました。

もちろん、監督としては面白いアニメにすることが企画の実現なので、妥協してつまらないものを作っても完成とは言えない。ただ、一方にビジネスの事情もある。そこで悩みながらシーンを切っていき、このかたちになりました。

――では、当初の企画からは大きく変わったところも?

 根本のところは変わっていません。『地球外少年少女』というタイトルの通り、日本製の宇宙ステーションに子どもたちが遊びに行き、そこで巻き起こることを描く。そこは変えていない。

ただ、私は物語のバリエーションをものすごくたくさん作るんですよ。『電脳コイル』でも30パターンくらいは考えたかな。喋る電脳ペットを飼っていると呪われるという噂があって、だから喋るようになったデンスケを(主人公の)ヤサコが捨てに行くっていう、おどろおどろしいパターンも最初は考えました。

――物語のバリエーションをたくさん考えることで、磯さんは何を探っているのでしょうか?

 面白いアニメになるかどうか、ですね。さまざまなパターンのシナリオを書いてみることで、自分も思いもよらなかった展開を探っていく。そうやって自分が観客として面白いと思える内容になっているかを判断していきます。

『地球外少年少女』で言うと、宇宙ステーションの事故が起こらない物語も考えてみたんですよ。

――本作では、事故が起きた宇宙ステーションから子どもたちが自力で脱出を目指すというのがストーリーの主軸ですが、そのもっとも重要な出来事が起こらないパターンすら考えたことがあったと。

 そうです。物語の中でちょっとハラハラドキドキするようなことは起こるけど、基本的には宇宙ステーションでの日常が最後まで続いていく。宇宙ステーションの中のグルメとか、無重力状態でのトイレやシャワーがどうなるとか、ちょっと本気で宇宙の日常ネタを書き溜めてたんですが、やはりスペクタクルが起こらないと無理だなと思って、結局路線を戻しました。

それでも本当は1話で事故が起こる前、宇宙ステーションの生活がどうなっているかをもっと細かく描く予定でした。でも全然入れられなくて。Blu-rayにはおまけとして絵コンテ集が付いているので、宇宙ステーションの日常の描写については、そちらで見ることができます。

宇宙ステーションで暮らす相模登矢(中央)と、地球から旅行にやって来た筑波大洋(左)、種子島博士(中央奥)、美笹美衣奈(右)

■コンビニとネットがある宇宙

――そもそも、なぜ「宇宙」を舞台にしようと?

磯 アニメにおける「宇宙」って、一回廃れたんです。『宇宙戦艦ヤマト』とか『機動戦士ガンダム』とかたくさんあったのに、最近は新しい宇宙の作品がない。でも、宇宙旅行が現実的になってきた今こそやるべきだろうという思いがあって。

ただ、あらためて「宇宙」を描くのであれば、これまでやられてきた、ハード寄りな"20世紀的な宇宙"とは違う方向にできないかなと漠然と思ってました。ただ、そういうハードなのも好きではあるんです。『地球外少年少女』でも初期のバージョンでは、宇宙に修学旅行に来た子どもたちの目の前で地球に巨大隕石が墜ちて世界が壊滅するところから冒険が始まるっていう、かなりハードなストーリーが降りてきて。

書いてるうちについ面白くなって、どんどんハードになっていって、「あれ?ついさっきこの路線でやらないって決めたはずじゃん!」と。自分自身はそういうハードなSFアニメで育ってきたから、ついうっかりこの路線で盛り上がってしまうんだけど、今、再び「宇宙」を舞台にする意味、その魅力を新しい世代に伝えたいと思ったとき、やっぱり以前と同じことをやってもダメだろうと思いました。でもどうしたら良いかわからない。新しいことをやるってそういうことなんですよね。

そこで思ったのは、やはりこの作品はエンタテイメントを目指すんだと。いわゆる科学考証的なスタッフの意見も聞いてはみたんですが、そのとおりに正確に作っていくとやはり20世紀的な、玄人向けの方向になってしまい、新しい世代が楽しめるものにならない事がわかったので、多くを却下して、私の考えで進めていきました。

20世紀の宇宙は、軍人や科学者といったプロフェッショナルが行く場所として描かれてきました。風景としても20世紀は製鉄の時代で、巨大戦艦のような重工業の産物が宇宙に行くというイメージでした。普通の人からは遠い場所だったんです。

でも、現実の宇宙開発はもっと軽工業的で、軽ければ軽いほど経済的でいい。インフレータブルという風船のように膨らむ布で宇宙ステーションを作る研究も実際に行われています。だから、鋼鉄で囲まれたのとは違う、新しい宇宙の風景を作るというハードルを自分に課しました。それは重厚長大が好きな世代からしたらダサく見えるんだろうけど、ダサいと思い込まれている素材でかっこよく作れたら、十分に逆転勝ちできると思ったわけです。

作中に登場する宇宙ステーションの「あんしん」

――実際、作中に登場する宇宙ステーションの「あんしん」は観光地として描かれていますね。

磯 商業と観光のための場所です。戦争の舞台としての宇宙にはアニメとしての魅力はあるけど、実際に行きたいかと聞かれれば行きたくはないですよね。じゃあ、若い人はどういう宇宙だったら行きたくなるのかと、企画当時、ゆとり世代のスタッフに聞いてみました。

話してるうちに、まずコンビニとネットがあることが、ゆとり世代が未知の場所でもふらっと行ける最低条件じゃないかと思えてきて。だから、『地球外少年少女』の宇宙ステーションにはコンビニがあるし、ネットもつながっている。そこまで行けば、ゆとり世代の中でも新しいもの好きのYouTuberあたりが来るだろう。ということで、美衣奈というキャラクターが誕生しました。

ただ、ネットはあると言っても、今のスマホをそのまま出すことはできない。代わりをどうするか。メガネの端末は『電脳コイル』でやってしまったから、今回は「スマート」(※)という次世代のウェアラブル端末を登場させました。

※手のひらや甲にコンピューターの画面を表示するテクノロジー。まるで手の裏表がスマホになったように見える。

作中で登場するウェアラブル端末「スマート」

■宇宙に行くと人間は善人になる

――本作が"ネットのある宇宙"として新しいと思ったのは、ネットが圏外になったときの恐怖感がリアルだったことです。宇宙パニックものの定番である「酸素がなくなっていく」というサスペンスも描かれますが、それと同じくらい、ネットがつながらないことによる孤立無援な感じの描き方が真に迫っていました。

磯 それは狙ってやりました。これからの宇宙で恐怖を実感する場面は何かといえば、それは圏外だろうと。ネットさえつながっていれば助けも呼べるし、何とかなるという安心感がある。それがなくなったら怖いし、ネットがつながった瞬間に「助かった!」となるはず。「酸素が吸えた!」みたいなね。これは新しいタイプのサスペンスだと思いました。

作中には宇宙ステーションで事故が起こったあと、ネットとコンビニが復活して、みんな大喜びする場面があります。実は尺の問題で切ってしまいそうになったシーンなんですけど、頑張って残しました。それくらいネットとコンビニに対する安心感というのは、新しい宇宙像を考えるうえで重要なものだったんです。

――ネットやコンビニは現代文明の象徴のような存在ですが、本作では子どもたちがそれに毒されているといった描き方はせずに、あって当たり前のものとして描いています。

磯 それを悪いものとして描く必要がどこにあるのかわからないんですよ。時間を持て余したり、意味もなく依存することが悪いのであって、必要とされるところに必要なものがあれば誰でもありがたいと思うはずですから。宇宙は人間が生活するための場所ではないので、知恵や技術が生き延びるために欠かせない。

あと、これは作りながら気が付いたのですが、宇宙に行くと人間は善人になると思いました。

宇宙では人間って圧倒的な弱者なんです。これは原始時代の人間と一緒です。大自然を前にしたら、人間は助け合わないと生きていけなかった。大自然は人間の敵であって、その脅威に立ち向かっていた頃のほうが人間同士の仲は良かったと思うんです。

――本作でも「宇宙こそ究極の自然」という言葉が出てきますね。

磯 そうです。これはジブリにいた頃に話していたことですけど、私たちは田舎に行って、「やっぱり自然は落ち着くな」なんて言うじゃないですか。でも、あれは本来の自然じゃないよねって。人間の手が入って管理されている、人工的な自然にすぎない。人間が期待するようなものではまったくないのが本来の自然であり、今それがあるのは宇宙ということなんです。

だから、私たちは宇宙では互いに協力しないと生き残れない。人間同士が殺し合う時代になっても、宇宙ではまだ善人になれる可能性があるなという発見がありました。地上では殺し合いに使われてしまう闘争心も、宇宙では生き延びるために必要な資質になるんです。

――先ほど「今回は新しい宇宙像を目指した」というお話もありましたが、『地球外少年少女』は宇宙という大自然を前に少年少女たちが互いに協力し、成長していく普遍的なドラマを描いた作品でもありますね。

磯 よく宇宙開発はポリネシア人が世界に広がっていった過程にたとえられるんです。ポリネシア人は大航海時代のはるか以前に、丸木舟で広大な太平洋の島々を渡り歩き、各地にその影響を残した人々として知られていますが、彼らは世界地図を知っていたわけではない。その先に何があるかわからないまま海の冒険に乗り出し、島から島へと転々とすることでものすごく遠くまでたどり着いた。おそらく、これから星間旅行に乗り出す人々は、ポリネシア人のような経験をすると思うんです。

――先は見えないけど、好奇心だけを頼りに前へ前へと進んでいく。

 今の日本は低迷期と言われて長いですが、宇宙にあこがれる人が増えることで、未知の目標に向かって歩み始める人が次々と現れてくれればいいなと思っています。

〇明日配信の後編に続く

●磯光雄(いそ・みつお)
アニメ監督、アニメーター、脚本家、演出家。原作・全話脚本・監督を兼任した近未来SF『電脳コイル』は、2007年文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞、第7回東京アニメアワードTVアニメ部門優秀賞、第39回星雲賞メディア部門、第29回日本SF大賞を受賞。その傑出した発想力と豊かなキャラクターアニメーションは、世界中で高い評価を受けた。アニメーターとしても、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』『新世紀エヴァンゲリオン』『BLOOD THE LAST VAMPIRE』『ラーゼフォン』などで活躍。作画面だけでなく、様々な分野でその手腕を奮っている

■オリジナルアニメ『地球外少年少女』は、後編が劇場上映中。また劇場公開版Blu-ray&DVDも発売中のほか、Netflixでも全世界配信中!

©MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会